波乱万丈(?)な自己紹介(小児精神科医とのチャレンジ)
今更ではありますが自己紹介もしておかねばと思い記載しています。(Noteを初めて一体何年越しの自己紹介なんだ💦)
私は、2023年まで某、製薬会社で研究員をしていました。専門は「がん」について。本当は転勤で東京に勤務予定だったのですが、COVID-19の関係もあり、遠く離れた実家で家族とともにリモートワークとなっていました。
2020年。子どもたちはまだまだ幼い状況でした。この状況でCOVID-19のロックダウン宣言もあり自宅でリモートワークをできたのは、ある意味子どもたちと向かい合うことができたという・・・良い時期だったのかもしれません(不謹慎ですが💦)
ただ、子どもの成長とともに見えてきた一抹の不安。
そう、子どもたちの「多動・衝動性、注意欠如」どころか記憶喪失じゃなかろうかと思うくらいの「記憶力の乏しさ」。そして「神経質さとこだわり」、「得体のしれない頭痛や腹痛」に泣き叫び、天地が割れるほどの「癇癪」。日々、泣かない日はないというくらいに荒れ狂う子どもたち。ギネスに掲載される可能性があるくらい毎日泣き続けています。
当初はCOVID-19に罹患しての異常行動なのかと思いきや、そういうわけでもなかった。
普段から、子どもの発育のために、なるべくテレビや動画など刺激が強いものは避けて日々の生活を送ってましたが、一向に収まらない子どもたちの不安や癇癪。
日々の生活で私も妻も困窮し、私もリモートワークの合間に子どもの発達に関する論文を読み漁る日々。そして、子どもたちを落ち着かせるために、ありとあらゆる事を試しました。
実は、私にも思い当たる節もあり、その不安が日々大きく募ってきていたのです。だからこそ私も本業の合間に家族と向き合いました。
そう、わたしもADHDの診断を受けて今に至ります。自分の特性が子どもにも受け継がれたのかと思うと、いても経ってもいられなかったのです。
日々、学びを深めるとともに、やはり専門医に見て貰う必要があるということで、知人の小児精神科医に受診予約をするも・・・。なんと予約は数ヶ月待ち!(なんじゃこりゃあああ?(松田優作のような感じ)という状況)
予約は取りづらいと聞いていたが、これほどまでとは・・・と絶句。別のところに聞いてみたら、今度は1年待ちだって?そんなんありかよ?と思う状況。
それでも時は歩みを止めるはずもなく、2020年はあっという間に過ぎ去ります。(コロナが恐ろしかったんじゃない、家庭内が恐ろしかった・・・)
ようやく年が明け、予約の日となり、子どもたちを診察してもらいましたが、一人は完全にADHD、もうひとりはグレーゾーン。それでも診察1回で診断されたわけではなく数回の検査の結果、確定しました。もうね、仕事をしながらっていうのはいくらリモートワークでも辛いものがあり、円形脱毛症になりかけましたワ。
診断が出てあれから2年近くになります。本当に色々とありました。
コロナ禍も明け、会社からはリモートワークを解除するというお達し。「ついに来たかXデーという感じ」。お国(企業)のために戦地に赴かねばならない・・・。そうなると、私は東京に単身赴任で出兵し、家族を残すことになってしまう。それと同時に子どもたちも就学のタイミングを迎えることに・・・・。
いろいろと・・・本当に色々と考えました。
結果、私は仕事をやめることにしました。
その代わりに子どもたちと向き合う。そして、今までの経験や知識を活かして、知人の小児精神科医の事業を手伝う一環で起業しました。
右も左も、縦も下もわからないまま、生活の目処もどうするのかわからない。ただ、このまま子どもを置いていくと・・・本能的に、最悪の未来予想図が容易に想像できたためです。
実際に単身赴任をしなくてよかったと思います。あのまま単身赴任をしていたら、母艦は沈没し、家族は大海原に投げ出され、私も還るべきところを無くしていたかと思います。

今もなおまだまだ問題は山積。子どもたちを取り巻く環境も予断を許さない。今の私は、子どもの発達に関わる予防事業と専業主夫の2足のわらじを履いた「兼業主夫」として、子どもたちに向き合う事業を2023年の夏からはじめました。
「合同会社ゼロトイチカラ」の共同代表として。
合同会社ゼロトイチカラは、0の状態である子どもたちを支え「1」という芽🌱を息吹かせ、そこカラ、スタートさせるための支援事業。

子どものこころは基本的にカオスな状況。そして子どもの脳もカオスな状況。子どもたちは色々な葛藤を抱えながら大人を目指している。この葛藤の時期に適切な周囲のアプローチ無くして「子どもの脳とこころの発達」を導いてあげることは難しい。
我々、合同会社ゼロトイチカラは、ご家庭でできる「子どものこころの予防」に主軸をおいた事業を展開しています。
会社を辞して、未知の大海に何も持たずに躍り出る。その後ろにはボートに乗った子どもたち。そのボートを次の大陸に導くための羅針盤の勤めを親自身が行う。まぁ・・・こんな人生も悪くはない。

✅研究用の試験管を「おたま」に持ち替え「料理」を学び
✅専門の「がん研究」を「育児研究」に持ち替え「発達」を学び
✅動画ど素人が動画編集にチャレンジし「動画編集者」となり
✅ブログなんて書いたこともない男が、「企業ブログ」に手を出し
✅X(ツイッター)なんて「見る専門」だった男が「発信者」に回り
✅未熟な親が学習し、ペアレント・トレーニング実施者に回り
✅年収大幅ダウンで見通しも立たないけど、子どもの成長だけを頼りに
こんな感じでもう後には戻れない40代の研究者崩れが、荒れ狂う大海原をイカダで乗り切り新大陸を目指します。
いつかはこのイカダに帆を立てて、社会に漕ぎ出していく子どもたちのために大きな船にして新大陸を目指す。
それが今の生きがいであり、自分の進む道。
親も子も、進む道は「未知標」ばかりだけど、進んだ道に「道標」を立てて、「見通しの立たない未来」を一歩一歩切り拓いていく。
そう、道標は自分たちで作る!
その矢先に、進学した娘はもう不登校の危機に!
当時、不登校になりそうだった娘を支えるために作った動画ですw
なんとか、現在は回避中・・・💦
人にはそれぞれに与えられた天命がある。私の場合、特性を持つ親子として生まれたからには、その特性を活かした行き方を求められるのだろう。と勝手に思い込みましたw。
だからこそ頑張れる!だからこそやり遂げられる!
でもね、あまりにマンパワーが少なすぎる状況で事業を起こしたので、どこのブラック企業よりも多い業務を課されちゃってるの(泣)
✏税務処理・経理関係
✏セミナー運営・準備・広報
✏SNS対応やNOTE対応
✏各種対談・演者
✏電子書籍執筆
✏業務用ツール開発
✏ホームページ・ブログ・情報発信各種
✏最新育児関連論文の仕分け
✏オンラインサロン運営
✏企業広報・資金調達
✏家事・育児全般ワンオペ
✏子供の送り迎え、子どものSOS対応
だ・・誰か手伝ってくれ~~~~。
代表の渡邉恵里医師のスパルタは今日も続く・・・
【事業内容:お気に召しましたならば覗いてみてくださいな】
※小児精神科医と考える能動的な子育てサロンの運営
※各種セミナー・座談会の開催
※支援者向けの情報発信
※動画による啓発活動
※企業ブログ
※お得情報(?)のお蔵出し(LINE公式アカウント)
※X(ツイッター)
https://twitter.com/takatakagogogo
あーしんどい。未知の大陸はどこだ~(泣)
3年間、ほぼ毎日、気合を入れるために聞いている曲をおすそ分けして、最後の締めくくりとさせて頂きます。「向かい風は未来からの風!」by馬場俊英さん
