( -ω- `)フッ
最近「冷笑系」とかいう言葉をよく見る。なんかネットっぽいし、ちょっと嫌なニュアンスもある言葉だなと思いつつ、ふと「これ自分じゃね?」って思ってしまった。
冷笑系ってざっくり言うと、物事に対して一歩引いたところから「いやそれ意味ある?」とか「どうせ無理でしょ」って斜に構えて見る人のことらしい。熱くなってる人を見てちょっと冷めた目で見たり、流行ってるものに対して「乗ってるやつ多いけどさ…」みたいなスタンス取ったり。まあ、わからなくはない。
で、自分もそういう瞬間あるなって普通に思った。なんかこう、全力でやってる人を見るとすごいなと思う反面、どっかで「でもそれってさ」みたいな声が出てくる。別に口に出すわけじゃないけど、頭の中では結構言ってる気がする。
ただこれって、ちょっとズルい立ち位置でもあるよなとも思う。だって本気でやってないから失敗もしないし、ダサい思いもしないし、傷つくことも少ない。安全圏から石投げてる感じ。まあ楽っちゃ楽。
でも同時に、じゃあ自分何か得てるのかって言われると、微妙な気もする。本気でやってる側にしか見えない景色とか、多分あるし、そこには一生行けないポジションに自分いるなとも思う。ちょっともったいない。
で、ここで「じゃあリアリストなんじゃね?」っていう逃げ道もある。リアリストって言えば聞こえはいいし、「ちゃんと現実見てますよ」って顔できる。でもこれもよく考えると怪しい。リアリストって本来、現実を見た上で「じゃあどうするか」を考える人であって、「無理だからやらない」で終わる人ではないはず。
そう考えると、自分はリアリストというより、「やらない理由をそれっぽく言語化するのが上手いだけの人」な気もしてくる。ちょっと嫌だけど、まあまあ当たってそう。
とはいえ、冷笑が全部ダメかって言われるとそうでもない。むしろ、何でもかんでも信じて突っ込むより、一回引いて見る視点って普通に大事だと思う。怪しいものを怪しいって思えるのも大事だし、流されすぎないのはいいこと。
ただ問題は、その“引く”がデフォルトになってること。最初から距離取ってると、そもそも参加すらしてないから、良いも悪いも判断できないまま終わる。で、なんとなく「つまらんな」で片付ける。それはさすがに雑すぎる。
結局、冷笑系かリアリストかっていうラベルの話より、自分がどの距離感で物事と関わってるかの方が大事なんだと思う。ずっと外側にいるのか、たまに中に入るのか。それだけで見えるもの結構変わりそうだし。
とりあえず今の自分は、「ちょっと冷笑寄りだけど、自覚してる分まだマシ」くらいの位置にいる気がする。これが完全に無自覚になると、ただのめんどくさい人になりそうだし、それはさすがに避けたい。
まあ、全部を熱くやる必要はないけど、全部を冷めたまま見るのもそれはそれでつまらない。だからたまにはちゃんと乗っかってみる。そのくらいの適当さでいい気がしてる。
