口を出すか出さないか迷ったときPart2

Part1で、「基本的に口は出すな」ということを書きましたが、
絶対に口を出すべき瞬間も存在します。(考える必要もなく)

以下に3つのケースで、口を出すべき瞬間を紹介します。

ケース① 取り返しのつかない怪我につながる場合

「失敗はしても良い」ものですが、その失敗は取り返しがつくものに限ります。例えば、取り返しのつかない怪我につながる場合はわかりやすいケースです。

私が始めたNPOでは、DIYで古民家をリノベーションする機会がありました。私は、作業をする上で、かすり傷を負う可能性はいちいち指摘はしませんでしたが、絶対に回復不可能な怪我を負う作業に関しては、絶対に口を挟んでいました。(特に回転系の電動工具)

例えば、「丸鋸」という工具の場合、キックバックの危険性があるので、カットラインに身体を置かないこと。他にも、失明の可能性がある作業では、その危険性をあらかじめ(フィードフォワード)説明していました。

1つの学びを得るために、失うものが多すぎるのは本末転倒です。自分のために学ぶのだから、自分を大切にできるよう、配慮をしていました。

DIYをしない団体においても、考慮すべき点はたくさんあります。怪我をするのは、体だけでなく、心もそうです。

まちの人と接するとき、無用に傷ついてしまう場合はないでしょうか?
学生によっては、「繊細すぎる」がために、言葉を重く取りすぎることもあります。「この人はいつも、厳しいことを言う人だから、そこまで気にすることはない」とあらかじめ伝えていれば、無用に苦しむことがないこともあります。あらかじめ、取り返しのつかない怪我を負うことを避ける手段も必要です。(なんらかの犯罪に関わっていたり)

② 団体の存続が危ぶまれる取り返しのつかない失敗につながる場合

 悪意のない迷惑ほどたちの悪いものはありません。配慮が及ばないがために、それによって人に迷惑をかけてしまうことがあります。結果、団体に対する信頼も失墜し、存続が危ぶまれる可能性もあります。
 後輩が気づかないうちに、法令違反や重大な犯罪、公序良俗に反する行動をしてしまうこともあります。こう書くと、「そんなことある?」と思うかもしれませんが、あります。
 若者の勢いは、ある種の無知から生まれるものです。これは後輩だけでなく、団体全体の未来にも関わる重大な問題です。

そんな時は、はっきりと伝えることが必要です。

「その方法、法律に触れるかもしれないから確認をしてみてほしい」

ここで遠慮してしまうと、後輩自身が取り返しのつかない状況に陥ってしまいます。


③ 視点が足りていない場合

PDCAサイクルの、Cの部分では、より広い視点での指摘が必要になります。
結果→解釈(フィードバック)→より良いアクションに繋げるためには、得られた結果をなるべく深く分析する必要があります。

P(プラン)やD(実行)は、思うようにやってみるべきです。その結果をどのように反省する(C)かがとても重要で、そこで得られる学びは最大限にする必要があります。

私は、PDCAにおいて、PDとAには口を出しません。でも、Cだけはどうしても経験・知識が必要になることなので、(最低限の)口を出します。行動から得られた結果に対して、分析する視点や知識を追加するイメージです。

ただし、分析の解釈を押し付けたりはしません。重要なのは事実認定の部分で、「〜っていう事実もあるけれど、そこについてはどう思う?」と
見えてない事実→解釈の機会を増やす、ような声かけをしています。

結局、分析も最初から「〜だ」と言い切ってしまうと、学生が自分で考える機会を奪ってしまうだけなので。

口を出す目的は、考える力を助けること

後輩たちに何かを伝えのは 「考えるきっかけ」 を与えるためです。
先輩として「教える」「正す」のではなく、後輩が自分で答えを出せるようにサポートする。

それが、後輩の成長に繋がる一番の方法だと思います。

「考える材料が足りていないなら、補えないか手伝ってみる。」
「考えられそうな状況なら、信じて見守る。」

このバランスがわかれば、後輩との関わり方はもっとシンプルになります。最後に、迷った時はこの一言を思い出してください。

「後輩が考える力を育むために、自分は何ができるだろう?」

これが、先輩としてのスタンスです。


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