なぜ「夫の子育て」にイラつくのか
例えば、平日は仕事漬けのパパが、
「休みの日くらい、オレが昼ご飯作るよ!」
と言い出したとします。
ママも「ほうほう、それはありがたい」と思ったので任せていたら、出てきたものが
ただの子ども用レトルトカレー
だったりした瞬間。笑
パパとしては、
いや、だって、俺でも作れるし、子どもも喜ぶかな~と思って…
と、1ミリも悪気はありません。
でも、そのレトルト、
死ぬほど忙しい平日ワンオペ状態のママが、
「どうしてもしんどい日」のためにと思って
買い置きしておいたやつなわけですから、
ママが
おいおい!!!(怒)
となってしまうのも、無理からぬ話ですよね。
これは、
「型破り」と「型なし」
の違いがストレスの原因になっています。
どういうことかと言うと…
ママは、「多少忙しい」くらいなら、
平日でも手間暇かけて栄養満点の料理を作ったり、
たとえ子どもの口に合わなさそうなものでも残さず食べさせる努力をしたりします。
これはママの
「型」
みたいなもの。
そして、どうしてもという日だけは、レトルトカレーという
「型破り」
をすることで、日々のオペレーションをうまく回す工夫をするんですね。
ですが、このパパにはそもそも
「型」
がありません。
平日何もしていないからです。
したがって、パパが休日に出すレトルトカレーには、
「子どもも喜ぶかな~」のほかに、何の意味も意図も込められていません。
つまり、
「型破り」ではなく、
ただの「型なし」
なのです。
「型」もないくせに、いきなり「型破り」のようなことをやろうとするからイラっとしてしまうのです。
茶道の達人は、あえて作法を崩しても美しく見えるものです。
なぜなら、その人の身体の中に「型」が染み込んでいるからです。
しかし、「型」を知らずに崩せば、それはただの意味不明な挙動に過ぎません。
達人から見たら、
なんやねんこいつ、いっちょ前に…!(怒)
ってなりますよね。
このパパがやっているのは、これと同じことなのかなと。
だからと言って、
世のパパは、平日もがっつり子育てして「型」を作ろう!
などと言うつもりは、毛頭ありません。
そんなの、ご家庭の事情によりけりですからね。
ですが、
世のパパは、ママの「型」をちゃんと理解しよう!
ということは言えると思います。
上記の例で言うなら、平日のママが作ってそうなものを、見よう見まねでいいから一回作ってみる、とか。
そうしないと、いつまで経ってもママと同じ目線で子育てに関与することができません。
……などと思ったのですが、どうでしょうか。笑
世のパパ・ママの気持ちを、うまく言語化できているといいなあ…。
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お気持ちめちゃくちゃ嬉しいです!でも、本当にいいんですか?