父が子どもへの愛を語って何が悪い
父親たちの、我が子に対する愛の言葉
って中々お目にかかれませんよね。
なぜでしょうか?
多分、
父親の我が子に対する愛って、非常にわかりづらい
んですよ。
先日保育園の七夕イベントで子どもへのメッセージを書いてくださいと言われたのですが、
妻が4歳の長男に対して贈った愛の言葉(若干改変)は、
ありのままの あなたが大好き
ふむふむ。わかりやすい。
対照的に、わたしが書いたのは
あしたのために
いまは 食うべし 寝るべし 遊ぶべし
というものです。
え、俺、わかりづれえ~~~。
なんやねんという感じですが、
おおまじめに私のありったけの愛を込めた言葉なのです。
そう、父の言葉に、一見でわかる「愛」などないのです。
だから愛を語っているように見えない。
したがって、父親たちの、我が子に対する愛の言葉を目にする機会もないと。
その説を裏付けたい。
ということで…。
今回は、神経疾患、人工呼吸器ケアなど、
複雑なケアニーズ
をもつ子を育てる、
カナダのパパたちの生の声を丁寧に拾い上げた論文から、
わかりづらいけど、これって父親の愛の言葉よね
という声を抜粋してご紹介します。
愛① まなざしとの戦い
長い間、子どもの通院に付き添っていたのはほぼ私だった。
病院からは母親と話したいとか、「この子の母親と話すべきだ」とか電話がかかってくるんだ。
もう、時代遅れだよ。
今や親は、子どもに対して平等な責任を負う。
1960年代じゃないんだから。
ハンデを負う我が子に対する、父親としてのプライドや矜持を感じさせる言葉。
ハンデがなんだ。
俺がいるじゃないか。
「夫婦で」育てるんだよ、この子を。
誰がどう言おうと関係ねえ。
みたいな、腹の座った感じが印象的ですよね。
愛② 誰かこの子を助けてくれ
誰かが来て「よし、君たちは助けが必要だ。私が何とかする」と言ってくれるわけではない。
結局は自分が、声を張り上げて、叫ばなければならない。
「今すぐ助けが必要だ!今すぐ手配しないと、この子を家から追い出すことになるぞ!」とね。
そう叫んだ時だけ、ようやく反応が返ってくる。
叫び始めた途端、
「ああ、そうだね。追加で何かできるかも」
なんて言い出すんだ。
ハンデのある子どもが、医療機関で必要なケアサービスにアクセスするには、相応の壁がある、という父の声。
これも嘆きの言葉というより、我が子に対するディープな愛を感じさせます。
こいつのためなら、脅しだろうがなんだろうがやってやるぞ。
それが「俺の」仕事だ。
みたいな。
主体性、当事者意識に満ちた素敵な声だと思います。
愛③ 楽しい夢
私と子どもはディズニーワールドに行きました。
…
あの時のことを覚えています。
気温は30度。
…
彼女は本当に楽しんでいた。
ディズニーワールドで、彼女の顔には笑みが浮かんでいました。
そして夜、彼女が寝ている間に笑っているのを初めて聞いたんです。
良い夢を見ていたんでしょう。きっと。
この子はどこに行くにもカテーテルが手放せないとのこと。
ハンデを抱えた我が子との遊園地はさぞ大変だったと思います。
でも、子どもが良い夢を見ていたら、それでいいのだ、と。
こちらは物静かな、でも確かな愛を感じさせる言葉ですね。
愛④ 金、キャリア、家族
人生で一番大事なのはお金じゃないって気づかせてもらったよ。
もちろんキャリアでもない。
昔は完全にキャリア志向だったけど、今はこう思うんだ。
家族に屋根のある場所を提供し、食事をさせてやれるなら、それで十分だって。
はい、私もです。
この方もダイレクトには愛を語りません。
でも、お金やキャリアの位置づけが主客転倒しがちな私たちにとって、とても深く突き刺さるものがあります。
みなさんは今日、我が子にどんな愛の言葉をかけましたか。
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お気持ちめちゃくちゃ嬉しいです!でも、本当にいいんですか?