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【通算096|要求AI 13】EARS(イヤーズ)——ジェットエンジン生まれの、曖昧さを減らす5つの文型

Kiroが生成した要件定義書に、こんな定型文が並んでいたのを覚えているだろうか。

WHEN 申請者が「提出」操作を実行したとき、THE Expense_Request SHALL 申請内容を検証し、Approval_Status を「申請中」に設定する

この書き方には名前がある。EARS(Easy Approach to Requirements Syntax)——「イヤーズ」と読む。今日はこの記法の正体を紹介したい。私自身、Kiroの画面で初めて出会って調べた口だが、これが思いのほか面白い出自を持っていた。

ジェットエンジンから生まれた

EARSは2009年、ロールス・ロイス社のAlistair Mavin(通称Mav)らが要求工学の国際会議RE'09で発表した。生まれた場所はジェットエンジンの制御システム——耐空性規則という、間違いが人命に関わる文書の分析現場だ。

彼らが挙げた自然言語の要求が抱える問題は8つ。曖昧さ、漠然性、複雑さ、省略、重複、冗長、実装の混入、検証不能。 この連載でずっと「曖昧さの住処」と呼んできたものと、ほぼ同じリストである。命に関わる業界は、30年前からこの敵と正面から向き合っていた。

たった5つの文型

EARSの答えは拍子抜けするほどシンプルだ。すべての要求を、5つの文型のどれかで書く。

  • 常時: 〈システム〉は〈応答〉すること

  • イベント駆動: WHEN〈きっかけ〉のとき、〈システム〉は〈応答〉すること

  • 状態駆動: WHILE〈状態〉の間、〈システム〉は〈応答〉すること

  • 望まぬ事象: IF〈まずい条件〉なら、THEN〈システム〉は〈応答〉すること

  • 任意機能: WHERE〈機能がある構成では〉、〈システム〉は〈応答〉すること

複雑な要求は組み合わせる。原論文の例が美しい——「While 機体が地上にある間、when 逆推力が指令されたとき、エンジン制御システムは逆推力を有効にすること」。飛行中に逆噴射してはいけない、という命に関わる制約が、一文で曖昧さなく書けている。

型に入れると、短くなる

原論文のケーススタディには意外な数字がある。耐空性規則の要求36件をEARSで書き直したら、複合要求が分割されて47件に増えた——のに、1要求あたりの平均語数は36.9語から25.6語に減った。8つの問題のうち5つ(複雑さ・省略・重複・実装混入・検証不能)は排除され、残り3つ(曖昧さ・漠然性・冗長)も大幅に減ったと報告されている。

型は不自由の道具ではなく、削る道具だった。

図でもなく、自由文でもなく

私は長く「要求は図で表すのが一番正しい」と考えてきた。ER図や状態遷移図の厳密さは今も信じている。だがEARSの立ち位置は絶妙だ。開発者たちはこう整理している——自由な自然言語は本質的に不正確。かといって図や形式手法は、元の要求を「翻訳」する際の誤りと訓練コストがつきまとう。その間にある第三の道が、型付きの自然言語だ——と。

だから広がった。航空からIntel、Bosch、Siemens、NASAといった企業へ、そして世界中の大学の教材へ——とされる。2019年には「Ten Years of EARS」という10年の振り返り論文も出ている。一発の提案で終わらず、検証されながら生き延びてきた記法だ。

そして2025年、AIの世界へ

Kiroの公式ドキュメントは、要件定義書の受入基準にEARSを使うと明記している——とされる。私たちの検証で生成された要件定義書は、確かにこの型で書かれていた。ジェットエンジンの安全審査から始まった記法が、25年かけて、AIがコードを書くための仕様の言葉になった。

面白いのは、同じSDDでもGitHubのSpec KitはEARSを採用していない(公式方法論文書に登場しない)ことだ。曖昧さとの戦い方は、ツールによって流儀が分かれている——ここは次のフェーズで実際に確かめたい。

そしてもう一つ。EARSはKiroの専売特許ではない。ただの書き方だから、誰でも、今日から、どのAIに対しても使える。4つの視点が「何を書くか」の枠だとすれば、EARSは「どう書くか」の型。この2つを揃えて人間の側が要求を書いたら、何が起きるか——それが次の検証の武器になる。

今日のまとめ

  • Kiroの要件定義書の定型文の正体はEARS(イヤーズ)。2009年、ロールス・ロイスのジェットエンジン制御の現場で生まれた

  • すべての要求をWHEN/WHILE/IF-THEN/WHEREの5文型で書く。原論文では要求の平均語数が36.9→25.6語に減り、8つの問題のうち5つが排除された

  • 自由な文と図・形式手法の間にある「型付き自然言語」という第三の道。航空から他業界、大学、そしてAIコーディングへ広がった——とされる

  • EARSはKiro専用ではなく、誰でも今日から使える書き方。4つの視点(何を書くか)×EARS(どう書くか)が、人間側の武器になる

タグ

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