【第11話】捨てられないのは愛着か、それとも「授かり効果」か。スチームパンク街の憂鬱。
前回のあらすじ
実は
日本語しか理解できないことが判明した、私。
さらには、都道府県が57もないことまで知る。
限定の激ウマ蒸気パンか?
はたまた、天才発明家による超レアなガジェットか?
行列に期待を大きく膨らませるも……
バンドワゴンにはめられ、
サンクコストに止めを刺された結果。
手に入れたのは、
どこでどう使っていいかよくわからない、
10,000ゼニーもしたピカピカに磨かれた
『ただの巨大な六角ナット』であった。
「……素晴らしい光沢だー(棒読み)」
死んだ魚の目で巨大ナットを握りしめ、
ぼったくり親父からゲットした
「度なしのスチームパンク伊達メガネ」を装着した私は、
夕日を背に、自分が目覚めた「我が家」へと帰還した。
窓の外に飛行船が浮かび、
重厚なレザーチェアと真鍮のPCが鎮座する、あの超絶オシャレな書斎へと……。
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…
……
………
読んでいただけただろうか?
でも、たぶん……読んでなくても大丈夫だ!
昨日のことは、昨日。
今日は、今日だ。
それでは、本編をどうぞ。

【第11話】
最強のガジェットを作ったはずが、
ただの「思い出」に振り回されていた話
翌朝。
私は真鍮のベッドから跳ね起きた。

窓の外には、
今日も巨大な飛行船が悠々と浮かび、
蒸気がプシューッと景気よく噴き出している。
「フッ……この世界での二日目か。
そろそろ『ただの迷い人』から『伝説の職人』へとステップアップする頃合いだな」
私は昨日手に入れた
「巨大な六角ナット」を机に置いた。
朝日を浴びてピカピカと輝いている。
冷静に見れば見るほど、ただの鉄の塊だ。
使い道など、どこにもない。
そして、おまけの「伊達メガネ」
これをかけると、
視界の端で小さな歯車がチキチキと回り、
いかにも「何かを計算している自分」に酔いしれることができる。
「よし、この二つを組み合わせて、
この街を震撼させる
『超蒸気圧増幅器』を作ってやろう」
(※名前は適当、作り方はもちろん知らない)
私はガラクタの山から
真鍮の針金や謎のバネを引っ張り出し、
ナットに巻き付け始めた。
伊達メガネをクイッと上げ、
図面も引かずにトンカチを振るう。
「なるほど。ここをこうして……
このナットがエネルギーの核になるわけだ」

…
……
………
作業開始から3時間。
出来上がったのは、
「針金がぐちゃぐちゃに巻き付いた、
重くて持ちにくいだけのナット」だった。
「……あれ?」
おかしい。
私の計算(勘)では、
今頃これは青白い光を放ち、浮遊し始めているはずだった。
しかし現実は……
机の上でゴトッと鈍い音を立てて転がっているだけだ。

📍 ① イケア効果(IKEA Effect)
人が「自分で苦労して作ったもの」に対して、
客観的な価値をはるかに超える
高い価値を感じてしまう心理現象です。
たとえそれが、
ただの「ゴミ」のような出来栄えであっても、「自分が3時間もかけて針金を巻いたんだ!」
という労力が、脳内で「これは最高の発明品だ」
という誤認を生み出します。
苦労すればするほど、その対象を愛してしまう。
人間の脳は、自分の努力を否定できないようにできているのです。
…
……
………
「いや、これはまだ未完成なだけだ。
本質的な価値は、この無骨な造形にある……」
私は「イケア効果」にどっぷりと浸かりながら、
その重いゴミ……
いや、発明品を愛おしそうに眺めた。
しかし、腹は減る。
異世界でも食欲には勝てない。
私は発明品(仮)をポケットにねじ込み、
昨日のおやじの店へ向かった。
「おやじ! この最高の発明品と、
一番いい蒸気パンを交換してくれ!」

おやじは、私の差し出した
「針金巻きナット」を、油まみれの指でつまみ上げた。
そして、1秒で言った。
「……これ、
昨日俺が売ったナットに、ゴミが絡まってるだけじゃねえか。
返品は受け付けないって言ったろ?」
「ゴミ!? これは『超蒸気圧……』」
「いいから、
パンが欲しけりゃ100ゼニー出しな」
私は黙って100ゼニーを払った。
おやじの評価は正しい。
客観的に見れば、これはただのゴミだ。
なのに、なぜだ。
私はこの「重いだけのナット」を、
どうしても捨てることができない。
昨日1万ゼニーも払ったから?
3時間も針金を巻いたから?
いや、それだけじゃない。
📍 ② 授かり効果(Endowment Effect)
自分が一度所有したもの、手に入れたものに対して、それを手放すことに強い苦痛を感じ、
実際の価値よりも高く見積もってしまう心理です。
「手に入れる喜び」よりも「失う痛み」の方が大きいため、人は不要なものでも抱え込んでしまいます。
主人公は今、おやじに「ゴミ」だと断定されたにもかかわらず、自分のポケットに入っているこのナットを、まるで「家宝」のように守ろうとしています。
…
……
………
私は蒸気パンをかじりながら、
街のベンチに座った。
伊達メガネ越しに見るスチームパンクの街は、
今日も美しい。
ポケットの中のナットは、
歩くたびに太ももに当たって痛い。
邪魔だ。
重い。
早く捨てたい。
でも、捨てられない。

…
……
………
「……フッ。これもまた、探求者の宿命というやつか」
私は立ち上がり、
重いポケットを揺らしながら歩き出した。
カシャ、カシャと鳴る足音は、昨日よりも少しだけ「ベテランの住人」っぽくなっていた。
明日には、このナットをさらにデコレーションして、もっと重くしてやろう。
人間の心理には、だいたい逆らえない。

