第16.5話(幕間)|そして夜は明けない 〜ネオンと電脳の街へ〜
前回のあらすじ
「覚醒の霊薬」の強大すぎるパワーに私の肉体は耐えきれず、右拳はレンガの壁の前に砕け散った。
やはり、天才の器を満たすには、この世界の物理法則は脆すぎるのだ……。
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…
……
………

砕け散った右拳(※実際はただの打撲とヒビ程度である)を抱え、私はボロアパートの自室へと逃げ帰った。
「痛っ……痛たた……」
ベッドに倒れ込んだ私の全身を、
奇妙な感覚が包み込んでいた。
ズキズキと痛む右手とは裏腹に、
泥のような眠気が急速に押し寄せてくるのだ。
「フッ……あのガスマスクの親父が売っていた霊薬……。
どうやら遅効性の『超回復プロセス』が始まったようだな……。
私の天才的な脳細胞が、強制スリープモードを要求している……」
ただの疲労と痛みのショックであることを完全に棚に上げ、私は強烈な睡魔に身を任せた。
……
…………
………………。
「……ん」
どれくらい眠っていたのだろうか。
私は重い瞼を開けた。
頭の中は妙にスッキリしており、驚くべきことに、あれほど痛んだ右手はすっかり元通りになっていた。
さすがは「世界で最後の1本。」
あの霊薬は本物だったのだ
(※ただの自然治癒力の可能性が高い)
私はベッドの脇にある
真鍮製(?)のゼンマイ時計を見た。
針は「午前7時」を指している。
「フッ、素晴らしい目覚めだ。
今日の蒸気圧も悪くな……ん?」
私は違和感を覚えた。
午前7時だというのに、部屋の中が薄暗い。
いや、薄暗いどころではない。
窓の外から差し込んでくるのは、
スチームパンクの街特有の「黄金色の朝焼け」ではなく、
チカチカと点滅する「青と紫の暴力的な光」だった……。
私はベッドから跳ね起き、窓を開け放った。

「な……なんだ、これは!?」
そこにあったのは、昨日まで見慣れていた歯車と蒸気の街ではなかった。
空を覆い尽くすほどの巨大な摩天楼。
空中を飛び交う、光の尾を引く乗り物たち。

建物の壁面には、極彩色で輝く巨大なホログラムの美女が映し出され、私の知らない言語で何かを囁いている。
そして何より……空が、
どこまでも続く「深い夜」のままだった。
「時計は朝の7時を指しているのに、
太陽がないだと……?」
私は状況を理解すべく、フル回転で論理的思考を巡らせた。
あのガスマスクの男が売っていた霊薬の効果か?
それとも、
私の「眠れる巨大な才能(第14話参照)」が、
ついに次元の壁すらも破壊してしまったのか?
理由は分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
「フッ……どうやらこの街も、私という『天才』の到来を待ち望んでいたようだな」
私はネオンの光に照らされながら、
伊達メガネをクイッと押し上げた。
ずっと夜が続く、ネオンと電脳の街。
私の新たな伝説の舞台としては、悪くない。

【???の記録 / 観察者へのメッセージ】
「……フフフ。どうやら無事に、
次の『実験場』へとたどり着いたようですね」
緑色の蒸気が立ち込める薄暗い薬局で、
ガスマスクの男は一人、カウンターに置かれた「5万ゼニーのゴミ(ナット)」を弄りながら呟いた。

「彼が飲んだのは、ただの錆びた水……
……ではありませんよ。
彼自身の強烈な思い込み(プラシーボ)と、
私の『少しばかりの細工』が引き起こした、
次元を超える特異点への切符です」
ガスマスクの奥で、男の目が怪しく光る。
「さて、この記録を読んでいる『観察者』の皆様。
蒸気と歯車の街での彼の滑稽な……
いや、興味深いサンプルデータは楽しんでいただけたでしょうか?
次なる舞台は、太陽が昇らないネオンと電脳の街『サイバーパンク』の世界。
テクノロジーがどれほど進化し、世界がどれほど姿を変えようとも……
『人間の心理』というバグは、
そう簡単には直りません。
ずっと夜が続くあの街で、
自称・天才の彼が次にどんな『認知バイアス』に踊らされるのか。
……引き続き、彼の観察を続けるとしましょう。フフフ……」
【サイバーパンク編(第17話〜)へ続く】
