【失敗分析】⑤構造設計の敗因ー担任文化という構造: 教育現場で「人の問題」が生まれやすい理由
※本記事では「責任配置」という語を使用していますが、現在は概念整理のため、「役割構造」という表現に更新しています。
本記事では、私自身の構造介入の失敗事例をケースワークにした「構造が生み出す力学」の分析を行っています。前回は、「構造が動くための条件」を整理しました。その続き記事です。
はじめに.
教育現場では、問題行動が起きたとき、しばしば次の問いが立ちます。
「担任はどう指導したのか」
これは特別な問いではありません。むしろ学校では、ごく自然に共有されている「当たり前」の問いです。
しかし構造視点から見ると、この問いには特徴があります。それは、
行動因果が担任ー生徒間に固定化されている
結果、因果責任が担任個人に集中しやすい
という点です。
1.担任という責任主体
学校では、担任は非常に大きな役割を持っています。学校システムにおいて、担任は
学級経営
生徒理解
保護者対応
生活指導
学習指導
進路指導
関係支援
など、多くの責任を担います。つまり、
担任は教育の最前線の責任主体
として配置されています。
これは学校教育の大きな強みでもあります。担任は生徒を継続的に理解し、関係を築くことができるからです。
しかし、この構造にはもう一つの側面があります。
2.成功定義の個人化
多くの学校では、暗黙の成功定義が次のように共有されています。
「担任がクラスをまとめる」
そのため、
学級が落ち着いている
問題行動が少ない
生徒がまとまっている
といった現象は、
担任の力量のおかげ
として評価されることが多くなります。
そして逆に、問題が起きた場合には、
担任の指導力のせい
として語られやすくなります。
これは良し悪しの話ではなく、現場の成功定義が属人化されていることによる「構造的な帰結」です。
3.構造問題が見えにくくなる理由
このとき起きている構造は、次のように整理できます。
制度圧:(地域期待・説明責任・学校評価)
↓
成功定義:「担任がクラスをまとめる」
↓
責任配置:担任が問題対応主体
↓
問題発生
↓
因果帰属:担任の指導力
ここでは、構造が因果から消えていることが分かります。
つまり、
学年体制
分掌配置
行動誘因
組織設計
といった構造要因は、担任という大きな象徴的人格に隠れて見えにくくなり、その因果は個人に集中してしまうのです。
4.「担任文化」という構造
このような状態は、単なる偶然ではありません。教育現場には、長い時間をかけて形成されてきた
「担任文化」があります。
【 担任文化 】
担任が学級をまとめることを教育の中心とする文化
・担任の責任感
・担任の生徒理解
・担任の指導力
が教育の質を支える重要な要素として評価される。
これは日本の学校教育制度の大きな強みでもあります。しかし同時に、
構造問題が見えにくくなる
という課題の側面も持っています。
5.教員A(担任完結・道徳主体型教員)と担任文化
この構造を理解するうえで、教員Aのケースが参考になります。
Aは、
・責任感が強い
・生徒理解を重視する
・教師としての倫理観が強い
という、いわゆる「道徳的な」特徴を持つ教員でした。そのうえ、
・生徒の課題を自分で引き受けようとする
・学級の問題を自分で解決しようとする
・周囲に負担をかけないようにする
という「献身的な」傾向もありました。
教育現場では、このような教員像は「良い担任」として評価されることが多いでしょう。
6.内部構造と外部構造の相互作用
ここで重要なのは、担任文化がすべての教員に同じように作用するわけではない、という点です。
こうした「道徳的」「献身的」を最上位とする人の内部構造は別の形で作用することがあります。このような担任文化では、
成功定義:「担任がクラスをまとめる」
責任配置:「担任が問題対応主体」
となっています。この構造の中では、Aのように「責任を自分で引き受けようとする教員」は、次の状態の自己ループに入りやすくなります。
「担任の仕事」という認識がある
調整負荷が特定主体に集中する
周囲が介入しにくくなる
問題が属人的に処理される
「担任がやる」という自己意識が強化される
調整負荷が特定主体に集中する
つまり、外部構造と内部構造が相互に強化し合う状態です。この環境×人の相互作用は、属人化を強固に固定していきます。
7.個人の問題として説明されるとき
このような状況は、現場では次のように説明・評価されることが多いでしょう。
Aは責任感が強い
Aは頑張っている
Aは抱え込みやすい
Aは独善的だ
しかし構造視点から見ると、ここで起きているのは個人の性格だけの問題ではありません。
むしろ、担任文化という外部構造が、Aの内部構造と結びつき、責任集中を強めている可能性があります。
外部構造:担任文化
↑
(構造の相互強化) → 実質負担集中・当事者摩耗
↓
内部構造:担任がやらねばならない
この状態の相互強化ループに陥ると、学校現場で不可避に起こる様々な課題・トラブルに対して、属人的に対応するしかなくなっていきます。
まさに、「当事者の善意に頼る」しかなくなるのです。そうなると、「誰が悪いわけでもないのに」、現場が停滞・消耗し、組織の活力の持続可能性が下がっていきます。
8.構造視点の意味
構造視点は、個人の内部構造を否定する視点ではありません。むしろ、内部構造と外部構造の相互作用を理解する視点です。
問題を「誰の性格か」として扱うのではなく、
「どの配置が、その行動を生んでいるのか?」
と問い直すことです。
この問いが立ったとき、初めて
成功定義
責任配置
行動誘因
といった構造の検討が可能になります。
9.構造視点が扱うもの
教育現場には、
善意
責任感
教育への情熱
があります。しかし、その善意が強いほど、構造問題を個人努力で吸収してしまうことがあります。全国的に課題化している、部活動問題などが分かりやすいでしょう。
留意しておきたいのは、構造視点は、その善意を否定するためのものではなく、むしろ、
善意が摩耗しない構造を設計する
ための視点なのです。
さいごに.
本記事は、失敗を能力不足ではなく、構造条件のデータとして扱う試みです。
次の記事では、この整理からから抽出できる
「教育現場の構造特異性」を分析します
⏹️本記事は、マガジン
「壊れない現場 ― 教育・支援を『構造視点』で翻訳設計する」
の一部です。教育や支援の現場で起きる出来事を、個人の資質や努力に回収せず、関係構造・責任配置・行動誘因(=構造)から読み解き、現場を構造として翻訳し直す視点を順に整理しています。
このシリーズでは、
違和感 → 構造分析 → 構造視点 → 構造翻訳 → 構造設計 → 実装
という流れで、壊れない現場を構造から考えていきます。
はじめて読む方は、以下の記事からご覧ください。① 善意も熱意もあるのに、うまくいかない
② 問題は「人」ではなく「構造」にある
■ 壊れない現場 ― 構造視点シリーズ(マガジン一覧)
