【失敗分析】⑦構造設計の敗因ー善意吸収構造: なぜ教育現場では構造問題が見えにくくなるのか
本記事では、前回⑥で扱った「担任文化」「教育現場の特異構造」を前提としながら、教育現場の構造力学の問題を整理します。
※本記事では「責任配置」という語を使用していますが、現在は概念整理のため、「役割構造」という表現に更新しています。
はじめに.
教育現場では、多くの教師が強い責任感を持って仕事に向き合っています。
生徒のために何ができるかを考え、
困っている生徒がいれば対応し、
学級の問題が起きれば担任として動きます。
私も、その「意欲ある教師」の一人です。
こうした姿勢は、教育現場の大きな強みです。
しかし同時に、この強みが、構造問題を見えにくくすることがあります。
1.善意が問題を吸収してしまう
担任文化のある学校では(日本の多くの学校がそうした傾向を持つと考えられます)では、
成功定義:「担任がクラスをまとめる」
責任配置:「担任が問題対応主体」
となりやすくなります。
保護者の期待も同様ですし、学校職員も同様の認識であることが多いでしょう。
この構造の中で問題が起きたときには、
担任が努力することで問題が一時的に収まることがあります。例えば、
担任が個別に生徒対応を続ける
担任が保護者対応を引き受ける
担任が時間外にフォローを行う
といった対応です。「当たり前ではないか」と思いがちなのですが、このとき、根本の構造はそのまま残る可能性が高いのです。
確かに、担任の善意によって問題は一時的には落ち着くかもしれませんが、しかし同時に、
構造問題はそのまま残る可能性があります。
2.善意吸収構造
このような状態を、ここでは「善意吸収構造」と呼びたいと思います。
【 善意吸収構造 】
個人の善意や責任感が、構造問題を個人努力の中に吸収し、構造変更の必要性を見えにくくしてしまう状態構造
この構造では、
【 構造温存 × 個人努力の循環構造 】
問題誘発
↓
個人努力
↓
一時的解決
↓
構造不変
↓
問題誘発
という循環が生まれます。
3.なぜ構造が変わらないのか
善意吸収構造が働くと、組織では次のことが起きやすくなります。
問題が個人努力で処理される
組織としての問題が見えにくくなる
構造変更の必要性が共有されない
結果として、問題の原因は個人の能力や努力として説明されやすくなります。
つまり、「あの人頑張ってる」「もっと頑張って」です。
4.教員Aのケース
教員Aのケースも、この構造と関係しています。
Aは
責任感が強い
生徒理解を重視する
教師としての倫理観が強い
という特徴を持っていました。また、そのうえに
生徒対応を自分で引き受ける
問題を自分で解決しようとする
周囲に負担をかけないようにする
という傾向もありました。
このような教員は、多くの学校で
「良い担任」
として評価されることが多いでしょう。
しかし担任文化の中では、こうした姿勢が責任集中を生むこともあります。
つまり、
担任文化(外部構造) × 道徳的教師像(内部構造)
↓ ↑
善意吸収構造
という循環構造が強化される可能性があります。
5.構造視点が扱うもの
教育現場には、
善意
責任感
教育への情熱
があります。何度も留意したいのは、「構造視点」は、それらの善意や責任感を否定するものではないということです。
むしろ、「善意が摩耗しない構造」を考える視点です。
そのために問うのは、
「誰が頑張るべきか」
ではなく、
「どの配置が、この状況を生んでいるのか」
という問いです。かけがえのない善意や熱意を浪費させないために、個人の努力ではなく、構造を扱う必要があるのです。
こうした構造への問いが立ったとき、初めて
成功定義
責任配置
行動誘因
といった構造を再設計する可能性が生まれます。
さいごに.
構造視点の目的は、頑張る現場を否定するものではありません。むしろ現場の中で、善意が消耗しない環境をつくることにあります。
本記事群は、失敗を能力不足ではなく、構造条件のデータとして扱う試みです。
⏹️本記事は、マガジン
「壊れない現場 ― 教育・支援を『構造視点』で翻訳設計する」
の一部です。教育や支援の現場で起きる出来事を、個人の資質や努力に回収せず、関係構造・責任配置・行動誘因(=構造)から読み解き、現場を構造として翻訳し直す視点を順に整理しています。
このシリーズでは、
違和感 → 構造分析 → 構造視点 → 構造翻訳 → 構造設計 → 実装
という流れで、壊れない現場を構造から考えていきます。
はじめて読む方は、以下の記事からご覧ください。① 善意も熱意もあるのに、うまくいかない
② 問題は「人」ではなく「構造」にある
■ 壊れない現場 ― 構造視点シリーズ(マガジン一覧)
