【失敗分析】②構造設計の敗因ー構造を読めたのに、会議は動かなかった(学年担任制提案が失敗した日)
※本記事では「責任配置」という語を使用していますが、現在は概念整理のため、「役割構造」という表現に更新しています。
本記事では、私自身の構造介入の失敗事例を扱います。前回「失敗分析」シリーズを通貫するテーマ設定を行いました。その続き記事です。
はじめに.
これまでの記事では、現場で起きる問題を「人の問題」ではなく、「関係・責任・制度の配置(=構造)」として捉える視点を提示してきました。
しかし、構造を理解しても、実践は失敗することがあります。むしろ、構造介入はしばしば失敗します。
本記事では、私が学校現場で行った「学年担任制」の提案が、会議の場で黙殺された経験を素材に、
制度圧
成功定義
責任配置
という構造視点から、何が起きていたのかを整理します。
私は、学校の荒れを構造で解決できると考えていました。実際、学年担任制は他校でも成果を上げていた仕組みでした。
しかしその提案は、会議の中で「担任の姿勢」の問題へとすり替わり、議論は止まりました。
1.状況 ― 学校の「荒れ」と担任責任
【 当時の状況 】
当時、学校では複数の学級で問題行動や規律の乱れが問題視されていました。職員会議では、その原因は主に「担任の指導力」として語られることが多く、担任の主体性や指導力強化が繰り返し求められていました。現実、若手の担任が多かったのも事実でした。
また、学校は地域との連携が非常に強い環境にあり、地域社会からの学校教育への期待も大きい状況でした。管理職はこうした状況に対して、担任への個別指導の強化という形で対応していました。
その結果、担任の中には心身の不調を訴え、休職する者も出ていました。
【 私の提案 】
私はこの状況に対して、「学年担任制」の導入を提案しました。これは担任を個人単位ではなく学年チームで配置し、生徒対応を分担・協働する仕組みです。当時すでに桜丘中学校や麹町中学校などで実践され、成果が報告されていた制度でもありました。私はそれらを参考に、勤務校の状況に合わせた形で提言をまとめました。提案の成功定義は次の二つでした。
・学校の荒れを起こしにくくする
・教員の摩耗を減らす
つまり、担任個人の力量ではなく、学校の構造で問題を軽減するという視点です。
【 会議で起きたこと 】
管理職はこの提言について、職員会議とは別に会議を開きました。しかし会議が始まると、議論の焦点は次第に別の方向へ移っていきました。
話題の中心は、
・担任としてのあるべき姿勢
・学級経営のあるべき姿
・教員としての指導観
へと移っていったのです。
管理職は議論の流れを静観し、会議は最終的に「まずはそれぞれができることをやりましょう」というまとめで終わりました。
構造は変わらず、「指導力のない担任が責任逃れをしようとした」という空気だけが残りました。
その後、管理職は私への個別指導を強め、私の指導の監視も強化されました。
【 この事例から見られる構造 】
制度圧①:地域からの教育期待
制度圧②:管理職の学校運営責任
成功定義:荒れない学校
責任配置:担任がクラスを統制する
行動誘因:問題を担任の指導に帰属する集団認知
そのため管理職は、
問題行動への対応=担任の指導力強化
という方針を取りました。
その結果、担任への個別面談の形を取った「指導」が繰り返され、一部の担任は心身の不調を訴えて休職しました。
2.私の提案┃学年担任制という構造介入
私は担任として、この状況に強い違和感を持ちました。問題の多くは、「個々の担任の能力」ではなく、「構造の問題」ではないかと考えたからです。また、問題解決のために「当事者に変化圧が集中」する様は、現場を疲弊させるだけで根本解決にはならないと、構造的なひずみに対する憤りも覚えました。
そこで私は、複数の担任で生徒対応を行う
「学年担任制」を提案しました。
これは決して私の独善的な考えではなく、当時すでに長野県の桜ヶ丘中学校や東京都の麹町中学校などで実践され、成果をあげていた仕組みでもありました。私はこれを勤務校の実態に合わせ、
学年チームで生徒対応を行う学年経営システム
として提案しました。
このとき、私が置いた成功定義は次の二つでした。
・学校の荒れを起こしにくくする
・教員の摩耗を減らす
つまり、
担任個人の指導力 → 学校全体の構造
として問題を捉え直そうとしたのです。
3.会議 ― 議論が「姿勢論」に変わった瞬間
管理職は職員会議とは別に会議を設け、私の提案を議題にしました。
私は、
・みな生徒対応や集団的な不安感情に苦慮している
・学年チームで生徒対応を行い、複数教員で生徒対 応にあたれば、以下の効果が期待できる。
①指導=担任の属人化が減らせる
②若手教員の指導力不足による影響が限定化される
③生徒ー教員の相性によるミスマッチが減る
④対応する教員が孤立せず、摩耗を軽減できる
・それによって、現在の「荒れ」に対応できる
という説明をしました。
しかし会議の議論は、次第に次の方向に変わっていきました。
担任としての姿勢はどうあるべきか
つまり、
構造の議論 → 倫理の議論
へと移っていったのです。
私は担任であり、しかも当時の私の学級はエネルギーの高い集団でした。
そのため提案は、
✕ 構造提案 → 〇担任としての責任回避
のように受け取られた可能性が高いです。
管理職は会議では発言せず、議論の流れを静観し、
会議は結論のないまま終わりました。
まとめは
「まずは、それぞれができることをやりましょう」
でした。
4.その後に残った構造
会議の後、構造は変わりませんでした。むしろ次の空気が残りました。
「指導力のない担任が責任逃れをしようとした」
管理職は私への監視・指導を強め、教室前の廊下で個別指導を受けることもありました。
その後、管理職が交代しても、担任への指導圧は続きました。
そして私が転勤した後、
学年担任制の実装プロジェクト
が立ち上がりました。
さいごに.
この事例で注目すべきは、
生徒の逸脱で困っていたのは、
私のクラスだけではないということです。
学校教員全員が生徒対応に苦慮していました。
管理職は「荒れた学校」に焦っていました。
本記事は、失敗を
「誰かの能力不足」
↓
「構造を調整するための有益なデータ」
として扱う試みです。「誰も悪者にしないための解決」を提示するのが、「構造視点」です。
次回記事では、この事例をケースワークとして、「なぜ構造を読んだはずの提案が姿勢論に帰結したのか」を分析します。
⏹️本記事は、マガジン
「壊れない現場 ― 教育・支援を『構造視点』で翻訳設計する」
の一部です。教育や支援の現場で起きる出来事を、個人の資質や努力に回収せず、関係構造・責任配置・行動誘因(=構造)から読み解き、現場を構造として翻訳し直す視点を順に整理しています。
このシリーズでは、
違和感 → 構造分析 → 構造視点 → 構造翻訳 → 構造設計 → 実装
という流れで、壊れない現場を構造から考えていきます。
はじめて読む方は、以下の記事からご覧ください。① 善意も熱意もあるのに、うまくいかない
② 問題は「人」ではなく「構造」にある
■ 壊れない現場 ― 構造視点シリーズ(マガジン一覧)
