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「大学生になりました」 息子だけじゃなくて...実は私も。

先日、憧れ続けていたあの一言を言われた。「大学生のお子さんがいるようには見えない!」という言葉だ。それもこれも息子が大学生になってくれたおかげだ。

そんな私だが、実は今年の春から大学生になっている。

えっ。

そうなのだ。我が家には今、現役大学生がふたりいることになる。

それにしても大学生の息子のいる私(40代後半)が、なぜ大学に入ることにしたのか。



ほんとうに学問に年齢は関係ないのか。

学問に年齢は関係ない。よく言われる言葉だ。

勉強するのに遅すぎるということはないと信じてきた私だが、さすがに大学に入ってまでというのは「この年になって」という気持ちも多少はあった。(一応あったんだよ、これでも)

だからこそ、家族以外では友人ひとりにしか伝えていなかった。(現役女子大生じゃん!と面白がってくれたM、そう、あなたよ!)

大学に行くというと、最初はあまりいい顔をしなかった家族だが、息子だけは違った。

「まあ、海外やったら(大人になって大学入るのは)普通のことやしな」

さすが、外国語大学の学生だけあって、グローバル! これでこそ息子をイギリスに連れて行った甲斐があったというものだ。



ではなぜ私が、大学に入ろうと思ったのか。

リアルな旅から知の冒険へ。

今はどうせコロナだし。

まず、そんな気持ちがあった。私は「旅」を生きがいに、「ウェディングドレス」と「結婚式」の仕事をなりわいにしている。

旅をして、ドレスの素材を探す。結婚式の旅をする。そして旅で受けたインスピレーションをまた仕事に活かす。そんな、いい感じのスパイラルを登って行けていた。2019年までは。

ところが、このコロナである。仕事は徐々に戻ってきつつあるが、旅はしばらくできそうにない。特に海外旅行は、あと2〜3年は無理そうだ。

じゃあ今のうちに、腰を据えてちゃんと勉強してみようと思ったのだ。私は短大を卒業しているから、3年次から編入すれば、最短2年で卒業できる。ちょうどいい。

リアルな旅から、知の冒険へのシフトチェンジだ。

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大卒か、そうじゃないか。

「学歴なんて関係ないやん」と夫は言う。

もとは同じ会社で仕事をしていた夫だ。かつての私の仕事ぶりや役職も知ってくれている。確かに以前の職場は、女性も男性も関係なく、仕事の能力だけで評価をしてくれるありがたい会社だった。でもそれは入社できたら、の話。

私なんて、いろんなラッキーが重なって、まぐれで入社できたようなものだから。それはもう神がかっていた。その時は。で、そのあと会社が上場して、規模も大きくなって、たぶん今はもうとてもじゃないけど入れないと思う。

コロナで仕事が減少した時、応募はしないまでも、いろんな求人サイトを見てみた。そこで気づく。大卒という条件があるかないかで応募できる職種が違うことに。経験や能力うんぬんの前に、もはや入り口で無理じゃん。と。いくら経験があったとしても、はなからエントリーもできないのだ。なんだよ。

そうか、大学のランクとか、仕事の能力や経験とかの前にまず、「大卒か、それ以外か」という無慈悲な現実があったのだ。

思えば私は学歴コンプレックスみたいなものをずっと抱えていたんだと思う。「いや結局は個人の能力でしょ」と言わせるための努力もしてきた。もちろんそのおかげで勝ち得てきたものも多い。今までの人生には何ひとつ後悔していない。短大時代にできた友人たちは、今でも私の宝物だ。もしももう一度人生をやり直せたとしても、戻らないと思う。だって今までの人生で出会ってきたみんな、全員にちゃんと出会いたいもん。

だからといって、コンプレックスが完全になくなるわけではなかった。さすがにもう転職をすることはないかもしれないけど、このコンプレックスが消えるだけでずいぶん生きやすくなるだろう。

そうしたら、勉学への意欲はあるが女である私よりも、長男である弟の方に教育の機会や優遇を与えた親や、私のジェンダーに対するわだかまりも、溶けてなくなるかもしれない。

今となってはかなり前時代的な話に思えるのだが、30年ほど前の田舎には「女に学問は必要ない」という考えや「長男信仰」がまだ存在していたのだ。さまざまな事情があったのは理解している。そのことで親と疎遠になっているというわけでもなく、むしろかなり仲はいいほうだ。孫も相当可愛がってくれ、育児も手伝ってくれる。娘として愛されていることもわかる。

それだけに、「じゃあ、あのときはなぜ?」という気持ちがふとした折に蘇ってしまう。かれこれ30年も抱え続けているこの感情から、私はとっとと自由になりたい。

「大学に行くことにしたよ」と親に伝えたら、「あんたは勉強が好きだったもんね」と言われた。わかっとったんかい。



小説コーリング。

二年半くらい前のことだ。ドレスを作っている最中に突然物語が降りてきた。小説の構想が湧いたのだ。書いたこともないのに。

私の目の前に大きな丸太がゴロンと転がっている。おそらくこの丸太を掘れば、その中からとても美しい観音像が現れるのがわかっている。でも私には彫り方がわからない。今までのように当てずっぽうに掘り進めば、私はきっと美しい観音様を傷つけてしまう。

彫り出し方を、つまり小説の書き方を学ばなければ。

実践的に学べるところがいい。と色々調べているうちに、なんと母校の京都芸術大学(注:かつては京都芸術短期大学・京都造形芸術大学)の通信大学部に、文芸コースがあり、小説の書き方を学ぶカリキュラムがあることがわかった。さらに、卒業論文は創作小説でもいいようだ。

ここだ、ここしかない。

さらに短期大学の卒業生は、入学申し込み金と入学審査料が免除される。この特典、利用しない手はない。文芸コース以外の科目の単位も、美術芸術関係だったらなんとかなるだろうし。(←甘かった。)


自宅で親子キャンパスライフ。

というわけで、今我が家には大学生がふたりいることになる。ふたりとも大学は違うが、どちらも緊急事態宣言の出ている県にあるため、授業は完全オンライン。目下のところ自宅がふたりのキャンパスなのである。親子でキャンパスライフ。

講義の合間に(家で)お昼を食べたり、お茶したり、レポートの書き方をシェアしあったりと、なかなかに有意義なおうちキャンパスライフをエンジョイしている。

でも、まあ、通信とはいえ大学だ。課題にレポートに論文に試験…これがどれも、なかなかに大変なのだ。私は完全に甘くみていた。

めっちゃむずかしいやん!

っていうか論述って自分の気持ち書いたらあかんのか!

知らんかった〜!


とはいえ知の冒険は楽しい。

読んでいなかった本や、知らなかったことがいっぱいある。ワクワクする。テキストと辞書を片手に未知の場所を探索する。

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これもまた、私にとっての旅なのだ。






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