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その言葉は、誰のものですか。

「守っています」と答えた朝

「うちは、納期を絶対に守るんです」

そう答えてから、私は少し、居心地が悪かった。

間違ったことは言っていない。

うちは、納期を守る。

それは、二十年やってきて、一度も曲げなかったことだ。

得意先に「あそこは必ず間に合わせる」と言ってもらえる。

それが、うちの数少ない誇りだった。

でも、目の前の相手は、

「なるほど、それは強みですね」

とは言わなかった。

少し黙って、こう聞いてきた。

「なぜ、守れるんですか」

なぜ、と言われても。

困った。

そんなことを、改めて聞かれたことがなかった。

当たり前のことだ。

毎朝、現場を見て回る。

どこが遅れそうか、誰を回せばいいか。

朝のうちに、決めてしまう。

ただ、それだけのことだ。

そう話すと、相手は少し考えて、

「その朝のところ、見せてもらえませんか」

と言った。

見せるも何も、いつも通りやるだけだ。

何が面白いんだろう、と思った。

いつもの朝を、見られる

いつもの朝だった。

私は、職人たちの間を歩く。

左官が一人、手が空きそうにしている。

奥の部屋の下地が、まだ乾ききっていない。

今日入るはずだったクロスは、少し後ろにずらせる。

だったら、先に、二階の建具を進めてもらおう。

ここが遅れそうなら、あっちから一人。

この工程が空いたら、先にあれを。

頭の中で、順番を入れ替える。

人を、動かす。

天気も、材料の入りも、職人の調子も、全部その日で違う。

だから、昨日と同じ朝は、一度もない。

今日の一日が、間に合う形になるように。

それを、毎朝、組み直している。

いつもやっていることだ。

特別なことだとは、思っていなかった。

相手は、何も言わずに、ずっとそれを見ていた。

歩き終わったとき、ようやく口を開いた。

「社長は、納期を守っているんじゃないですね」

どういう意味か、わからなかった。

守っているつもりだったからだ。

相手は、続けた。

「毎朝、間に合う形を、組み立てているんです」

言葉が一つ、裏返る

その一言で、

何かが、裏返った。

守る、というのは、

誰かが決めた期日に、必死で追いつくことだと思っていた。

間に合わなかったらどうしよう。

そういう、追われている感覚が、

二十年、ずっとどこかにあった。

でも、違ったのかもしれない。

私は、追われていたんじゃない。

毎朝、自分の手で、

間に合う形を、組み立てていた。

同じことをしているのに、

言葉が一つ変わっただけで、

景色が、まるで違って見えた。

守る、だと、相手は期日だ。

組み立てる、だと、主語は自分になる。

不思議だった。

やっていることは、何も変わっていないのに。

「納期を守る会社」なら、いくらでもある。

どこの看板にも、そう書いてある。

でも、

「納期を組み立てる会社」は、

そういえば、聞いたことがない。

これは、うちの言葉だ。

初めて、そう思えた。

長年やってきたことに、

やっと、名前がついた気がした。

その言葉は、誰のものですか

相手は、うれしそうな顔をした。

自分のことのように、喜んでくれた。

そのあとで、少しだけ、こう付け加えた。

「いい言葉ですね。……守れるといいですね、その言葉が」

守れる、とは。

一瞬、意味がわからなかった。

でも、聞き返す前に、なんとなく、察しがついた。

明日、隣の会社が同じことを言い出したら、どうなるだろう。

「うちも、納期を組み立てます」

そう、看板に書かれたら。

パンフレットに刷られたら。

そのとき私は、何を根拠に、

「それは、うちの言葉です」

と言えるのだろう。

見つけたばかりの言葉が、

急に、心もとなく思えてきた。

二十年かけてやってきたことに、

やっと名前がついた。

なのにその名前は、

まだ、裸のまま、そこに置いてあるような気がした。

あとで知った。

あの人は、

言葉を見つける仕事だけでは、なかったらしい。

見つけた言葉を、

守る仕事も、している人だった。

少し、腑に落ちた。

うれしそうな顔のすぐあとに、

あの人が、少しだけ心配そうにした理由が。

「その言葉、

このままで、本当に大丈夫ですか」

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