勝共連合・久保木修己初代会長が好んだ軍歌「空の神兵」~講演動画を見て
1,勝共連合・統一教会の初代会長、久保木修己氏
私が原理研究会(J-CARP)の会員だったころ、勝共連合の初代会長にして統一教会の初代会長、久保木修己氏は既に体調を悪くしていたようです。
先輩たちからは「久保木会長は凄い。雄弁とカリスマ性を備えた人格者。名だたる政治家や財界人も心服している」と聞かされたものです。
財界の重鎮、木内信胤(のぶたね)氏は「勝共連合を応援する会」を作り、政財界のメンバーに声をかけ、会報まで発行して同連合の活動をバックアップしました。
これも、ひとえに久保木氏の人柄と思想に打たれたからです。
木内信胤氏は、早くからノーベル経済学賞受賞者F・A・ハイエクの自由主義と反共思想に共鳴し、ハイエクが創設したモンペルラン・ソサエティの最初の日本人会員となった人です。
こうした背景もあって、勝共連合の活動を応援するようになったと思われます。スパイ防止法制定運動でも活躍されました。
国会図書館憲政資料室が所蔵する「木内信胤文書」(PDF)には、勝共連合関係の資料がたくさん含まれています。
2,既に全盛期を過ぎていたのが残念
以下は、満州で生まれた久保木氏が立正佼成会の会長秘書となり、そこから統一教会と出会い、草創期を駆け抜けるまでを回顧した講演動画です。時期は不明。
久保木会長の講演や説教には、上の講演とは違いますが、何度か接する機会がありました。ただ、私はあまり感動した覚えがありません。
間のとり方が上手で、聴衆を話に引き込む術を知っている方でしたが、言葉がポンポン勢いよく出てくるという感じではなく、ゆったりとした語り口でした。
もう全盛期を過ぎていたのでしょう。あとで健康を害していると聞き、「病気のせいで覇気が失われつつあったのかな」と思ったものです。
亡くなったのは1998年(平成10)年12月13日。享年68(満67歳)。当時、「もっと長く生きてほしかった」という声をよく耳にしました。
しかし、私の知る限り、意外と教会内の反応は冷めていたと思います。というのは、統一教会内部では、絶対的存在はあくまで再臨のメシアたる文鮮明教祖だったからです。
久保木氏を慕う一部の人たちを除けば、日本の教団を大きく育て、政財界に信奉者が多かった久保木修己会長といえども、所詮は1人の罪人(つみびと)に過ぎないと考えられていました。
3,文鮮明原理主義、韓国中心主義者の太田洪量は、いま何をしているのか?
全国大学連合原理研究会の太田洪量(ひろかず)氏(学生組織のトップなのになぜか壮年。のちに勝共連合の会長にもなる)は、明らかに久保木会長を嫌っていました。
礼拝で嫌悪感を露わにする場面を何度か目撃したのです。
久保木修己という人は、文鮮明教祖の指示であっても、日本の現実に合わせて柔軟に対応する常識を備えていました。
しかし、太田洪量は文鮮明原理主義者です。
「再臨のメシアの指示なのだから、その通りやるべきだ」という、いわば忠犬ハチ公のような男。
教祖から「政治家を原理で教育しろ」と指示されれば、その通りやるべきだと考える。
政治家は勝共運動には賛同しても、宗教としての統一教会の教義には関心のない人がほとんどです。
上から目線で「原理で教育」なんかしようものなら、反発するに決まっています。
久保木会長は、無理して教義を押し付けようとはしていなかったと思います。
そのためか、太田洪量は原理研究会の学生メンバー相手の日曜礼拝で、何度か不満を漏らしました。
「お父様は政治家に原理を聞かせろと言っているのに、久保木会長はなぜやらないんだ」
「誰それ(政治家の名前)には、もっと早く原理を聞かせておくべきだった」
とか。
ところで、信者でなくても、「太田洪量」という名前に見覚えのある方もいると思います。
そう、2007年4月2日(日本時間)に南米パラグアイで女性秘書や警察官らと共に誘拐されたのです。当時、ビッグニュースになりました。
その後、身代金140万ドル(約1700万円)と引き替えに解放されています。解放日は、外務省の記録にもある通り4月20日。
解放後、現地で記者会見をしたときの動画がありました。
この「なんたらパラグアーイ!」という奇妙な叫び、話題になりましたね。意味はもう忘れましたが。
教団内では「『誘拐事件では身代金を払ってはいけない。払えば第2、第3の事件を誘発する』が常識なのに、1,700万円も払い、しかも払ったことを公表してしまった。こんなことして大丈夫なのか?」という疑問の声が上がったことを覚えています。
当然ですよね。
ご本人は日曜礼拝などで、原理研究会の女性メンバーに対し「純潔ほど大事なものはない。貞操を奪われそうになったら死を選ぶのが昔の韓国の女性だ。純潔刀(銀粧刀)もある」などと言っていたのだから、なおさらです。
男性が誘拐されるということは、女性が貞操を奪われるのにも等しい大惨事です。
そんな被害に遭い、日頃、女性には「純潔刀」を持ち出して(暗に)脅していたくせに、本人は身代金を払ってもらって生き延びた。
「統一教会の大幹部の生き様としてどうなんだろう?」と思ったのは私だけでしょうか。
さて、久保木会長の後を継いだ勝共連合の歴代会長は、こう言っては何ですが、小物ばかり。
カリスマ性もなければ、人格・識見も見劣りする人ばかりで、政財界の海千山千の有力者たちを引きつける魅力はありません。
太田氏は誘拐事件後の2013年に勝共連合会長に就任。
筋金入りの韓国中心主義者なだけに、反日自虐史観を批判する立場の勝共連合支持者たちは、かなり戸惑ったと思われます。
かくして、冷戦崩壊後の勝共連合は縮小の一途をたどりました。
ところで、文鮮明原理主義者の太田洪量は、いま何をしているのでしょうか?
統一教会の解散危機に際して、彼が解散阻止のため反対勢力と対決したとか、世論の誤解を解くため国民の各界各層に訴えたとか、そういう話は全く聞きませんね。
4,和動会で歌われた軍歌「空の神兵」
亡き久保木修己会長は、軍歌「空の神兵」が好きだったそうです。
和動会(みんなで歌や出し物などをして交流する会を教団内ではこう呼んでいた)で、そのことを知っている人が「空の神兵」を歌ったのを聴いたことがあります。
非常に印象的なメロディなので、YouTubeに動画がアップされてからは、時々思い出しては聴いています。以下は戦時中の音源によるもの。
以下は戦後の音源です。
1942年2月、オランダ領東インド(蘭印)のスマトラ島パレンバンの石油基地を確保するため落下傘部隊で奇襲し、任務を成功させたことを称えて作られた歌です。
作戦成功を受けて、画家の鶴田吾郎は「神兵パレンバンに降下す」(国立美術館所蔵)を発表。
これは戦争画の傑作の1つです。
しかし、軍歌が嫌いな太田洪量は、「(韓国人学生を招待しての日韓交流セミナーの歓迎会で)軍歌を歌ったバカがいる」などと罵っていました。
その軍歌は「空の神兵」ではなかったかもしれません。
詳細は不明ながら、軍歌を歌った日本人学生を罵るとは、さすが韓国中心主義者の面目躍如たるものがあります。
原理研究会のトップで文鮮明教祖の覚えもめでたいことから、最初は尊敬の眼差しで見ていた私も、いろいろな“事件”に遭遇して、この人物から完全に心が離れました。
「久保木修己氏が健康でもっと長生きしてくれていたら」と思っている人は多いはず。私もその1人です。
※ヘッダーはYouTube動画
「空の神兵【戦時歌謡】陸上自衛隊第一空挺団歌」のトップ画像より
