見出し画像

竹美映画評114 どっこい生きてる同性愛者 Sabar Bonda (2024年、インド(マラーティー語))

(2025年10月20日、以下の写真追加)

これが恐らく本作で触れられていたSabar=サボテン(多肉植物)と思われる。西ガーツ山脈の山中にて撮影。映画のことを思い出す。

マラーティー語のゲイ映画『Sabar Bonda』を観てきた。『ゴッズ・オウン・カントリー』のようでもあり、目新しい作品ではなかったものの、インドにおける家族のあり方がよく出ており、田舎の隠れゲイの生態も垣間見えて面白かった。


あらすじ

ムンバイに住む青年アーナンドは、父の葬儀のために母とともに田舎に帰省。儀式のため10日間滞在することに。親戚たちからは『結婚もしていないのに』と事あるごとに言われるので辟易していたところ、幼馴染で農夫バリヤに再会。頑なに結婚を拒むバリヤもまた同性愛者で二人は急速に接近するが…。

家族とゲイの確執と受容

世界各国の同性愛者が直面する問題は、家族から異性との結婚を求められることに始終している気がする。家族主義が強く、すべてのことが家族の同調圧力の中でのみ機能するインドだが、ヒンドゥー教徒の場合は同性愛タブーが弱いため、なんやかんや結婚を逃れたり、或いは結婚してしまえば男は好き勝手やれるので、昔の日本と近いのかもしれない。

さて、アーナンドの両親はアーナンドが同性愛者であることをすでに知っており、すでに受け入れていたことが分かってくる。とは言え、全面的に支持して喜んでいたわけでもない。アーナンドの父は都会の人間で開けた考え方の持ち主だったようだ。

母スマンもまた、『コミュニティ』の目に留まるようなことをするアーナンドに困っている様子がうかがわれるが、同時に息子として深くアーナンドを愛し、支えて来たこともわかる。板挟みの中でもアーナンドのそばにいようとする姿が新鮮に感じたし、インドの映画としては、男性女性関係なくキャラクターが深められていたと思う。

アーナンドは、親戚たちに本当のことを言ってもいいが、母のためにと我慢をする。彼もまた、母に申し訳ないという気持ちを持っていて、そこが大変共感できた。

また、決して百パーセント完璧な父親ではなかったようだし、もしかしたら、結婚しようとしない息子の愚痴を親戚に言っていたのかもしれない。それでもなお、スマンとアーナンドは、亡き父を全てを息子と妻のために捧げた、愛情深い人物として記憶しようと決めたところに家族を送り出す者の心情が滲んでいた。

一方のバリヤの親は、お見合いの話に応じようとしない息子にイライラ。ついにケンカになってしまう。

そんなバリヤはどんな人物なのか?

どっこい生きてる田舎ホモ!

一方のバリヤは、田舎であっても他の村の男と会ったりしててなかなか積極的に活動していたと見える。

『農夫のところになんて嫁に来たがる女は居ない。みんな向こうから断ってくるんだよ』としたたか。牛やヤギの世話をしたり、運転手をしたりして、『無職だ』と言う割にはよく働いている。

都会から戻ってきたアーナンドに接近するのもためらいがなく、イヤホン共有してみたり(その直後に地元のやり友登場!しかしもちろんバリヤは仕事あるからと嘘ついて彼を振る!!やるなw)、ミルクを売りに行くのについてきてもらったり、『この辺にもそういう男はいるよ、俺もそうだし』などと余裕が見える。

ゲイ映画のお約束、湖で泳ぐシーンもある。冬の夜、マハーラーシュトラの空気は冷える。水から上がったアーナンドをここぞとばかりに抱きしめて籠絡しようとするバリヤ。どっちが上手なのかはっきりしている。

たったの10日間の儀式はやがて終わる。バリヤは田舎で生きていくことを受け入れており、離ればなれになってしまうことさえも受け入れているような、飄々とした様子だが、都会で大失恋などを体験したアーナンドの気持ちは沈んでいく。

家族主義が勝つのか?それとも、家族の一員として、本人の希望を受け入れるのか?

タイトルのSabar Bondaはサボテンの実を意味する。映画の最初の方で幼い頃に2人で食べたサボテンの実を、わざわざバリヤが探してきてくれる。

それを食べたアーナンド、すでに恋に落ちています。都内から来たお仲間を落とす気満々のバリヤの作戦勝ち!!

それと同時に、マハーラーシュトラのその辺りのお葬式の様子がちらほら出てきてそれも面白かった。田舎の皆は、ここぞとばかりに、喪主(儀式を進める役)のアーナンドに対して、あれをしろ、これはしてはならない、とルールを説明しまくる。そもそも未婚の彼が儀式をやること自体が面白くないわけだが、まあ口々に色々言いながらも、母スマンが望むならそうしてやろうということになる。

その口々に言うルールも曖昧なところもあり、誤りを訂正されたりしてて、その厳しいんだか緩いんだか分かんない様子が面白かった。

 本作はラーナー・ダッグバーティがインド公開のサポートをした模様。

同性愛者を描いた映画はボリウッドではすでに珍しくなくなっているし、ベンガル映画ではカム・アウトした同性愛者の監督もいて全く珍しくないが、マラーティー語で作られたところが意義深い。

観客は三人しかいなかったけど、観られてよかった。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集