「プラダを着た悪魔」にはなれなかったけど...憧れと現実のはざまで働くこと
憧れは、自分の世界を広げてくれる大切な感情だと思う。でも……私はときどき、その方向性を見誤ってしまう。
たとえば、雑誌で見た服を買ったけれど「なんか違う」とクローゼットのヌシになったこと。
新社会人のときに、憧れていた先輩の仕事をマネしてみたものの、いざ自分がやると「ただの生意気な新人」にしか見えなかったこと―――20代は日常茶飯事だったし、今も少なからずやってしまう。
憧れを追いかけていた高校生の頃も……。
初めて行った美容室でベリーショートをお願いしたら、なぜか野球部のボウズ頭を3ヶ月放置したような仕上がりになった。
鏡の前で「えっ……なんでこうなったの?私寝てたっけ?」と、しぼんだ風船のようにうなだれていると、期待通りのヘアスタイルに整えてもらった友だち2人が「やばい、想像と全然違う(笑)」と先に笑い出して静かに凹んだ。
家に帰ると髪が薄めの父からも「大丈夫、お前はまた生えてくるんだから」と、なんとも言えない励ましをもらい、さすがに笑うしかないと諦めがついたこともある。
これまで何度となく憧れとの"ズレ"を経験してきた。
でも、失敗ばかりでもなくて、少し先を見せてくれる”憧れ“が、立ち止まった視界をふっと広げてくれることもあった。
今でも印象に残っているのは、就職活動に行きづまったときに出会った夏木マリさん似の面接官の女性。美容業界で働く彼女は、凛とした雰囲気でとても素敵な「働く女性」だった。
空気が少しだけやわらぎ始めた春のはざま、緊張がただよう集団面接中の会議室でいわれた一言は今でもふと蘇る。
「女なら、すべて手に入れていいのよ」
望むキャリアについて聞かれたとき、つい率直に「将来の結婚や出産を見据えて手に職をつけたいけれど、不安です」と口にした。
まだ起きていないことに不安を感じるなんて、と思いながらも「何でも話していいですよ」と言われたので聞かない手はないと思ったのだ。
そのとき、返ってきたのがこの言葉である。
自分で聞いておきながら、正直返事に困った。
「いやいや、そんなにうまくいくわけ……」と、頭の中では全力でツッコミを入れたけれど、口には出せるはずもなく。でも、夏木面接官(仮名)の視線はブレることなく、まっすぐで。
美容業界という女性の多いフィールドならではの言葉に、私を含む6人の就活生は夏木面接官にくぎ付けになっていた。
「何かを極めるならそれ以外を諦めることが必要。」
競技スポーツを10年していた私にとっては、それが当たり前だったからこそ「すべてを手に入れる」の威力は破壊的だった。
この言葉をきっかけに方向性が変わり、私は大学卒業後にどうしても諦めきれなかった美容専門学校に進む道を選んだ。
乾いたスポンジのように、何を見ても、何を聞いても吸収したくなる日々。
メイクはもちろん歌舞伎やオペラ、彫刻、解剖学など―――まさか美容の世界にここまで多様な‟美”が存在するとは知らなかった。
「ひとつを選ぶならそれ以外は諦めなきゃ」と思っていた私にとって、「全部に触れてから自分にとっての本物を選びなさい」という環境はまるでパラレルワールドのよう。
根っからの体育会系の感覚や価値観の土台を、もう一度ゆっくりと養い直す時間だったように思う。
そして卒業後には、美容サロンに訪れるさまざまな「働く女性」と接するなかで、憧れとしてではなく、現実の肌触りをともなった働き方の多様性を知ることになった。
ボディケアやメイクを受ける女性が口にする、何気ない会話のなかでぽろっとこぼれる仕事や暮らしのこと。手を動かしながら耳を傾けるたび、「こんなふうに働く選択肢もあるんだ」と、目から鱗が落ちるような日々だった。
あるお客様は、会社員としてしなやかにキャリアを築いていて、スケジュール帳にはびっしり予定が詰まっていたけれど、「今日は自分のための時間と決めて来たの」と笑っていた。
ある方は、個展前で腕が腱鞘炎になりながらも「続けられるのが一番だから」と、まっすぐな目で自分の仕事を話してくれた。
またある経営者の女性は、子育てがひと段落してから「かつての自分のような母親を助けたい」と事業を立ち上げていた。
年齢も状況もバラバラなのに、どの女性もどこか軽やかで、自分の選択に誇りを持っていたように思う。
働き方に「正解」はないんだな。
自然にそう思うようになったきっかけだったように思う。状況も、価値観も、日々少しずつ変わっていく中で、自分なりの折り合いをつけながら進んでいく。キャリアという言葉だけではとても言い切れないような、もっと個人的で、もっと柔らかい選び方だった。
そして数年後、私にもプライベートの節目が訪れた。
仕事の現場を離れると決めたけれど、やっぱり怖さはあって。「もう戻れないんじゃないか」と思う夜もあったし、何より一度決めたけれど「戻りたい自分」がすぐに顔を出した。
ただ、現実として提示された「仕事」「不妊治療」「転勤」といったカードを何度組み合わせてみても、私にとっての最適解は仕事を一旦離れるだった。
とはいえ最初はそんな自分を、誰よりも自分自身が認められずにいた気がする。
それでも出会っていただいたたくさんの方たちの姿が、私の中で「なんとかなる」と言ってくれた気がした。そして実際に、たくさんのご縁をいただきながらなんとかしてきた今がある。
出産を終えてふたたび社会に戻ると決めたのは、娘が7ヶ月を迎えた春。
女性の新しい働き方を推進する企業に参画し、4年後に独立した。そして、今もお付き合いは続いている。
率直に思うのは、就活生のときには想像もできなかったことが起こり、時代も変わっていくのだなとこうして振り返ってみても感じている。
とはいえ実際は、いくつもの場面で立ち止まり、迷い、見送ってきた選択肢のなかで「いまならこれかもしれない」と思える札を、そっと拾い直してきた結果のような気もしている。
「女なら、すべて手に入れていいのよ」
恥ずかしながら、この言葉を聞いた当時は、『プラダを着た悪魔』のような華やかな世界を思い浮かべる私もいた。あんなふうになれない自分は、きっと何かが足りないのだと勝手に落ち込み、奮起したこともある。
でも年齢を重ねて生活や価値観が変わるごとに、「憧れ」が単なる「違い」に見えるようになってきたのも事実で。そして、自分にとってのあり方はそうした差異に気づきながら、自分の内側から探していくものだと、少しずつ思えるようになった。
それでも働くということを、私は春になるたびに何度も見直していくんだと思う。
夏木面接官のような憧れに、またどこかで出会えるかもしれないし、自分の中から生まれてくるかもしれない。その中でも「選び直せる」「組み直せる」その余白があることだけは、忘れずにいたい。
これからも、そんなふうに人と、自分と、そして変わり続ける世界と、ゆるやかにつながっていけたらと思っている。
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