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大きくなった背中と、眠ったまましがみつく腕

子どもの成長は、毎日一緒にいる家の中では、案外わからない。
昨日と今日で、急に背が伸びるわけでもない。
朝はなかなか起きないし、何度言っても片づけないし、宿題を始めるまでにずいぶん時間がかかる。

「早くして」
「もう時間ないよ」
「それ、昨日も言ったよね」


そんな言葉ばかりが増えて、目の前のことで一日が終わる。
子どもが成長しているかどうかなんて、わざわざ立ち止まって確認する余裕もなくて。

むしろ家にいると、まだまだできないことの方がよく見える。

だから私は、娘の成長を家の外で知ることが多い。

ある日、知り合いのママさんと娘が話しているところを、少し離れた場所から見ていた。


娘は相手の顔をきちんと見て、私が普段聞いている声より少しよそ行きの、落ち着いた声で挨拶をしていた。
言葉づかいも丁寧だった。

いつの間に、こんなふうに話せるようになったんだろう。

家では、こちらが何か聞いても、
「うん」
「知らん」
「あとで」
くらいしか返ってこないこともあるのに。

私がいないところでは、自分で相手との距離を考えて、ちゃんと挨拶をしている。

教えた覚えはある。
小さい頃から、挨拶はしようねと言ってきた。
でも、教えたことが身についている瞬間を、目の前で見る機会はあまりない。
こちらが見ていない場所で、私の知らない娘が少しずつ育っている。

そのことが、うれしいような、少し寂しいような、不思議な気持ちだった。



学校へ少し遅れて行った日にも、成長を感じたことがある。

校門の近くまで行くと、娘に気づいた友達が集まってきた。
何人かが自然に娘のそばに来て、声をかけてくれていた。
娘も、当たり前のようにその輪の中に入っていった。
私は少し離れた場所から、その様子を見ていた。


友達がいるんだ。
娘が来たことを喜んでくれる人がいるんだ。
その当たり前のような光景に、胸の奥がふっとゆるんだ。


学校でどんなふうに過ごしているのか、親には全部は見えない。

今日は楽しかったのか。
嫌なことはなかったのか。
誰と話したのか。
休み時間に何をしたのか。
聞いても、詳しく話してくれる日ばかりではない。
だから時々、勝手に心配になる。

ひとりでいないかな。
無理していないかな。
ちゃんと自分の居場所を見つけられているかな。

そんなことを考えてしまう。

けれど、娘を見つけて友達が集まってくれた、ほんの短い時間に、私が知らなかった学校での娘の姿が少しだけ見えた気がした。

娘は、私が思っているよりちゃんと自分の世界を作っている。
私の手が届かない場所でも、誰かと笑って、誰かに声をかけてもらいながら過ごしている。

それがとても、ありがたかった。
成長を感じるのは、外にいるときだけではない。

私の体調が少し悪かった日。

横になっていると、娘が率先して家のことをしてくれた。
頼んだわけではなかった。
食器を運んで、洗ってくれた。
慣れない手つきで、お皿をひとつずつ洗っていた。

水が周りに飛んでいても、洗い方が少し危なっかしくても、その日は何も言えなかった。

「大丈夫?」
そう聞いてくれたこと。

私がしんどそうにしているのを見て、自分にできることを考えてくれたこと。


その気持ちだけで、もう十分だった。


親というのは不思議なもので。
食器を洗ってくれただけで、泣きそうになる。


普段なら、
「水出しすぎ」
「そこ、まだ泡ついてるよ」
なんて言ってしまいそうなのに。

その日は、娘の小さな背中を見ながら、ずっとこの姿を覚えていたいと思った。


いつの間に、人のしんどさに気づけるようになったんだろう。
いつの間に、自分から動けるようになったんだろう。


私が育ててきたつもりだったけれど、子どもは親が見ていないところでも、いろいろなものを見て、聞いて、感じて、自分で育っていく。

少しずつ、私が手を出さなくてもできることが増えていく。
少しずつ、私の知らない人間関係が増えていく。
少しずつ、私より友達を優先することも増えていくのだと思う。

それでいい。
それが成長なんだと思う。
頭では、ちゃんとわかっている。

でも夜、一緒に眠っていると、娘は無意識に私の腕にぎゅっとしがみついてくる。

眠っているから、本人はきっと覚えていない。
寝返りを打ちながら、私の腕を探して、そのまま抱えるようにして眠る。
小さい頃から変わらない仕草。

けれど、しがみついてくる腕は、前よりもずっと長くなった。
体も重くなった。
頭も大きくなって、足も布団からはみ出すようになった。

抱きつかれるたびに、
「大きくなったなあ」
と思う。

同じ仕草なのに、もうあの頃の小さな娘ではない。
私の腕の中にすっぽり収まっていた子が、今は私と同じくらい布団を使っている。

それでも眠っているときだけは、まだ私の腕を探してくれる。

昼間は友達の輪の中にいて。
私の知らないところで丁寧に挨拶をして。
私がしんどいときには、食器まで洗ってくれる。


少しずつ、自分の世界へ歩いていく。


なのに夜になると、何も考えずに私の腕にしがみついて眠る。

大きくなったなあと思う。
まだ小さいなあとも思う。
その二つは、たぶん矛盾していない。

子どもの成長は、昨日までできなかったことができるようになることだけではないのだと思う。


親から離れていくことと、まだ甘えてくれること。
しっかりしてきた姿と、無防備な寝顔。


その両方が少しずつ重なりながら、子どもは大きくなっていく。
私はきっと、これからも些細なことでホロリとする。


丁寧に挨拶をしただけで。
友達が集まってきてくれただけで。
食器を洗ってくれただけで。
眠りながら腕にしがみついてきただけで。
娘にとっては、どれも特別なことではないのかもしれない。


でも私にとっては、その一つひとつが、昨日までの娘と今日の娘の間にある、小さな成長の印なのだと思う。

いつか、一緒に眠らなくなる日が来る。
私の腕を探さなくなる夜も、たぶん来る。
その日がいつなのかは、まだわからない。
わからないままでいい。

今夜もまた、少し大きくなった腕でぎゅっとしがみつかれながら、
重たいなあと思いながら、
もう少しだけ、このままでいてくれたらいいのにな、とも思っている。

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