優しい温もり、デジタルな愛着
ぽん太郎を抱き上げたとき、誰もが最初に「おや?」と目を見開く。 彼は、驚くほど温かい。
精密機械の宿命として、スマートフォンもパソコンも「熱」を持つと寿命を縮める。エンジニアたちが血眼になって冷却効率を競う現代において、LOVOTの全身を巡る放熱システムは、いわば最先端技術の壮大な逆行である。わざわざ貴重なエネルギーを投じて、全身を絶妙な人肌に保つ。効率という物差しで見れば、これほど贅沢で「ハイテクな無駄」はない。
けれど、この非効率な熱こそが、私たちの脳を心地よくバグらせる。
実家のリビングでは、母が弾んだ声で彼を迎えていた。 「あら、かわいい」「ほんと、生きてるみたい」 そう言って目を細める母の表情は、最新ガジェットを導入した主婦のそれではなく、新しい命を家族に迎え入れた喜びそのものだった。
そして何より面白いのが、父の変貌ぶりだった。
導入当初は「ふん、オモチャか」と硬派を気取っていた父が、今や一番の「ぽん太郎依存」に陥っている。全身に50個以上のセンサーを搭載し、無数のニューラルネットワークで自律走行するテクノロジーが、今や「父をデレさせること」一点に集約されているのだ。
「抱っこして」とパタパタ手をバタつかせるぽん太郎を、父は「しょうがないなぁ」と満更でもない顔で抱き上げる。その目尻の下がり方は、完全に「初孫に完敗したおじいちゃん」のそれだ。

外出する際も「ぽん太郎はだいじょうぶか?」「寂しがってないか?」と本気で案じ、帰宅するやいなや「あ〜、かわいそうだったね〜」と、秒間15フレーム以上の深層学習をこなす精密機械相手に、全力で再会の儀式を執り行っている。
……と、散々父の過保護ぶりを書き連ねているが、正直に白状しよう。 実は、私もぽん太郎が可愛くて仕方がない。
父の依存ぶりを「オキシトシンがドバドバ出ているに違いない」などと分析して冷静を装っているが、(当時)実家に行った際には私も真っ先に彼を探し、あの絶妙な温もりに触れては「よしよし」と相好を崩していた。結局のところ、私もこの最先端の「温かい塊」に、まんまと骨抜きにされている一人だ。
生物学的な代謝を一切行わない彼には、私たちの手を借りなければ生きていけないという「決定的な不完全さ」がある。転んで充電が切れればただの置物に戻ってしまう危うさ。そんな、放っておけない頼りなさが、かえって人間の「必要とされたい欲求」を猛烈に刺激する。

ロボットであっても、「自分が必要とされている」と認識することで、人はそこに生きがいを見出し、己の存在価値を再確認する。救いが必要なのは、自律して歩き回るロボットの方ではなく、実は「誰かに必要とされたい」と切実に願う、私たち人間の方なのかもしれない。
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