なぜ、仕事を任せるだけでは人は育たないのか──人材育成のシステムデザイン (1)
企業の経営者や人事責任者から、「人が育たない」という相談を受けることがあります。研修や育成制度を整えても、次のリーダーが育たない。社員のできる仕事が増えず、重要な役割が一部の人に集中したままになる。こうした状況を見ると、育成施策をさらに増やしたくなります。
しかし、施策を実施することと、人が育つことは同じではありません。人が育つとは、身につけたスキルを実務で発揮し、これまで担えなかった仕事を担えるようになることです。その積み重ねによって、組織としてできることも増えていきます。では、人や組織のケイパビリティは、どのような条件で広がるのでしょうか。
本稿では、人材育成を偶然や一部のマネージャーの力量に委ねるのではなく、再現可能なメカニズムとして捉え、考察を深めようと思います。
人を育てる主戦場は実務である
人が大きく育つのは、多くの場合、実際の仕事を通じてです。これまでより難しい役割を任される。自分で判断しなければならない局面に立つ。正解のない課題に向き合う。今までのやり方が通用せず、新しい方法を見つけなければならなくなる。
こうした仕事には、多くの成長機会があります。足りない知識を学び、周囲の力を借り、自分なりに判断する。うまくいかなければ、方法を変えてもう一度試す。その過程で、新たなスキルを身につけ、できる仕事の範囲を広げていきます。
実際、この考え方は特別なものではありません。労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査でも、多くの企業が人材育成においてOJTを重視しています。一方で、能力開発や人材育成に何らかの課題があると回答した企業は約8割に上ります。つまり、「人は仕事を通じて育つ」という考え方は広く共有されているにもかかわらず、多くの企業が「人が育たない」という課題を抱えているのです。
研修やワークショップにも意味はあります。知識や思考の型を学び、自分の現在地に気づく機会になるからです。ただし、学んだことを実務で使い、成果につなげられるようになって初めて、その学びは本人の能力になります。
知っていることと、できることは違います。人を育てる主戦場は、あくまで実務です。
難しい仕事を与えるだけでは人は育たない
もっとも、難しい仕事を任せれば、人が自然に育つわけではありません。本人の能力を大きく超える仕事を渡し、あとは任せたと放置すれば、それは育成ではなく無理難題です。仕事を成長機会に変えるには、三つの条件が必要です。
一つ目は、適切なストレッチです。今の能力だけでは簡単に解けない。しかし、試行錯誤し、周囲の力も借りれば届く。その程度の難易度でなければ、新たな能力を獲得する必要は生まれません。反対に、本人の現在地から遠すぎる仕事は、成長よりも疲弊を生みます。
二つ目は、明確な期待です。なぜこの仕事を任せるのか。何を実現してほしいのか。どのような役割を担えるようになってほしいのか。期待が曖昧なままでは、本人は何を目指して試行錯誤すればよいのか分かりません。
三つ目は、適切な支援です。答えをすべて教えれば、本人が考える機会を奪います。一方で、何の支援もなければ、挑戦は続きません。必要なときに相談できる。適切なフィードバックが得られる。失敗したときに、次の打ち手を考えられる。
適切なストレッチ、明確な期待、適切な支援。この三つがそろって、難しい仕事は成長機会になります。
本人の「渇き」が成長を分ける
ただし、環境を整えれば誰もが同じように育つわけではありません。同じ機会を与えられてもそこから多くをつかみ取る人と、そうでない人がいます。
言われたことはするが、それ以上には踏み込まない。自ら問いを立てない。周囲を巻き込まない。うまくいかなかった理由を掘り下げない。
その違いを生むものの一つが、本人の「渇き」です。ここでいう渇きとは、漠然とした課題意識や向上心ではありません。もっとできるようになりたい。目の前の役割を何としても実現したい。そのために、自分の不足を直視し、新しいことを学び、必要なら周囲の力も借りる。実現や成長に向けた、切実な欲求です。
会社や上司が、本人に代わって成長することはできません。どれほど良い環境があっても、本人に経験から何かをつかみ取ろうとする渇きがなければ、得られるものは限られます。
一方で、渇きの強さを本人だけの問題にすることも適切ではありません。期待をかけられる。今の自分では届かない仕事に抜擢される。挫折や危機感に直面する。視野を広げる他者と出会う。こうした経験が、新たな渇きを生むことがあります。
組織が本人の渇きを直接つくることはできません。しかし、渇きが生まれ、強くなる確率を高める環境を提供することはできます。人が育つかどうかは、組織が用意する環境と、本人の渇きとの相互作用によって決まります。
経験を次の仕事で使える力に変える
仕事を経験しただけで、能力が身につくわけでもありません。次々と業務に追われ、立ち止まって考える余白がなければ、経験は出来事として通過していきます。
何ができたのか。何ができなかったのか。なぜ、その結果になったのか。次は何を変えるのか。経験を振り返り、自分の言葉で捉え直すことで、個別の出来事から、別の仕事にも使える学びを取り出せるようになります。
言語化とは、経験を分かりやすく説明することではありません。個別の経験から本質を抽出し、再利用可能な知見へ変えることです。本人だけで深く考えられる場合もありますが、多くの場合、他者との対話によって内省は深まります。
自分では気づかなかった前提を問われる。別の見方を示される。行動と結果のつながりを、異なる角度から指摘される。重要なのは、特定の面談形式ではありません。経験を問い直し、次の行動へつなげる他者との関係があることです。
経験を振り返り、言語化し、次の仕事で試す。この接続によって、経験はケイパビリティへ変わります。
ケイパビリティの拡張を見る
人材育成には、研修、配置、抜擢、対話、フィードバックなど、さまざまな方法があります。ただし、どの施策を導入したかだけでは、人が育ったかどうかは判断できません。
研修を何回実施したか。受講率はどれくらいか。育成面談を行ったか。マネージャー向けプログラムを導入したか。これらは活動量を示す指標であって、育成の成果そのものではありません。
人が育つとは、身につけたスキルを実務で発揮し、これまで担えなかった仕事を担えるようになることです。個人のできる仕事が増えれば、より難しい役割を任せられるようになります。特定の人に依存していた仕事を、別の人も担えるようになります。新たなマネージャーや事業責任者が育てば、組織が取り得る選択肢も増えます。
個人のケイパビリティの拡張が、組織のケイパビリティの拡張につながる。人材育成の成果は、施策の実施ではなく、ここで捉える必要があります。だからこそ、研修や対話、配置や抜擢を個別に評価するのではなく、それらが人や組織のケイパビリティを広げる一連の仕組みとして機能しているかを見る必要があります。
たとえば、研修で新しい知識を得ても、それを実務で試す機会がなければ能力にはなりません。難しい仕事を任せても、期待や支援がなければ疲弊につながります。振り返りを行っても、次の実践機会がなければ行動は変わりません。
どの施策が優れているかではなく、各施策が人の成長につながるよう接続されているか。そこに、育成の成否を分けるポイントがあります。
人材育成を偶然から再現へ変える
人の成長には、当然個人差があります。同じ仕事を任せ、同じ支援をしても、誰もが同じように育つわけではありません。本人の渇きも、経験も、得意不得意も異なります。
したがって、再現可能な育成メカニズムとは、誰もが同じ期間で、同じ能力を獲得できる仕組みではありません。人が育つ確率を、組織として意図的に高めることです。本人の現在地を見極め、適切にストレッチした仕事を任せる。期待を明確に伝える。試行錯誤する余地を残しながら、必要な支援を行う。経験を振り返り、次の仕事で試す機会をつくる。本人の渇きが生まれ、強くなる環境を整える。
こうした働きかけが、一部の優れたマネージャーだけではなく、組織の中で継続的に行われているか。良い上司の下に配属された人だけが育つ。偶然、大きな仕事を任された人だけが成長する。良いメンターと出会った人だけが、自分の可能性を広げる。人の成長をこうした偶然だけに依存させている限り、組織として高い育成力を持つとは難しいでしょう。
人が育つとは、何が変わることなのか。その変化は、どのような条件で起きるのか。その条件を、組織の中で継続的につくれているか。人材育成を、個別施策の集合ではなく、人や組織のケイパビリティを拡張する一つのメカニズムとして捉える。人が育つ確率を、偶然や個人技に委ねず、組織として意図的に高めていく。本シリーズでは、そのために必要な条件と実践について考えていきます。
参考文献
労働政策研究・研修機構(JILPT)『調査シリーズ No.257 人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査(企業調査)』(2025)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。次稿では、人が育つ経験を、日々の仕事の中でどのように設計すればよいのかを考えます。育成を「教えること」ではなく、「経験を設計すること」として捉え直し、マネージャーに求められる実践について掘り下げます。
成長企業の戦略人事を経営視点で考えるコラム「経営と人事のあいだ」を、今後も継続して発信していきます。
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