男はつらいよ
先日「男はつらいよ」の第1作目をアマプラで初めて観た。
みなさんもご存知の通りこの作品は日本中から愛され、続編が50作まで作られている。
戦後日本を代表する映画であることには誰も異論は無いだろう。
しかし僕の正直な感想としては、今の日本人とこの映画の中に描かれる人々の乖離を思った。
登場する人々の怒り方、笑い方、仲直りする理由、納得する理由、そのすべてが変に思えた。
こんな人間 現代にいるか?(私だけが理解できないのだろうか?)
多分 時代が変わって、世代が交代し(今はZ世代だったっけ)もう人間の感性や常識が完全に覆っているのだろう。
言語も文化も変化するものだ。今の我らが平安京の時代と同じ言葉や文化の中にいるわけではないのと同様だが、しかしこのわずか五十年ほどの間に日本はさらに激烈な変化を遂げたのだろう。
例えば 僕らの小学校時代を思い返してみると、僕らが三、四年生の頃は六年生の教室前廊下なぞ、大袈裟ではなく見ることもはばかられた。上級生が本当に怖かったのだ。
そんな恐ろしい六年生の授業中に、これまた恐ろしい先生が生徒を廊下に数人連れ出して、柔道の技で床(当時は木製でした)に叩きつけて教育的指導をしていたのを鮮明に覚えている。
教育は暴力とイコールでしたね。良いも悪いもなく、それが常識だった。
僕らの担任は、問題があると殴る代わりに顔面に唾を吐きつけてから平手でビンタした。あっ殴ってますね(笑)下校の前には全員で軍歌を歌わせられた。私は今でも「ラバウル小唄」と「加藤隼戦闘隊」はカラオケ無しで2番まで絶叫できる自信がある。おかげで大学のコンパでは持ち芸として有効活用させてもらいましたけど、、、、軍国主義かよ、あの先生。
若い人は冗談に思うかもしれないが、僕らの頃は生徒指導の先生は竹刀や木刀を持って校内を巡回しているのが普通だった。東京で都立高校に通っていた妻にも聞いたが、やはり同じだった。
そういう時代だったのだ。しかし、僕らが小学六年生になった時、下級生は僕らの教室の前の廊下で鬼ごっこをして遊んでいた。「マジか」と驚いたが暴力で止めるような気にもならず、そのまま放置した。
時代が進み、大学に入りサークルに加わった。サークルのコンパでは先輩の酒は絶対に拒否できなかったし、するものもいなかった。酒の一滴は血の一滴というのが酒の席でのテーゼ。しかし、僕が5回生になった頃には、そんな決まりはもうなかった。もちろんそれで良い。酒に弱い人もいるし、強制なぞ言語道断。コンパはケーキ屋でのお茶会になっていた。
しかしなんだったんだろうあの時代。神奈川あたりでは学校の廊下をバイクで走っていたらしいじゃないか。ほんとかなとも思うが、あり得るよね、あの時代なら。
でもそんな僕が寅さんとはもう完全に乖離しているわけだ。
そして今の若い世代とはたぶんセンスがズレている。
今週の日曜日に帯広で20代から40代くらいの若い人たちと一緒に能登支援イベントをするのだが、せいぜい寅次郎にならないように気をつけようと思う。いや無理かも、、、、
