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「群馬で惚れて、広島に帰る」——御城印ひとり起業、最初の3ヶ月の苦戦記

僕が御城印の事業を始めたのは、今年の4月1日。広島で生まれ育った人間が、わざわざ群馬で惚れて、広島に帰ってきて始めました。

順番が逆に聞こえますよね。少し説明させてください。

僕は広島出身ですが、縁あって群馬で約1年働いていました。そこで「群馬御城サミット」という御城印のイベントに出会って、完全に心を持っていかれたんです。御城印を入口に、その土地の城跡や歴史に、地元の人も観光客も吸い寄せられていく。「地域が、歴史で結びつく」。あの感動が忘れられなくて、僕は故郷・広島にUターンして、「広島歴史回廊」を立ち上げました。広島・安芸の城跡や古墳の御城印・古墳印を、史実に根ざした物語とともに届けるECです。御城印は1枚 ¥600(税込)。

……と、ここまでは綺麗な起業ストーリーなんですが。現実の最初の3ヶ月は、わりとボロボロでした。今日はその苦戦を、正直に開示します。

壁その1:そもそも「商品を形にする」のが大変だった

御城印って、ただ紙に城名を刷ればいいわけじゃないんです。僕がこだわったのは台紙。広島平和記念公園に捧げられた折り鶴を再生した「折り鶴再生紙」を使っています。広島の人間が広島の歴史を届けるなら、紙にも意味を持たせたかった。書は書家の美苑さん、咲き編みはchikoさんと、作家さんと組ませてもらっています。そして一枚ごとに、史実に基づいた物語を載せる。この「物語づくり」が一番時間を食いました。逸話や伝承は大好物なので盛り込みたいんですが、「〜と伝わる」と史実をきちんと切り分けないと、ただのおとぎ話になってしまう。ここは今も格闘中です。

壁その2:そもそも「営業する時間」が取れなかった(販路の壁)

正直に言うと、販路開拓はほとんど進められませんでした。理由はシンプルで、時間がなかったんです。僕は平日、地域づくりの仕事(DMO)もしています。インバウンドの戦略や営業を回す本業があって、御城印の営業はどうしても“その後”になる。道の駅やお土産店に置いてもらう交渉は、一軒ずつ向き合えば効くはずなのに、その一軒に割く時間が、捻り出せない。商品はある、売る先の当てもある、でも動かす手が一本足りない。これが3ヶ月目までの正直な現実でした。

壁その3:ぜんぶ、ひとり

デザインも、仕入れも、営業も、発送も、SNSも、ぜんぶ僕ひとりです。人手ゼロ・予算ゼロ。毛利元就は「三本の矢」で結束を説いたと伝わりますが、こちらは矢が一本しかない。折れたら終わり。日中に営業して、夜に物語を書いて、気づいたら朝、みたいな日が続きました。

それでも、最近ようやく小さな光が見えてきました。地元の商工会を通じて、初めて「実店舗に置けるかもしれない」という話が動き始めたんです。まだ確定ではありません。でも、門前で待ち続けた3ヶ月のあとに来たこの一報は、素直に嬉しかった。

ここまでで、これから始める人に渡せる学びを2つだけ。

  1. ひとり事業+本業の二足のわらじだと、最初に削られるのは「営業の時間」。商品より先に、時間の使い方を設計しないと回らない。

  2. ひとり事業は、矢が一本。折れない仕組みを早めに作るしかない。——僕はこのあと、その“仕組み”をAIで作り始めます(次回に続きます)。

最後に。御城印は、僕にとってゴールじゃなくて入口です。広島の人が、足元の城跡の存在に気づいて、誇りを持つ。その入口を届けています。よかったら覗いてみてください → hiroshima-history-trail.com

(こういう「ひとり地域事業の立ち上げ」を、自分の地域でもやってみたい方は、いつか一緒にやれたら嬉しいです。)

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