見出し画像

失われた瞬間のイヤリング

真っ暗の中、女性が立っている。
その女性はこちらを見ながら笑顔で手を振っている。
そしてその姿はどんどん小さくなっていく。
「麗子!
 麗子ぉ!
 麗子ーーーっ!」


バサッ!!
「はぁ、はぁ、はぁ」
私は勢いよく掛け布団をめくり目が覚めた。
「なんだったんだ今のは」
夢を見ていた気がするが、普通の夢とは違う感覚だった。
何が何だか分からないままベッドから起き上がりキッチンに行き、コーヒーを淹れる。
私は55歳の男性。
20年前に妻を病気で亡くし、2人の娘と暮らしている。
先ほど夢で現れた女性は紛れもなく妻である。
コーヒーをひと口飲み、その事のことを思い出していた。

「お父さん、おはよう」
上の娘が起きてきた。
「おはよう、コーヒー飲むかい?」
娘に尋ねると
「うん、飲む!」
娘は声高らかに返事をする。
上の娘の名前は凛。
凛は熱いコーヒーを啜ると
「あぁ、美味しい」
と、頬に手を当てとても美味しそうに飲む。
下の娘も起きてきた。
下の娘の名前は蘭。
姉の凛はおしとやかな雰囲気に比べて妹の蘭は活発である。
「私もコーヒーもちょーだい!
角砂糖3個ね」
蘭は甘党である。
甘いコーヒーを飲んだ蘭は
「エクセレント!」
と元気よく言葉を発し、コーヒーを飲む。

「今日は2人の誕生日だったな」
娘に向かって私は言った。
8月25日。
偶然にも2人の娘の誕生日は同じ日である。
姉の凛は27歳、妹の蘭は23歳を迎えた。
「誕生日プレゼントは何をくれるのかなぁ?」
蘭は強請(ねだ)るような口調でニコニコしながら私に言ってきた。
「もう子供じゃないんだからそんなこと言わないの!」
凛が呆れたように蘭にそう言った。
「いいじゃない誕生日くらい甘えたって」
蘭は少しほっぺたを膨らませながら凛に言う。
「ははは、お父さん今日休みだから何か買っておくよ」
私は2人にそう言うと
「やったー!仕事から帰ってくるのが楽しみだなー」
蘭ははしゃいでいる。
「ありがとう、私も楽しみにしてるね」
凛も喜びを隠しきれてない表情で私を見て言った。

コーヒーを飲んだあとは、仏陀に行き、妻の位牌を拝む。
これが私の朝の日常である。
20年前に妻を亡くして以来、欠かしたことは1度もない。
今でもあの日のことを思い出すと悲しい気持ちが溢れてくる。
私にとって妻は、かけがえのない存在であり、私の全てだった。
妻を亡くす前から、自他共に認めるほど妻を深く愛していて、今でもその気持ちは変わらない。
これからも変わることはないだろう。

「行ってきまーす」
娘2人は仕事へと出掛けた。
私は特に予定もないので誕生日プレゼント買うのも兼ねて散歩がてら街にフラッと出掛けることに決めた。
身支度をし、妻の写真に向かい
「行ってきます」
そう言って玄関に向かい、ドアを開けた。
盆過ぎたとは言え、目眩のするような暑さだ。

散歩している可愛い犬、道端に咲いている花、心地良い風、そういう何気ないことに1つ1つ喜びを噛み締め歩いていく。

前方に小さい少女が走ってるのが目に入る。
5歳くらいだろうか。
とても可愛らしい。
すると、その少女が転んだ!
私は思わず走り出し、その少女に近寄った!
「大丈夫?」
少女は大きな声を出して泣いている。
膝を擦りむき、少し出血してるようだ。
親は一緒じゃないんだろうか。
まだ幼いので1人でいるのは不自然だ。
親を探すより早く処置をしなくては!と思ったので、水分補給用に持ってきていた水筒の水で傷口を洗い流す。
少女は相変わらず泣いている。
周りを見渡すと、ドラッグストアが目に入った。
「ちょっと待ってて」
そう言い、私はそそくさとドラッグストアに駆け込んだ。
店内を見渡し、一目散に消毒液、コットン、絆創膏を手に取りレジに向かい会計を済ませる。
急いで店を出て、怪我した少女のとこへ向かった。

少女は相変わらず泣いている。
「お待たせ!もう大丈夫だよ」
少女を安心させたいので私はそう言った。
「ちょっと滲みるけど我慢してねー」
消毒液を含ませたコットンで傷口を優しく叩く。
「うわぁーーん!」
少女は泣き声が大きくなる。
大きめの絆創膏を傷口に貼った。
「よぉし、もう大丈夫だよ、よく頑張ったね!」
少女は泣き止んだ。
すると母親が駆け寄ってきた。
「大丈夫?あっ、すみません!」
と母親は子供に声かけたあとに、すぐさまこちらに言った。

「転んで怪我してたので処置させていただきました。勝手なことして不快な思いをさせてしまったらすみません」
私は母親にそう言うと
「とんでもないです!本当にありがとうございます」
と母親は返す。
「おじちゃん、ありがとね。
優しいおじちゃんにいいことありますように」
少女からそんな嬉しい言葉を聞けた。
私はその子に手を振り、親子を見送った。

自宅からしばらく歩いてきたし、水分補給用にと持参していた水も使ってしまった為、喫茶店でひと息つきたいと思い歩きながら探す。
少し歩くと喫茶店を見つけた。
喉はもうカラカラだ。
自然と急足で喫茶店に向かった。

カランカラン。
入り口のドアを開けると音が鳴るタイプのようだ。
この手は近年はだいぶ減ってきたよな。
なんだか懐かしくホッとする気持ちになり席に着く。
メニューを見るが、飲みたいものは既に決まっていた。
「アイスコーヒー1つ」
そう店員に言い、おしぼりで手を拭く。
思わず汗ばんだ顔も拭こうとしたが、自分のハンカチで顔を拭く。
おしぼりで顔を拭いたら完全におじさん扱いされてしまう。
いや既に充分おじさんか。
そんなどうでもいいことを考えてたらアイスコーヒーが届いた。
私は一気に飲み干す。
生き返るほど爽快だ。
ふと時計を見ると13時を回っていた。自宅を出たのが10時過ぎくらいだったから、かれこれ3時間近く何も飲んでなかった。
空になったグラスをテーブルに置き、飲み足りなかったのでもう一杯頼もうかと顔を挙げると、斜め前の席にある1人の女性が座っているのが目に入った。

私は驚いた!!
その女性は20年前に病気で亡くした妻にそっくりだ!
亡くなった時に比べて少し歳を重ねているように見受けられる。
もしかして生きていたのか?
いやそんなことはあり得ない。
じゃ甦ったのか?
それこそあり得ない。
私は混乱し、無意識のうちにその女性のほうへゆっくりと歩き出していた。

「麗子?」
恐る恐るその女性に尋ねてみた。
麗子とは亡き妻の名前である。
「はい」
優しく微笑みながらそう返事をする女性。
「い、生きていたのか?」
そう聞くと、ただ微笑み返すだけであった。
何が何だか分からない。
だが麗子は目の前にいる。
私はゆっくりと麗子の向かい側に座った。
「俺のこと、分かるのか?」
「もちろん。だいぶ老けたねぇ」
麗子は微笑みながらそう言った。
「麗子と会うのは20年ぶりだからね、そりゃぁ老けるよ。
それよりなんでここにいるの?」
私がそう尋ねると
「あっ、そうそう、私達の娘は元気にしてる?」
麗子は話を逸らすかの如く、そう聞き返す。
「あぁ2人とも元気にしてるよ。今日で凛が27歳で蘭が23歳。まだ結婚はしてなくて、一緒に暮らしているよ」
私はスマホを取り出し、2人の娘の写真を麗子に見せた。
「わぁ!大人になってるー!私が最後に見たのは7歳と3歳の頃だったもんねぇ!」
麗子は凄く喜んでるようだ。
私は、娘達の近況や麗子がいなくなった時からの出来事をたくさん話した。

「あっ、そうだ!娘達に電話してみよう!」
私は娘達にも麗子の声を聴かせたくてまずは凛に電話をした。
だが凛は出なかった。
続いて蘭にも電話をしたが出なかった。
「2人とも仕事中だろうから出られないのかもね」
そう言うと私は口の中が乾燥してることに気付いた。
麗子と会ったことに対しての驚きと嬉しさで一滴も水を飲んでなかった。
「あっ、ごめん、話すのに夢中で。何か頼もうか」
と私は言い、メニュー表を一緒に見る。
私はアイスコーヒー、麗子はホットコーヒーとケーキを注文した。

麗子はケーキをひと口食べると
「美味しい」
と頬に手を当てて微笑む。
そしてホットコーヒーに角砂糖を3個入れる。
「あれっ、コーヒーはブラックが好きなんじゃなかったっけ?」
とっさにそう尋ねた。
麗子は生前、コーヒーはブラックをよく飲んでいたからだ。
「今日はなぜか甘いのが飲みたい気分なの」
麗子はそう言ってコーヒーを啜ると
「エクセレント!」
と声高らかに発した。
私は少し驚いた。
麗子は大人しい性格なので、そんなこと言うのは珍しい。
だが元気な麗子を見れるのは嬉しい。

「あっ、これから時間ある?」
と麗子に言うと、
「あるわよ、どこか連れてってくれるのかしら?」
と麗子は期待の眼差しで私を見つめる。
もっと麗子と一緒に居たいという気持ちだけでいっぱいで、どこに行こうとか考えてなかった。
「とりあえず出ようか」
私はそう言って麗子と一緒に店を出た。

少し歩いたあと、
「美術館行こうか」
麗子は絵画や芸術品が好きだったのでそう提案した。
「あらっ、あなたにしてはいい提案だね」
麗子は少し驚いたような表情だ。
「そうかな?」
言われてみれば、麗子とは結婚する前から出かける場所などはよく麗子が決めていた。
私は出不精なほうだから、どういうとこに出かけたらいいのかとかよく分からないのである。
「どこに行くかとかいつも私が決めてたもんねー」
若干皮肉まじりの言い方で麗子がニヤニヤしながら言うが、互いに信頼してるからこその言葉だと感じた。
「リードしなきゃってずっと思ってたんだけど、うまくできなくてごめん」
申し訳なさそうに麗子にそう言うと
「美術館を提案してくれたことで全部チャラにしてあげる」
笑いながら麗子は言った。

美術館に着き、館内をゆっくり見て回る。
私は美術や絵画に関しては無知だが、麗子は真剣な表情で見ている。
そんな麗子を見て私は喜びを感じた。
当時はこんな日常がずっと続くと思っていた。

ひと通り見て回って美術館を後にする。
外に出ると日が暮れかかっていた。「あー、楽しかった!」
麗子はとても満足そうだ。
夕焼け越しに麗子の髪が風がなびく。
とても美しい。
その姿を見て、麗子にある物をプレゼントしたいと思った。
「ちょっと行きたいとこがあるから行こう」
私は真剣な眼差しでそう言って、麗子の返事を待たずに歩き出した。

向かった先はジュエリーショップ。
「ちょっとここで待ってて、すぐ戻ってくるから」
私は麗子にそう告げて店内に入る。
どういったものを買うか目星はつけていたので、特に迷わず購入し店を出る。
麗子の前で購入したものを手に取り、
「さっき風でなびく麗子を見て、ぜひこれをプレゼントしたいと思ったんだ」
そう言いながら開封した。
「わぁ!素敵なイヤリング!」
麗子は目を大きくして喜ぶ。
「付けてもいいかな?」
私がそう言うと
「もちろん!お願いします」
と麗子は言い、髪をかき上げた。
そして麗子の両耳にイヤリングを付けた。
「素敵だ、とても似合ってるよ」
自然と口からその言葉が出た。
「ほんとぉ?どれどれ〜」
麗子はバッグから手鏡を出して覗いた。
「あら、いいじゃない♪」
麗子は正面、左右と顔を振り色んな角度から嬉しそうに鏡を見ている。
「ありがとう。とても気に入ったよ、大事にするね」
と麗子は言った。

夕日もほとんど沈み、夜に差し掛かっていた。
『グゥゥ』
私はお腹が鳴った。
気付けば昼はコーヒーしか飲んでいない。
「ご飯、食べに行こうか」
私がそう言うと、
「ご飯、食べに行こうか」
と麗子は真似をした。
時折り見せるお茶目なところも大好きである。
「はやくぅ!お腹空いてるんでしょう?」
と麗子は嬉しそうに駆け出した。

麗子が地面につまづいた。
とその時!!
猛スピードでバイクが迫ってきた!!
麗子は避けきれず跳ねられた!!
私は急いで麗子のもとへ駆け寄った!!
「麗子!麗子!!」
大きな声で何度も呼びかけるが返事はない。
麗子は体の色んな場所から出血していた。
私は急いで119に電話し、救急車を呼んだ。
「誰か医者か看護師の人はいませんか!?」
周りに呼びかけるが返答はない。
何度も何度も麗子に声をかける。
数分後、救急車が到着し、麗子に付き添う為に救急車に乗り込んだ。
車内でも必死に呼びかけるが相変わらず返事はない。
意識もないようだ。

病院に着き、麗子は手術室に入っていった。
とにかく助かってほしい。
私はそればかりを祈った。
すると手術が終わりドアが開いた。
「先生!麗子は!?」
私は医者に飛びついた。
「一命は取り留めましたが、意識はまだ戻っていません」
医者はそう言った。
とにかく命だけは助かったことに少し安堵した。
麗子は病室に移動し、私もあとを追った。
身体中が包帯で巻かれてる麗子を見るのが辛い。
「麗子、大丈夫かい?
 痛みはどうだい?」
麗子に話しかける。
「代わってあげられるのなら代わってあげたいよ」
返事はないが私は話しかけ続けた。
麗子の手を握り、目覚めてくれることだけを祈る。
どれくらいの時間が経っただろうか。
それすら分からない。

「はっ!」
私は目が覚めた。
どうやら寝てしまってたようだ。
だがそこは病院ではなく自宅の自室である。
スマホの画面を見ると、8月25日19時が表示されている。
何が何だか分からず混乱したまま、ゆっくりと立ち上がり居間に向かった。
すると、娘2人も居間に現れた。
「お父さん」
2人が口を揃えて言う。
娘達もどこかおぼつかない雰囲気だ。「凛、蘭、お父さん、お母さんに会ったんだ」
私がそう言うと、
「えっ?」
「どういうこと?」
と聞き返す2人。
「昨日、喫茶店で麗子に会った。
だけど事故で意識不明になって、付き添っていたんだけど、寝てしまったらしく、起きたらここにいたんだよ」
と、事の経緯を話すと、
「私も気付いたらここに」
と凛が言うと
「私も」
と蘭も言った。
「そう言えば昼に蘭とぶつかってから記憶がないんだよね」
と凛が言うと
「私もお姉ちゃんとぶつかってから記憶がないよ」
と蘭も言う。
どうやら凛は仕事で外回りをしていて、蘭は昼休憩中に外で食事をした帰りにぶつかったらしい。
娘達にも不思議なことが起こったんだなと思い、2人を見てみると、凛の右耳に、蘭の左耳に見覚えのあるイヤリングが。
「そっ、そのイヤリングはどうしたんだ!?」
私は思わず問いかけた。
「えっ、なにこれ?」
凛と蘭はイヤリングを付いていることに驚いた。
よく見るとそのイヤリングは、麗子にプレゼントしたものと全く同じものだった。
「イヤリングなんて付けた覚えないよ」
2人とも驚いている。
どういうことだ?
なぜ私がプレゼントしたイヤリングを娘達が付けている?
私は動揺した。
「そのイヤリングはお父さんが麗子にプレゼントしたものだよ」
と私が言うと、娘達は凄く驚いた。
「何がどうなってるかさっぱり分からないけど、でもなんだかお母さんを感じる。お母さんのことあまり覚えてなかったはずなのに、なんか知ってるような気がする」
と凛が言うと
「お母さんが亡くなった時、私は3歳だったから全然覚えてないはずなのに、なぜかお母さんのこと分かる」
と蘭も言った。
数秒沈黙した時間が流れ、私はこう言った。
「お母さん、お父さん達のこと、見守ってくれてるんだろうね」
何が起こったのかは分からないが、麗子の愛は間違いなく感じる。
「今日はなんだか疲れたから早めに休もう」
私は娘達にそう提案し、眠りについた。

翌朝、いつも通りに目が覚めた。
朝日を浴びようとカーテンを開けた。
「今日も天気がいいなぁ」
外を見ながらそんなことを思っていると、人影が目に入った。
窓を開けてその方向を見ると少女がこっちを見ている。
よく見ると、昨日怪我をした少女だ。
声をかけようとしたら、その少女は微笑みながら走り去っていった。

仏間に行き麗子の位牌を拝み、昨日起こった出来事を思い返し、ありがとうと心の中で伝えた。
すると娘達も来て、麗子の位牌を拝む。
「さて、仕事に行かなくちゃ」
と凛と蘭が立ち上がった。
その耳にはイヤリングが付けてあった。
「イヤリング、付けてるんだ」
と私が言うと、
「これ付けてるとお母さんが見守ってくれてる気がして」
と凛が頬に手を当てて穏やかな表情で言った。
「私はすっごいパワーを感じるんだよねー!エクセレント!」
と蘭は言った。
「昨日、プレゼント買ってくるって言って買えなかったから今日買ってくるよ」
と私が言うと
「いらなーい!このイヤリングが最高のプレゼントだよっ」
「じゃ行ってきまーす」
と娘達は仕事に出かけた。
娘達を見送り、私も仕事に行く準備を始める。
昨日の一件がなんだったのかは分からないが、愛する妻にはきっともう会うことはないだろう。
なんとなくそんな気がした。
だが妻の優しさや温もりは心の中で深く実感できる。
私に与えられた使命があるとするならば、心の中にいる妻と一緒に娘達を見守っていくことだろう。
娘達はプレゼントは要らないと言っていたが、何か買って帰ろう。
そう思いながら私は玄関のドアを開け仕事に向かった。

その様子は一家を祝福してくれるかのような太陽の輝きであった。

#創作大賞2024
#オールカテゴリ部門

いいなと思ったら応援しよう!