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研究メモ 政治家は国内の政治対立を回避するために戦争を始めることがある

国際政治学の研究領域では戦争の陽動理論(diversionary theory of war)と名付けられた理論があります。これは戦争の原因を説明するための理論であり、国内で政治対立を回避する必要が生じたとき、政権が不平不満を持つ人々の注意を誘導することを目的として戦争を始めるという理論です。

この理論の古典的業績として有名なものとしては、Levy(1988; 1989)を挙げることができます。当時、国際政治学では国内の要因を戦争の原因として取り入れた理論が十分に整備されていませんでしたが、Levyはそのことを問題視していました。当時の歴史学の研究者を中心に戦争の原因を国際システムの要因で説明する取り組みに無理があるという認識が広がりつつあり、国内政治の動向を戦争の説明に取り入れる必要があるとLevyも考えていました。この問題意識からLevyは政治家が国内で国民を結束させる目的で、あえて対外的な緊張を高める政策をとる可能性を真剣に考慮すべきと主張したのです。

Levy, J. S. (1988). Domestic politics and war. The Journal of Interdisciplinary History, 18(4), 653-673.
Levy, Jack S. (1989). The Diversionary Theory of War: A Critique. In Handbook of War Studies. Edited by Manus I. Midlarsky, 259–288. Boston: Unwin Hyman.

その後、Richardsら(1993)によって戦争の陽動理論から導き出された因果関係は、プリンシパル・エージェント理論を使ってモデル化できることが明らかにされています。この理論は依頼人(プリンシパル)が何らかの業務を代理人(エージェント)に委任したとき、依頼人の監視を免れながら、代理人が自らの利益を密かに追求し、結果として依頼人の利益に反する行動を合理的な選択の結果として説明する理論です。戦争の陽動理論にこの理論を当てはめる場合、国内の有権者が依頼人に、政治家は代理人となります。

ここでは議論を単純化してしまいますが、民主主義国では有権者が政治家を選挙で選ぶときに、自身の利益を最大化しようと、公務を遂行する上で少しでも有能な政治家に投票し、無能な政治家は落選させようとすると想定できます。しかし、それぞれの政治家がどれほどの能力を持っているのかは客観的に分かりません。その政治家が政権に就いた後で有権者は業績を知ることになります。その業績に関する情報を通じて有権者は政治家の能力に関する認識を絶え間なく更新し、次の選挙でも投票するかどうかを判断します。

ここで視点を政治家に移すと意外な考察が得られます。もし、先ほど述べた有権者の投票行動を踏まえるならば、政治家は再選を果たすために、少しでも優れた業績を出さなければならないはずです。しかし、もし国家を取り巻くさまざまな状況が悪化し続けたならば、有権者は状況が悪化しただけ、政治家に期待する業績を引き下げるのではないでしょうか。つまり、これだけ状況が悪いのだから、どのような政治家が権力を握っていたとしても、よい業績を出すことは難しいはずだと考えると推定されます。

このことから、政治家はあえて国家が置かれた状況を悪化させることに利点を感じる可能性があり、結果として他国との緊張を高めるような威圧的、攻撃的な対外政策を選択することが合理化される可能性があります。この議論はあくまでも理論的な分析として導き出されているものですが、民主主義国が陽動戦争を遂行する理論的可能性を示すものとしてその後の研究でも参照されています。

Richards, D., Morgan, T. C., Wilson, R. K., Schwebach, V. L., & Young, G. D. (1993). Good times, bad times, and the diversionary use of force: A tale of some not-so-free agents. Journal of Conflict Resolution, 37(3), 504-535. https://doi.org/10.1177/0022002793037003005

ちなみに、現代の国際政治におけるアメリカの対外政策のパターンを説明する上で陽動戦争のモデルが有効ではないかという議論があります。もちろん、この議論には批判も加えられており、現時点で報告されている証拠は決定的なものではありません。アメリカの大統領といえども、好きなタイミングで軍事的緊張を高めることができると想定することは現実的ではありません。ただ、陽動戦争の最も基本的なロジックは依然として有効であると考えられており、国内政治の不安定化が強硬な対外政策の選択に繋がる可能性は今後も検討されることになりそうです。この問題に関してはまた別の記事で詳しく取り上げたいと思います。

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