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論文紹介 なぜサウジアラビアやカタールはタリバンに資金を提供したのか?

米軍の攻撃を受けて2001年10月にアフガニスタンを離れたタリバンは、2021年8月にアフガニスタンの首都カブールへ戻ってきました。この20年の間にどこから資金を調達していたのか、専門家や研究者は調査を続けています。多くの研究者はパキスタンがタリバンの主要な援助者だったと考えていますが、タリバンの収入源がパキスタンの対外援助に限定されていたわけではなかったと考える研究者もいます。

タリバンへの資金の提供者として注目されているのが湾岸諸国であり、正確な数値は判明していませんが、サウジアラビアの対外援助は相当の金額であったのではないかと推測されています。カタールがタリバンに対外援助を行っていた可能性についても議論がなされています。これらの国々は2001年以前からタリバン政権と公式な外交関係を持っていました。

タリバンとサウジアラビアやカタールとの外交関係は2001年でいったん途切れましたが、これは米国が同時多発テロ事件を引き起こしたアルカイダと、それを支援したタリバン政権を敵視し、アフガニスタンに侵攻したためです。今回は、サウジアラビアとカタールがタリバンとの関係を再構築し、資金を提供するようになった経緯について調査を行ったキングス・カレッジ・ロンドンの招聘教授Antonio Giustozziが2018年に出版した論文を紹介してみたいと思います。

著者はサウジアラビアやカタールが2001年以降にタリバンを支援した経緯や意図を調査するため、数多くの関係者と面接調査を行いました。タリバンの幹部、イスラミック・ステートの構成員、サウジアラビアとカタールの関係者の証言に基づき著者は特にサウジアラビアのタリバンに対する援助について分析しています。

Antonio Giustozzi, The Arab Gulf connections of the Taliban, in Christophe Jaffrelot and Laurence Louer, eds. Pan-Islamic Connections: Transnational Networks Between South Asia and the Gulf, Oxford University Press, 2018.

サウジアラビアとパキスタンの関係

2001年10月、タリバンはアフガニスタンで米軍との戦いに敗れ、組織は壊滅的な打撃を受けました。その指導部を再建するまでには1年半ほどかかり、組織を全体として立て直すまでには、さらに1年を要しました。この時期のタリバンの財政は極めて深刻な状態に陥っており、活動の資金はほとんどなかったとされています。

著者が調べたところによれば、2003年から2004年にかけてパキスタンと繋がりが深かったタリバンの派閥には多少の資金がありましたが、それでもアフガニスタンを防衛する米英軍に軍事的に対抗できるほどの資金ではなかったようです。

ただ、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦、クウェートなどでタリバンに資金を提供する個人投資家が現れたことはタリバンにとって一定の助けになったようです。彼らが出資したことによってタリバンはアフガニスタンに拠点を置いていた複数の小規模な独立武装勢力と提携することに成功し、活動の足掛かりを獲得しました。ただし、その出資額もさほど大きなものではなかったと著者は指摘しています。

タリバンを悩ませていた資金の不足は、2005年になって急速に解消されました。著者が面接調査を行ったタリバンの幹部の証言によれば、これは2005年からサウジアラビアが、2006年からカタールがタリバンに対する資金の援助を秘密裡に開始したためです。いずれも米国と緊密な関係を結ぶ国です。

著者が関係者に接触し、なぜ2005年から2006年にタリバンに対する援助を始めたのか、その理由を尋ねたところ、パキスタン当局から要請があったことがきっかけだったと分かりました。

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私は2010年から政治・外交・軍事に関する論文紹介を行う活動を続けてきましたが、昨今の世界情勢の推移…

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