悪口や批判は自分に向けて
万華鏡マガジンのお題「悪口」の記事になります。
基本、悪口というのは聞いていて気持ちのいいものではありません。
そしてまた、悪口から何らかの建設的で前を向くような議論も出てこないです。
そうなると悪口って全然無意味な存在な気もしますが、まあ、嫌なことをされたり、やりたいことが全然うまくいかないなどの時はついつい口から出てきてしまいますね。
全然人生うまくいかない時はかつては「神を呪った」こともあったりして。
悪口はなるべく他人には聞かれないようにはします。
かつては延々と勤めている会社の悪口とか飲み会で人に聞かせたものです。
よくある「エンドレスで同じことばかり愚痴る」というやつですね。
これ、他人の「時間を奪う」だけで非常に無益な行為かな、と
今は思いますが、この当時は「無益」がわからずに
聞かされた相手も延々と私に愚痴をこぼしたものでした。
さきに「悪口から何らかの建設的で前を向くような議論も出てこない」と書きましたが、では「批判」ならば建設的になれるか、と言えば全然そうではない。
(というか、ネットでも実際の人間関係でもなかなか「建設的議論」自体にお目にかかれないものですね)
客観的な、きちんとした「批判」というのはとても難しい。
いわゆる「主観」が紛れ込む、なんてレベルじゃなくて
・自分の人生の不満を解消するためひたすら何か(誰か)を貶める
・自分を大きく見せたい、上に見せたいために(マウント取り) 他人を見下す
・ある存在に対して最初から「批判目的」でしか視点を持たない。
(「今の総理大臣は本当にだめだ、もう今の総理以外だったら誰でもいいから早く辞めてほしい」なんていう人は、たいがい総理大臣が変わっても
「だめだ、早く辞めろ」と言い続けます)
その批判は、本当に「相手を批判」しているのか。
勝手に相手を悪く決めつけ、自分の鬱憤晴らしに
相手を利用していないか。
普段、人生で不満を溜め込んでいると
ついついはけ口を求めてしまうものですね。
私もこれからも「二度と悪口は言わない、鬱憤晴らしの批判はしない」とは言えません。
でも意識はなるべく「自分に向く」ように。
自分の何か溜め込む原因を取り除くように。
いつも「前を向こう」的なことを書いていますが、
その実態は本当、毎日鬱々として、呪詛を撒き散らしています(笑
いやでも、少しでも前に進んでいるはず。
これからも書き続けます、前に向く話は。
