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【新聞小説というジャンル】(+ビートルズの事なども少し)

noteでも【毎日投稿】をされて居る方も結構
いらっしゃるのではないかと思います。

世の中には『新聞小説』なるモノがある様で、
新聞で連載と聴くと僕などは「サザエさん」や
「コボちゃん」みたいな漫画を思い浮かべる訳です
が、新聞漫画があれば新聞小説というのも
あるのですね。

新聞という特性上、基本的には【毎日連載】と
いう仕事になる訳です。

令和の若者はテレビ離れが加速していて、
そこに来て「新聞!」なんていう反応が返って
来るかも知れません。
TikTokやYouTube、インスタグラム等で最新の動向をチェックする世代にとって新聞はオールド
メディアの極地と感じても不思議はありません。

実は僕も新聞は買って居ませんし、殆ど読んで
居ません。
「殆ど」と書いたのは、僕は今、介護施設で
少しばかり働いて居るのですが、高齢者の方は
新聞を非常に読まれますから、そこいらに新聞は
用意されて居ますし、僕もついでといっては何ですがパラパラとめくる事くらいはするのです。
僕も活字は大好きなほうですから、そこに何か字が
存在すれば目を通します。

『天声人語』の為に朝日新聞を購読して居る、
という高齢者の方もちらほら居ます。

ここまで読まれて、
「ああそうですか。しかし、僕たち若い世代に
とっては今生、接点の無い事でござんす」と
思われたかも知れませんが

例えば、現在、社会現象的に人気を博している
映画『国宝』の原作は、元々は朝日新聞で
2017年1月1日〜2018年5月29日まで、約1年半かけて連載された後、加筆修正されて2018年9月に
上下巻で発売された書籍であります。

その他、最も有名な新聞小説作家と言えば
夏目漱石であり、彼の
「虞美人草」「三四郎」「それから」「門」
「彼岸過迄」「行人」「こゝろ」「明暗」等の
代表作品はすべて朝日新聞に連載後、
書籍化、単行本化されてこんにちまで読み継がれて
来て居るのです。

芥川龍之介も師の夏目漱石と同じ様に新聞社に
入社し、幾つかの作品はその新聞紙面で連載され
ましたが、芥川のファンなら予測のつく所で
彼には新聞連載というスタイルはまったく合わず、
「地獄変」等の傑作もありますが、「邪宗門」など
話を広げ過ぎて着地点を見い出せずに頓挫した
作品もありました。

新聞時代からの読者というのも、まあ
普通に居るとは思うのですが、夏目漱石等となると
当時の朝日新聞の紙面を手に入れるのは至難の技
でしょうから、詳細を知るのは困難です。
(デジタルでは課金すれば見れそうです。
課金した事が無いので分かりませんが)

ただ、現在の新聞連載中の新聞小説から考えますと
大抵1,000文字程度のモノが毎日連続で載っていく
というパターンなのかな、と思います。

一応、新聞ですから、いくら夏目漱石といっても
沢山の話題の中のたった一つでしかない訳で
勿論、『天声人語』の様にそれを主な目的にして
購読をする人のある様に、夏目漱石等の場合も
そういう方々は絶対に居た筈なのは容易に想像 
出来ますし、新聞社側も当然それを狙っての依頼
なのでしょう。

で、これは言っても仕方のない事だと思いながらも
こういう記事には付き物ですので常套句の様に
書いて置きますが、

新聞小説は毎日読む事で、「次はどうなるのだろう。明日が楽しみである」というワクワク感があるもので、まとめて一冊の本となって読むのとは全然違う
感情がそこにはあるという事。

これは連載漫画の事を思い浮かべてもらうと
想像に安いと思います。
新聞でなくて、少年誌等の話ですが。

後は、かなりの確率で書籍化されるにあたって
加筆修正が施される場合の多いという点。
新聞での毎日連載という枠で考えるのと、
それが一つになって何百ページという作品として
読まれるのとではかなり印象が違って来ます。

ですから、作者が書籍用に手直しするのも
あって当然くらいの事だと思いますが、
例えば、夏目漱石の「こゝろ」の様に
新聞連載の時点よりも大幅に改変されて書籍化
され、そちらのほうがトータルで観れば
有名と申しますか、公によく知られた所となって
いるという場合もあるのです。

ここからは余談ですが、僕の大好きなビートルズの話を展開します。

『マジカル・ミステリー・ツアー』というアルバム
は、1967年の発表当時は本家イギリスに置いて
アルバム扱いではなく、6曲入りの2枚組シングル
的な特殊形態で発表されました。

しかし、アメリカがその発売に際して、
この曲数だと少ないというので、1967年に発表
されたビートルズの他のシングルのA面・B面曲を
合わせて収録する事で通常の1枚のアルバム形態
として発売するという事がありました。

シングルをなるべくアルバムに収録しないという
信念でやっていたビートルズにとっては
意に沿わない出来事だった筈ですが、
1987年〜の全作品のCD化にあたって
この『アメリカ版』の内容が見事に1967年当時の
ビートルズの様子をパッケージング出来ていると
いう栄誉を得まして、特例として本家Ver.を
差し置いた形で、
本家の了解の元、CD化の内容として
採用されるという事態が起こりました。
この段階で『マジカル・ミステリー・ツアー』は
本家お墨付きでアルバムに格上げされたのです。

これについてはファンであれば殆ど周知の事実
かとは思われますが
そうでなければ『マジカル・ミステリー・ツアー』
というと当初から、
「Strawberry Fields Forever」や
「Panny Lane」「All You Need Is Love」
「Hello,Goodbye」などが収録されている
11曲入りの大作アルバムだ、という認識に
なるのでしょう。

いわゆる《かなりキャッチーな『SGTペッパー2』》
の様な捉え方になったりするかも知れません。

が、元の事実(6曲入りのシングルだった)を
知って居れば印象はガラリと変わります。
僕もそれをどうしても考えてしまいますので
『マジカル』をアルバム的に捉えるという思考に
なりません。
詰まり、1967年にビートルズが2枚、
アルバムを発表したとは思って居ないのです。

僕にとって『マジカル』はビートルズの
自主制作映画のOSTです。

これが、、、↓
こうなった。
ジャケットの無理やり感よ。



もっと最近で言えば「Now And Then」です。
この曲はジョン・レノンが70年代に残していた
デモ・テープの中から残っているメンバーが
選曲し、自分達の演奏を新たに加えて
ビートルズの曲として発表したというモノです。

が、ジョン・レノンのデモの段階では
「Now And Then」には【Bメロ】が存在して
いました。
しかし、ジョンのデモにおける声があやふやで
使いにくいのと、歌詞の内容等の事もあったり、
その他諸事情あった様で
ポール・マッカートニーは【Bメロ】を丸々削って
完成させています。
またリズムについてもデモではピアノ弾き語りで
リズムも曖昧、どちらかというとスローな印象を
受けますが、完成版では8ビートのドラムが
加わった事もあってかやや速く感じます。
(速いといってもBPMは87らしいですが)

この先、恐らくビートルズの新曲が出る事は
無いと思いますが
この曲は最後を締め括る曲として、その為に
雰囲気にしても内容にしても改変された感覚が
あります。良くも悪くもです。

この曲は何十年も前からブートレッグが出回って
いまして、中には自分なりにアレンジを加えて
作ったVer等も散見されましたが、
その多くは完成版の様に【Bメロ】を削る事なく
アレンジもサイケ寄りでカラフルに彩られたモノが目立ちました。

この曲から《ビートルズの終幕曲》という
さも印象的な代名詞を外して、もう一度デモを、
特にその【Bメロ】を聴けば、これは1967年頃の
サイケ真っ盛りだった時期に創られそうな
ジョン・レノン節を聴く事が出来ます。

しかし、こういった話題も10年、20年経てば
ファン以外には忘れ去られて今の完成版が
当然の形として、それのみが大衆の記憶に残って
ゆくのだろうと思います。
この曲に関して本家はデモを公表する事に
消極的な態度を取りそうな気がしますしね。


まあ、そんな事で、完成した商品だけがすべてだ、
何をゴタゴタ言ってやがるんだい、という方々に
とっては詰まらない記事だったかも知れませんが

僕の様に作品や人間の過程、そして
どの様に受け継がれてゆくのかという様な
侘び寂びの世界を最も気にするタイプの人間に
とっては、
こういう事を思考するのが楽しい時間なのでした。


今回はここまでです。
ありがとうございます!



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