人生、すなわち協力プレイ
トップ画像は川村文乃さんのブログより
https://ameblo.jp/angerme-ss-shin/entry-12798079007.html
アンジュルム竹内朱莉さんのご卒業が近づいてきました。ご卒業にあたってなにか文章を書こうと思っていまして、この記事はその準備稿のようなものとしてここ最近考えたことをまとめておくためのnoteです。

以前のnoteで「Yes and」について書きましたが、社会のなかで「Yes and」を実践することはとても難しい。基本的には舞台上という異常空間での話なので、それを日常生活にまで落としこんでいるアンジュルムは本当にすごいという話なんです。
なぜ舞台上では「Yes and」が成立するのかというと、その場にいる全員の目的が一致しているからだと思います。役者はもちろん良い芝居をしたいと思っている。お客さんだってお金を払っているんだから良い芝居を観たい。そこに協力関係が生まれるから「Yes and」が成立する。
翻って社会のなかでは、おなじ会社・同じ部署にいたとしても活動する目的が完全に一致していることは少ないと思います。それぞれに自分の価値観があり、ライフスタイルがある。目指すべきところが一致していなければどこにむかって「Yes and」していけばいいのかわからない。
アンジュルムのメンバーはこの「目指すべき場所を示す」ことが抜群にうまいと思っています。竹内さんしかり、サブリーダーの川村さんも恥ずかしげもなく「目指すべきこと」を公言します。
理想を語ったり、目指すべき場所を示すことはとても大切なはずなのに、なぜか社会のなかで生きているとそういうことは「青臭いこと」「恥ずかしいこと」「理想論」と切って捨てられてしまう。または「あえて言わなくても分かるでしょ」と成熟した大人を装ってみたりする。でも、それはもうそろそろ捨ててもいいのでは?と思っています。
目指すべきところを共有していれば、意見の対立すらも協力プレイになります。演劇でたとえるなら、良いお芝居を作るためには意見をぶつけ合うことも必要なわけですが、それはお互いを憎みあってそうしているわけではない。「良いお芝居を作る」という目的のために必要な対立になるということです。相手の意見を否定することすらも「Yes and」になる。これがまさに堂島さんが提唱する「ぬくもりだけ忘れんな NOであるときも」ということなのでしょう。
だれかに反対意見を言わなければならないときは、まず相手と自分の目的を確かめた方がいい。その目的が一致しているなら「Yes and」しながら建設的な対立をして、結局どちらかが折れなければならなくなっても、目的に近づくための前向きな幕引きができるはずです。
