デザインサイエンス(04: 農業)「10_動物性タンパク質・陸上編」
このデザインサイエンスは、デザインを学ぶ学生たちに広い知識と広い視野を持ってもらうために開講したシリーズものです。
本講義は「イントロダクション」「身体」「建築」「都市」「農業」「環境」「エネルギー」のカテゴリーに分けて、学生たちから特にリアクションの良かったトピックをランダムに投下しています。どこから読んでも楽しい構成にしていますので、気軽に興味のあるトピックからどうぞ!
今回は「農業」です。
前回、食料生産にかかる土地利用について解説しました。わたしたち人類が、地球の表面に住んでいる限り、逃れられない課題として、包括的な視点でその最適な土地の利用方法を見極めるヒントが詰まったトピックでした!
食料生産において、野菜や果物など植物作物の分野では、これまで見てきた通り大型化や効率化、植物工場やアグリテックなど様々な取り組みが見られました。これらは環境負荷を抑えながら、生産量を上げ始めており、土地利用の観点からも成果を挙げていました。
それに対し、畜産業は広大な土地に依存しながらも、そこから生産される総カロリー量などは、野菜や果物のそれに比べて非常に少ないことがわかりました。
さて今回は、そのような課題が多く残されている「動物性タンパク質」の生産について考えてみましょう。
■ 畜産業の抱える問題
食糧問題と環境問題を突き詰めていくと、必ず「動物性タンパク質」の生産・供給を担う「畜産業」の課題と出会います。畜産業はこれまでも見てきたように、広大な土地を必要とします。さらに、環境負荷や投入エネルギー量も大きく、さらに動物福祉の観点からも、動物性タンパク質生産の効率化も限界に達しています。
今後、世界規模での肉製品の需要は増大傾向にありますが、残念ながら畜産業は幾つもの課題をまま得ており、それらの解決が喫緊の課題とされています。それらの課題を「(1)畜産業の環境負荷」「(2)動物倫理問題」「(3)需要増加と市場」の3つに分けて解説します。
(1) 畜産業の環境負荷
多くの畜産業者は家畜動物を集約的に飼育しているため、そこでの排泄物や有機廃棄物の総量が膨大です。そのまま廃棄すれば、悪臭の発生、水質や地下水の汚染、病原菌の拡散など、深刻な環境問題を引き起こします。
畜産業から排出される廃棄物は主に「動物性固形不要物」と「糞尿」とに分けられ処分されています。「動物性固形不要物」は中和や焼却などのプロセスを行わなければなりません。この工程に大きなエネルギーとコストがかけられています。
そして「糞尿」もちゃんと処理して環境に戻さなくてはなりません。その処理方法としては、肥料化、炭酸ガスの再利用などがあり、これらは、環境負荷の低減、資源の再利用、衛生状態の改善に貢献できるため、積極的に取り組まなくてはなりません。
また、家畜動物に与える餌(主に穀物類)の栽培も、この畜産業の傘の下にあります。例えば、米国で生産されるとうもろこしのほとんどが家畜の餌になります。このような広大なとうもろこし畑の栽培に投入されるエネルギー(化石燃料や労働)や消費される淡水なども換算すると、非常に大きな環境負荷になります。
仮にこれらとうもろこしを家畜の餌にせずに、直接私たち人類が食べれば、このような畜産業の抱える問題を大きく軽減できると言われています。ただ、肉製品をあきらめるか、肉製品がさらに高級品になることを認めなければなりません。みなさんはどう思いますか?

家畜飼料に利用されるものはカラーで表記
( Research and Design by Haruna Hori )
(2) 動物倫理問題
アニマルウェルフェアでは5つの自由が提唱されています。その5つとは、「飢えと渇きからの自由」「恐怖と苦悩からの自由」「身体的な不快感からの自由」「痛み・障害・疾病からの自由」「正常な行動様式を発現する自由」です。これら動物倫理を手厚く適用することと、効率よく低コストに肉製品を生産することの両立は容易ではありません。
産業として肉製品を安価につくるには、土地の依存を最小限にすること、つまり単位面積あたりの個体数をできるだけあげることが考えられます。しかし、例えば養鶏ではブロイラーのように身動きがほとんどできないような高密度飼育がおこなわれており、またそのストレスでお互いを傷つけないようにデビークといってクチバシの先を切断しています。つまりストレスの軽減ではなく、ストレスが要因で突っつく行為を無効化させるという手段がとられています。
家畜動物も私たちと同じように、恐怖心や不快を感じる生き物ですので、飼育環境の整備はとても大切なことです。

このような過酷な密度でケージ飼育することは、動物倫理違反となる。
(3) 需要増加と市場
動物性タンパク質の需要は、今後増加傾向にあると言われています。世界人口はこれからも当分増加傾向にあります。人口が増加する分、食料の供給も増やしていかなくてはなりません。さらに新興国や途上国の経済成長に伴って食の西洋化、つまり「肉食化」がさらに進むと言われています。これら幾つかの要因が重なり、今後の肉製品の需要が人口増加の比率よりも大きく上昇すると予測されています。
しかし既存の畜産業は、既に見てきたようにまだまだ課題が山積しており、動物性タンパク質製品の劇的な増産の実現は難しいと言われています。
また贅沢品としての動物性タンパク質は、肉だけでなく、卵や牛乳なども含まれます。これら動物性タンパク質製品の供給が充分でなければ、市場原理として経済力の高い地域から供給が満たされ、経済的弱者は動物性タンパク質にアクセスできないという偏りが発生してしまいます。実際肉製品の価格は継続的に上昇傾向にありますので、経済的弱者は高価なタンパク質をあきらめて、安価な炭水化物に移る傾向も報告されています。
これからの食の未来、特に動物性タンパク質市場は、いかに途上地域の人々に、安価で安定的に商品を届けるかが重要になってきます。
私たちの国は先進国だから大丈夫という態度ではなく、このデザインサイエンスを学ぶみなさんには、このような地球課題に果敢に挑戦して欲しいものです。

■ 欠かせない栄養素としての動物性タンパク質
タンパク質は5大栄養素(タンパク質、炭水化物、脂質、ビタミン、ミネラル)のうちのひとつで、人類の健康維持には欠かせない重要な栄養素のひとつです。特にタンパク質の中でも、動物性タンパク質には多くの必須アミノ酸が含まれている点が挙げられます。これら必須アミノ酸は体内で作られないため、食事として摂取するしかありません。
対して、植物性タンパク質は脂質が少ないですが、吸収が遅く、必須アミノ酸が不足しています。このことから、個人の体質によっては、ベジタリアンやビーガンなどが体調を崩し、動物性タンパク質を摂取することで健康バランスを取り戻すというケースが見られます。
植物性タンパク質の中では優秀な大豆でも、動物性タンパク質に比べてメオチニンなどの必須アミノ酸が少なく、アミノ酸スコア「85~90」程度で、動物性タンパク質のアミノ酸スコア「100」(満点)に譲るかたちとなっています。とはいえ優秀なタンパク質源として、大豆はとても重要な食材として期待されています。

(Research and Design by Haruna Hori)

(Research and Design by Haruna Hori)

(Research and Design by Haruna Hori)
■ 代替タンパク質製品
さて、ここでは動物性タンパク質の課題、畜産業の課題の解決や緩和のために取り組まれている様々な代替製品を紹介していきます。
・ 植物由来のタンパク質代替製品
植物由来の製品、例えば大豆などを使用して、肉のような食感を楽しめる製品の開発は様々取り組まれています。
誤解されがちなのは、これら植物ベースのタンパク質製品は、ベジタリアンが肉を食べたいときにどうぞ、みたいな理解をされている方を見ますが、これは厳密には正しくありません。そういうこともあるかもしれませんが、普段肉料理を楽しんでいる一般的な消費者にこそ、時には大豆バーガーなどを楽しんで肉の消費量を抑える仕組みに参加してもらうことが目的といえます。
今日では、バーガーなどを扱うファーストフード店でも、植物由来のパティを積極的に取り扱っています。これらがもっと普及することによって、植物由来の肉代替製品がより美味しく、安価に生産できることが期待されます。
また、多くのコーヒーチェーンでも、ソイ・ミルクが導入されて久しいです。これも動物性タンパク質のミルクに依存しない、コーヒーの美味しい飲み方の選択肢として人気を集めています。私も調整豆乳から馴らして、今では無調整豆乳の美味しさに完全に目覚めています。
さらに、ココナッツオイルを利用したチーズ代替製品や、緑豆やひよこ豆から作った代替卵製品なども見られます。また国内では有名なユーグレナ社の取り組みのように、藻類からタンパク質を作る試みも見られます。



タイに住んでいた頃に毎年楽しみにしていたのが、仏教関連の行事で「キンジェー」というベジタリアン週間でした。国民全員が厳守するような厳格なものではなく、敬虔な信者から一般の人まで自由に参加できるゆるやかなものでした。町には黄色の旗を出して、その期間だけベジタリアン料理に切り替えているレストランも多く見かけました。そしてここで出される料理には「肉製品に似せたもの」も幾つか含まれており、それらが美味しい!!
この「キンジェー」は肉製品だけでなく、香りの強いもの(ニンニクやネギなど)やアルコールも控え、心身を清めることが目的とされています。ここで、面白いのは、肉食行為は心身を清める行為からは除外されるということです。日本でも精進料理は肉製品を含みませんので、やはり殺生を伴う肉食は、消化の負担だけでなく、精神的な負担も大きいものだと言えます。

毎年10月頃、黄色い旗を出してベジタリアン料理で盛り上がる
■ 培養肉(Cultured Meat)
培養肉とは細胞から人工的に特定部位の肉、つまり可食部位だけを製造する技術です。培養肉技術は生きた家畜動物を飼育するわけではありませんので、不可食部位(骨や皮や血液、また一部の内蔵など)の育成にかかるエネルギー分が軽減されます。また神経や苦痛を感じる脳などが介在しないため、動物福祉の観点からも問題がほとんど無く、既存畜産業が抱える課題の有力な解決策のひとつとして期待されています。
また家畜動物には疫病予防と成長促進の目的で抗生物質が多く投入されていますが、培養肉の場合はこの依存がありません。よって抗生物質の間接的な摂取による副作用などの心配はありません。
2013年オランダのマーストリヒ大学で開発された世界初の培養肉のバーガー用パティは、1ポンド約330,000ドル ( 454gで約4,800万円・為替2025/6 ) のコストがかかっていましたが、今日では約17ドル(2,500円程度)にまでコストダウンがなされてきました。
今では多くのベンチャー企業が参入しており、これからのさらなる発展が期待されている分野です。

■ 昆虫食
肉製品に代わる動物性タンパク質源として、10年ほど前から世界で注目を浴びているのが昆虫食です。日本国内では罰ゲーム的なイメージや、文化的タブーや嫌悪感などから炎上気味の「昆虫食」です。
しかし世界では、内陸地域や途上地域などでは伝統的に食べられてきた食材で、貴重なタンパク源です。昆虫肉は、特に動物性タンパク質のように必須アミノ酸を豊富に含んでおり、また昆虫飼育にかかる環境負荷がとても低く、環境面でも大変優秀な食材だと言えます。
日本での昆虫食は、炎上の後ブームが一旦落ち着いた感ありますが、多様な文化が息づいている地域や国では、昆虫食の可能性はまだまだ積極的に試されています。最近では EU がコオロギ・パウダーを新規食品として認可しました。これによって食品として流通させることができますので、普及に向けた基礎が整ったと言えます。
昆虫食の本当の価値は、昆虫食に馴染みのある地域や国で、補助的に食の選択肢を増やすところにあります。特に、昆虫を伝統的に食べる地域は、開発途上地域が多く、それらは同時に今後の人口増加が予測される地域でもあります。そのような地域に安価で安定的にタンパク質を供給する手段として、昆虫食は高い可能性を秘めています。

昆虫食は、馴染みのない先進国の人々が、無理して食べろというものでは無く、世界の食の選択肢を増やすことが本来の目的です。環境活動家が大げさにプロモーションしすぎた事、そして発言力のあるインフルエンサーなどによるアンチ・コメントなどが、昆虫食に対する誤解の始まりだったのでしょう。過度なプロモーションや扇動的な言動などに惑わされないよう、みなさんはしっかりと知性を身につけて、正しい判断力を持ちましょう。
また最後に、宇宙開発における昆虫食の可能性にも触れておきます。今後宇宙開発が進み、宇宙人口が増加すると、宇宙での食料の確保が重要課題となります。地球から運搬する場合は高額なコスト(1キロの荷物で100万円の運搬コスト)がかかりますので、いつかは宇宙での食の地産地消を目指さなくてはなりません。
そこで、宇宙での動物性タンパク質生産を考える場合、既存の畜産動物では実現が困難だと言えます。膨大な糞尿や炭酸ガスの処理、不可食部位の処理、飼育環境の整備や快適性の確保など、家畜動物の宇宙開発への導入にはハードルが沢山あります。
培養肉に関しても、生産にかかる投入エネルギー量やコストが大きく、また培養液の処理など宇宙での閉鎖空間での循環という視点での課題が大きいといえます。
それに対して、昆虫は非常に環境負荷や投入エネルギー量も小さく、排出ガスや排泄物の面からも植物工場などとの相互循環を成立させやすく、また成長スピードの早さも家畜動物に比べて圧倒的に早いため、メリットは大きいと言えます。

図右:その部分のクローズアップ
( Research and Design by Chika Owaki )
■ 昆虫エコシステム
昆虫は家畜の餌としても注目されています。タイの昆虫研究者で、世界から注目を集めている、ユパ・ハンブンソーン博士 ( Dr. Yupa Hanboonsong ) は、畜産業と「餌としての昆虫」を組み合わせた産業開発研究をタイの民間企業と行っています。
畜産業の環境負荷でも説明しましたが、豚精肉加工の工程に出る不可食部位の処分には大きなエネルギーコストや環境負荷がかかっています。また同時に、豚の餌として動物性タンパク質由来の餌を与えていますが、この飼料にも大きなコストがかけられています。
ユパ先生は、この「廃棄物の処分にかかるコスト」と「タンパク質由来の餌にかかるコスト」の問題を「昆虫」を使って解決しようとする研究を行っているのです。
まず養豚場の屠畜場から出る生物性の廃棄物を、ハエ(ブラックソルジャーフライ)の幼虫に食べさせることで「処理」し、さらにこれで太ったハエの幼虫をタンパク質由来の「餌」として利用するというものです。このハエの幼虫はとても貪欲に有機物を食べることで有名です。この循環が成立すれば、環境への負荷と豚肉生産にかかるコストを大幅に削減できるという画期的なアイデアです。
またこのハエの幼虫はバイオマス燃料の生産としても有効らしく、食産業だけでなく、エネルギー産業にも貢献できる可能性があるそうです。
人類は今まで「昆虫」を産業の中に積極的に取り込んできませんでしたが、昆虫はとてつもない可能性を秘めているとユパ先生は語っています。
以上、今回は動物性タンパク質について、畜産業など、陸上動物を中心にお送りしましたが、次回は「動物性タンパク質・水中編」をお送りします!
