デザインサイエンス(04: 農業)「20_ENTOMFARM_5・飼育モジュール実験 」
このデザインサイエンスは、デザインを学ぶ学生たちに広い知識と広い視野を持ってもらうために開講したシリーズものです。
本講義は「イントロダクション」「身体」「建築」「都市」「農業」「環境」「エネルギー」のカテゴリーに分けて、学生たちから特にリアクションの良かったトピックをランダムに投下しています。どこから読んでも楽しい構成にしていますので、気軽に興味のあるトピックからどうぞ!
今回は「農業」です!
この農業編では、環境負荷を最小限に抑え、安価で、安定的に、高機能タンパク質を生産する手段として、昆虫食の可能性を考察し、コオロギ養殖の現状や課題などを明らかにしました。それを受けてコオロギ養殖産業の近代化を達成するために、「飼育モジュールのデザイン規格」として「切頂八面体による空間充填構造」の最適性を解説しました。
さて、今回は怒涛の実験回です!
■ コオロギ飼育モジュール実験の目的
「切頂八面体」という多面体による空間充填フレーム構造(飼育モジュール)がコオロギ飼育に適切な立体構造であることを解説してきました。ただ、ひとくちに切頂八面体の空間充填フレーム構造といっても、一辺の長さが変わればセルの大きさも変わり、フレームの太さや形状によっても空間の特徴は大きく違ってきます。
例えば一辺の長さを長くすれば、各セルの大きさは大きくなり、その長さを短くすれば各セルは小さくなります。目の粗さの違うスポンジをイメージすると分かりやすいかもしれません。このセル空間(スポンジの目)の最適な大きさは、飼育するコオロギの体の大きさや習性によって違ってくることは明らかです。そこでコオロギ飼育に最適なセル空間サイズの飼育モジュールを導き出すことが本実験の目的です。

■ 実験環境準備(3Dモデル制作、環境整備)
対象コオロギにとっての最適な飼育モジュールを導くため、一辺の長さやフレームの太さを色々と違えた3Dモデルを何種類も製作する必要があります。
この飼育モジュールのような形状を3Dプリンターで出力する際には、通常「サポート材」が必要です。その理由は、溶けたプラスチックをマヨネーズのようにノズルから押し出して「積層」していくため、下に支えの無い部材は重力によって「垂れ」てしまうためです。
下図のように、わしゃわしゃのサポート材に支えられた状態で出てきた飼育モジュールを手作業で取り除かなくてはなりません。比較的簡単に除去できるように工夫されていますが、それでも、複雑に入り組んだ内部空間を綺麗に除去することは簡単ではなく、また大量のモジュールを出力した場合などは大変な作業量になります。さらに、この「サポート材」はゴミとして廃棄されますので、環境面からも「サポート材」が無くても出力できるような調整が求められました。
この「垂れ」問題は、プラスチックを溶かす温度やノズルの移動スピードなどで微妙に変わってきます。この調整を行うことで、「垂れ」問題をある程度解消する必要がありました。

次にこの飼育モジュールの中にコオロギを入れて行動観察を行うのですが、その際コオロギが逃げないように透明のアクリル管の中に飼育モジュールを封入しました。このアクリル管の直径は大きすぎると中心付近の様子が外から観察できなくなり、小さすぎると空間ボリュームが細長くなり飼育空間の全方向性が失われることを考慮して、外径最大200ミリと設定しました。

■ 実験用のコオロギ種の決定
日本国内で入手が可能なコオロギは、フタホシコオロギとヨーロッパイエコオロギの2種類あります。その中から「ヨーロッパイエコオロギ」を選定しました。理由は両種のコオロギ飼育体験から、共食いが比較的穏やかであると感じたこと、また東南アジアでも人気の食材であること、学術的な情報が豊富にあることなど、研究の行いやすさと将来の事業化に向けてのポテンシャルが高かったためです。
■ プレ実験_1(実験内容の精査、データ管理)
やっとプレ実験が始まりますが、この段階は基本的なことを一から体験的に学ぶ期間でもありました。またコオロギ飼育という未開拓領域の研究であることから、実験の環境整備や実験器具そのものの制作から行う必要がありました。さらに、このプレ実験での学びの期間に、実験手法の習得、試験体(コオロギ)の準備や飼育配慮、デザインという切り口でのアプローチ方法の見極め、実験記録やデータのアーカイブ方法など、独自のプロトコルを構築しました。

この初期実験では、セルの大きさが違う様々な種類の飼育モジュールを制作しコオロギの好む飼育モジュール(セル空間の大きさ)の範囲をある程度絞り込むことを目指しました。その結果、セル空間の一辺が 9mm ~ 15mm くらいの間でコオロギは、スタックや落下がなく、快適に過ごせている様子でした。9mm より小さいとセルの空間が狭すぎて侵入できないケースが多く見られ、また15mm より大きい場合は、セル空間が大きすぎて脚の長さが届かず、落ちてしまう様子が見られました。
■ プレ実験_2(アクリル管型・比較実験)
次に、セル空間の一辺が9mm ~ 15mm の範囲内で様々な種類の飼育モジュールを制作し、その中から複数個アクリル管の中で並べて比較実験を行いました。

ただ、アクリル管を使用しての比較実験では、空気を入れ替えるための吸入口や排気口にコオロギが集まりやすいこと、また光の状態や人の気配などによって「落し蓋」の裏に隠れるように集まることなど、コオロギの選択行動にバイアスがかかっている可能性が観察されました。
また、実験環境をコオロギにとっての最適温度である約30度に保つため、赤外線ランプなどを導入しましたが、ホットスポットに集まってしまい、これも環境バイアスが生じますので、使えないことが分かってきました。
■ プレ実験_3(オープン型・比較実験)
アクリル管の中の環境バイアスを取り除くことが難しいと判断し、比較実験を衣装ケースを用いてオープン型で行うこととしました。
その準備として、実験室内を30度に維持することで、コオロギが活発に動ける快適な環境を整えます。また窓などがあれば太陽の角度によって室内の明るさが変わってしまうため遮光します。室内照明は明るくしすぎないように配慮します。
プラスック製の衣装ケース(490mm x 335mm, H:285mm)の中で飼育モジュールを、1対1で並べて総当たり戦で比較実験を行います。この衣装ケースの高さだと、フタをしなくてもコオロギは逃げられませんので、空気換気の必要もなく、真上から定点観測を行うことができます。

先の準備実験を通して、導き出した最適範囲(セル空間の一辺が9mm、11mm、13mm、15mm )の4種類の飼育モジュールを準備して比較実験を行いますが、その前に、衣装ケースの中で環境バイアスが残存していないかどうかを確かめる必要があります。

そこで衣装ケースの中に「同じ種類」の飼育モジュール2つを左右に並べ、そこに100匹のコオロギを投入して比較実験を10回行い、その入居数の平均値を割り出すこととしました。左右両方の数値がほぼ等しければ、衣装ケースの中での左右のポジションで環境バイアスが無いと言えますが、もし数値の違いが大きければ、左右に環境バイアスが存在していると言えます。
結果は左右のポジション違いで平均値に若干の差異が見られたため、環境バイアスが存在することが判明しました。
■ 遂に!本実験スタート(コオロギの好む空間サイズの見極め)
この本実験では、一辺が9mm、11mm、13mm、15mm の4種類の飼育モジュールを使用して、1対1の総当たり戦の比較実験を行います。
・研究目的
一辺が9mm、11mm、13mm、15mm の4種類の飼育モジュールを使用して1対1の総当たり戦の比較実験を行い、ヨーロッパイエコオロギ(成虫)の最も好む飼育モジュールを見極めます。

・実験方法
実験室はコオロギが快適に活動できるように30度を保ち、窓は遮光し、室内灯は明るすぎない程度に抑えます。さらに、衣装ケースの真上に定点観測用カメラを設置します。これは匹数を数える際に画像資料として必要なものです。
実験の手順は以下の通りのステップです。
A:インストール
衣装ケース(490mm x 335mm, H:285mm)に健康なコオロギを100匹入れる。ケースを傾けてコオロギを端によけた後、対戦させる2種類の飼育モジュールを等間隔にゆっくりと置く。
B:セトル
そのまま静かに放置すると、最初コオロギたちはパニック状態であるが、そのうち飼育モジュールに逃げ込み、各々快適そうな場所に落ちつく。衣装ケースの床がプラスチックのため滑りやすく、ほとんどのコオロギは快適そうな飼育モジュールに逃げ込み、20分経過すると状態は安定する。
C:カウント
20分経過したら、両モジュールの間を2分割するように、プラスチック製の板を置く。次に左側と右側の空間の「外に出ているコオロギの数(甲)」をそれぞれ数えておく。そして飼育モジュールを優しく振りながら中に逃げ込んでいるコオロギをそれぞれの空間内に落としてやる。その後、改めて左側と右側の空間にいる「コオロギの数(乙)」を数える。この(乙)から先の(甲)を差し引くと、当該飼育モジュールに入居していたコオロギの数がわかる。これを10回繰り返して、平均値を算出する。

4種類の飼育モジュールの総当たりの組み合わせは6パターンありますが、左右のポジショ二ングの環境バイアスを除去するため、同じ組み合わせで左右を入れ替えた比較実験も行うため、合計12パターンとなります。それぞれの組み合わせで、10回繰り返し実験を行い、その平均値をスコアとして採用します。
・結果
この実験結果は驚くことに、想像以上に綺麗なスコアが出てきました。

一番セル空間の小さい9mm の飼育モジュールが優勝
続いて11mm, 13mm 15mm とセルの大きさに合わせて綺麗に勝敗結果が並んだ。
一番人気は、一辺が9mm (一番セル空間が小さい)の飼育モジュールでした。次に11mm そして13mm 最後に15mm と、セル空間のサイズ通りに綺麗に好みの結果が並びました。
いやぁ、凄くないですか?!コオロギって割と適当に逃げているのかな?と思いきや、わずか20分の中で出来るだけ快適な空間を自ら「選んで」入居していたことがわかります。
・考察(産業メリットとのバランス)
この実験の結果を受けて、少し踏み込んだ考察を行います。
それは「コオロギの好む空間」と同様に「産業メリット」も重要な要素ですので、この両方がバランスしている飼育モジュールはどれなのかの見極めを行う必要があります。
「産業メリット」とはプロダクトの生産コスト、運搬コスト、作業ハンドリングなど、ヒトやロボット、機械などが作業する際のメリットのことで、これはつまり「軽さ」です。軽い方が使用する素材の軽減、運搬コストや作業ハンドリングの負担を低減できます。
9mm のモジュールは目が細かく詰まったモジュールですので非常に重く、素材費が高く、プリント時間も長いです。逆に15mm のモジュールはスカスカですので軽く、素材費が安く、プリント時間も短いです。(詳細は下表を参照)

9mmのモジュールの重量は15mm のそれよりも2.5倍以上になっている
そこで、各飼育モジュールの重さ(g)をコオロギの入居数(n)で割ることで、コオロギ一匹あたりの飼育モジュールの重さを割り出しました。これによって「コオロギの快適性」と「産業メリット」のバランスしたレンジを絞り込むことができます。
その結果、11mm の飼育モジュールが、「コオロギの好み」と「産業メリット」のバランスした最適解に近いことがわかりました。驚いたことに一番成績が悪かったのは、コオロギに一番人気であった9mm のモジュールでした。どんなにコオロギに人気が高くても「重すぎる」ことは、産業が成長する際のボトルネックになってしまいます。

コオロギの好む空間と産業メリットのバランスした最適なモジュールは11mm、、次に15mm、最後は9mm という試算結果
■ 実験後の展開
・ 最適なモジュールサイズ試算方法のオープンソース化
これまでの実験と考察から、コオロギ体の大きさと産業メリットのバランスした最適なセル空間の飼育モジュールの範囲が絞れました。そこで、コオロギ(成虫)の体の大きさから、その最適範囲を自動で算出する「スケール・ファインダー」をインターネット上に公開しました。

ヨーロッパイエコオロギの成体サイズの20mm を打ち込むと「コオロギの好む空間サイズ」「最適サイズ」「産業メリットサイズ」の順で自動算出されるオープンソース
例えば、フタホシコオロギですと、体長が約27mm ですので、その数値を打ち込むと、最適レンジが「12mm ~ 14mm ~ 17mm」と自動算出されます。これは「12mm」がコオロギの好む空間で「17mm」が産業メリットの高い値、そして中間値の「14mm」が両方バランスしている値ということになります。
リンク:https://finder.entomfarm.org/
・ 3Dデータのオープンソース化
また、上のスケール・ファインダーで導いた数値を参考に、飼育モジュールの3Dモデルが作成できるプログラムもオープンソース化しました。ビデオ解説通りにデータをダウンロードし、指定のプログラムから開くと、数か所の数値入力だけで、思い通りの飼育モジュールの3Dデータを作成することができます。このデータは各自持っている3Dプリンターに対応できます。

今後、このオープンソースは世界中の人たちに利用してもらうことで、さらなる知見を共有していきたいと願っています。
・プラットフォーム構築
これまでの制作や実験を通してアーカイブしてきたドキュメントは、「分野」や「共同研究者名」「フェーズ」などに分類して公開しています。あらゆるドキュメントはPDF化されており、ダウンロード可能となっています。

これまでの全ての研究成果がここで閲覧でき、また新たな成果を共有できるプラットフォーム
リンク:https://entomfarmdatabase2.notion.site/ENTOMFARM-DATABASE-240a385943eb81a6b9baf6eac4ac0476
長年に渡り取り組んでいるコオロギ飼育システムの設計プロジェクトをシリーズで紹介してきました。まだ続きはあるのですが、長くなりましたので、とりあえずここまでとしましょう。
次からは新しいテーマに移ります!
