【実体験】NAISTと旧帝大、情報系修士の就職に差はあるのか? ── 高専→NAIST卒の筆者が本音で語る
はじめに
「大学院はどこに行けばいいのか」。これは情報系の学生にとって、研究テーマと並ぶ大きな悩みではないでしょうか。
特に高専生や地方大学の学部生にとっては、旧帝大の大学院を目指すのが「正解」とされがちです。東大、京大、阪大。名前を出せば誰もが頷く安心感があります。一方で、NAIST(奈良先端科学技術大学院大学)やJAIST(北陸先端科学技術大学院大学)、豊橋技科大・長岡技科大といった選択肢も存在します。
「NAISTって名前聞いたことないけど大丈夫なの?」「旧帝大に比べたら就職で不利じゃないの?」
こうした疑問を持つ方は少なくないと思います。
この記事では、実際に高専からNAISTの情報科学領域に進学し、修士を修了した筆者の実体験と、各大学の就職データを交えながら、「NAISTと旧帝大の就職に本当に差があるのか」という問いに正面から答えていきます。また、比較対象としてJAIST、豊橋技科大、長岡技科大についても触れていきます。
筆者がNAISTを選んだ理由 ── 「東大に入れるでしょ」と言われても
まず、なぜ筆者がNAISTを選んだのか、その経緯からお話しします。
筆者は高専出身です。そもそもなぜ進学校ではなく高専を選んだのかというと、当時「ポケモンみたいなゲームを作りたい」と思っていたからです。どこに行けばそれができるのかと調べているうちに、高専という存在を知りました。熊本には2つの高専がありますが、情報系で有名な先生がいる方を選びました。NAISTを「先生で選んだ」という話は後述しますが、実はこの頃から、筆者の進路選びの軸は一貫して「どこに行くか」ではなく「誰のもとで学ぶか」だったのです。
入学は推薦でした。勉強をしていたかというと、正直に言えば、授業中は勉強しているふりをしながらWebサイトを作りまくっていました。アフィリエイトサイトを量産していたのですが、ある日親にバレて、PCをぶっ壊されるという事件も起きています。それでも推薦では「君はそんなの(ペーパーテスト)いらん、合格」と言われたと記憶しています。ペーパーテストなしの合格です。
ペーパーテストを受けずに入学したわけですから、最初の成績はヤバいことになるだろうなと覚悟していました。ところが、蓋を開けてみれば2位。ここだけ聞くと順風満帆に見えるかもしれませんが、正直に言うと、この結果で逆にやる気をなくしました。「もっと賢い奴らがいると思っていたのに」と。ペーパーテストすら受けていない自分が2位ということは、この環境では知的刺激が足りないかもしれない。そう感じてしまったのです。
周囲からは「東大に入れるでしょ」と言われていました。学力的には可能だったかもしれません。しかし、勉強そのものへのモチベーションが湧かなかった。受験勉強のために時間を費やすよりも、自分がやりたいことを直接やれる場所に行きたかったのです。
筆者がやりたかった研究は、かなりニッチな分野でした。災害時に地下街で避難誘導を支援するシステムの研究です。Wi-Fiなどを使った屋内位置測位、時刻同期、自律分散型アプリケーションによる誘導。GPSの届かない地下空間で、いかにして人々を安全に避難させるか。対応している研究室が全国的に見ても少なく、選択肢は限られていました。
その中で出会ったのがNAISTです。しかも、そこにはmp3エンコーダ「LAME」プロジェクトでバリバリ走っていた先生がいました。筆者の研究テーマは音声圧縮とは全く別の分野ですが、オープンソースの世界で国際的に実績を残してきた先生の研究室には、技術に対する姿勢やオープンなものづくりの文化が根付いていました。その環境に惹かれたのです。東大・京大のブランドよりも、「この先生のもとで研究したい」という気持ちの方が、自分にとってはるかに価値がありました。
もう一つ、NAISTに惹かれた大きな理由があります。それは、大学院大学ならではの学生構成の多様さです。NAISTには学部がないため、入学者は全員が他大学からやってきます。東大、京大、東工大、阪大といった旧帝大・難関大からの進学者もいれば、地方国立大や私立大、高専からの編入組もいる。バックグラウンドがまったく異なる人間が同じ研究室に集まるのです。
高専時代に「もっと賢い奴らがいると思っていたのに」と感じた筆者にとって、これは非常に魅力的でした。実際に入学してみると、旧帝大出身の学生と議論を交わし、留学生と英語でやり取りをし、異分野から転身してきた社会人と研究の視点を共有する日々が待っていました。高専時代に渇望していた「知的刺激に満ちた環境」が、ここにはあったのです。
ちなみに、筆者はNAIST在学中に約9ヶ月間の休学を経験しています(2022年6月〜2023年3月)。「一緒に起業しようぜ」と声をかけてくれた友人が上京しており、「家賃も生活費も保証するからコードを書いてくれ」と言われて飛び込みました。ところが実際に行ってみると、約束されていたお金はほぼなかった。生活の保証どころではなかったのです。嘘をつかれたと感じた筆者は、その起業からは身を引きました。
しかし、休学中である以上、生活費は自分で稼がなければなりません。かといって正社員として就職してしまうと新卒カードを失ってしまう。そこで選んだのが、給料ありのフルタイムインターンでした。当時30人規模だったその会社は、その後1000名規模にまで成長し、上場を果たしています。結果的に、スタートアップの急成長フェーズを間近で体験できたことは、現在の起業にも大いに活きている経験となりました。
端的に言えば、「騙されて上京し、金がなくてインターンで食いつなぎ、そのインターン先が上場企業になった」という話です。人生何が転機になるかわかりません。
大学院大学の良いところは、こうした寄り道に対して比較的寛容なことです。NAISTには社会人経験者や留学生など、ストレートに修士を取る学生ばかりではない多様な層がいます。休学して何かに挑戦し、戻ってきて研究を仕上げるという選択も、それほど珍しいことではありませんでした。旧帝大の学部からストレートに修士に進む「レール」とは少し違った柔軟さが、大学院大学にはあると感じています。
大学院選びにおいて「偏差値」や「大学名」だけが正解ではない。やりたい研究ができるかどうか、そしてその分野で信頼できる教員がいるかどうか。それこそが最も重要な判断基準だと、筆者は身をもって感じています。
ちなみに、高専での「2位だったからやる気をなくした」というエピソードは、共感してくれる方がどれだけいるかわかりません。ただ、高専に入る層の中には、勉強ができること自体には興味がなく、「周囲から知的刺激を受けられるか」に重きを置くタイプが一定数いるはずです。筆者もそのタイプでした。だからこそ、旧帝大という「看板」ではなく、研究室の「中身」で進学先を選ぶことにためらいはなかったのです。
NAISTとは何か ── 知名度は低いが、研究力は旧帝大レベル
NAIST(奈良先端科学技術大学院大学)は、学部を持たない大学院大学です。1991年に設立され、情報科学、バイオサイエンス、物質創成科学の3領域を持っています。
一般の方には馴染みが薄いかもしれませんが、研究の世界では非常に高い評価を受けている機関です。
研究力を示すデータ
NAISTの研究力を示す客観的なデータをいくつか紹介します。
教員一人あたりの研究経費と科研費補助金採択件数において、NAISTは全国の大学の中で1位を記録しています。少数精鋭の教員に集中的にリソースが配分される構造が、この結果を支えています。
また、Nature Indexにおける質の高い論文数ランキングでは、2012年から2017年の期間で全国7位に入りました。東大・京大・阪大・東北大・名大・東工大に次ぐ位置であり、旧帝大に引けを取らないどころか、一部の旧帝大を上回る結果です。
特に強い分野
情報科学領域では、自然言語処理(NLP)の分野で国内トップクラスの研究室を擁しています。音声認識、画像処理、ロボティクスなどの分野でも、国際会議での論文採択実績が豊富です。
留学生比率の高さ
修士課程で28%、博士課程で54%が留学生という構成は、国内の理系大学院の中でもトップクラスです。日常的に英語が飛び交う研究環境は、グローバル企業への就職を目指す学生にとっても大きなアドバンテージとなります。
就職実績を比較する ── NAIST vs 旧帝大(情報系修士)
ここからが本記事の核心部分です。実際の就職データを基に、NAISTと旧帝大の就職実績を比較していきます。
NAISTの主な就職先
NAISTの情報科学領域の修士修了者は、以下のような企業に就職しています。
大手IT・通信系として、NTTデータ、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、富士通、NEC、日立製作所。メーカー系として、ソニー、パナソニック、東芝、トヨタ自動車、デンソー、三菱重工業。さらに研究室によっては、Google、マイクロソフト、日本IBM、理化学研究所、情報通信研究機構(NICT)といった就職実績もあります。
特筆すべきは、自然言語処理研究室のような国際的に著名な研究室からは、GAFAMクラスの企業への就職実績が毎年のように出ていることです。
旧帝大(情報系修士)の主な就職先
旧帝大の情報系修士は、大学ごとに多少のカラーがありますが、主要な就職先は以下の通りです。
東京大学では、アクセンチュア、ソニーグループ、野村総合研究所、NTTデータなど。大阪大学では、三菱電機、ダイキン工業、パナソニック、富士通、日立製作所、楽天、NTTグループ、サイバーエージェントなど。東北大学では、NEC、野村総合研究所、経済産業省、三菱重工業など。名古屋大学では、デンソー、トヨタ自動車が突出しています。
重なる部分、異なる部分
両者を比較してまず気づくのは、就職先の「顔ぶれ」がかなり重なっているということです。NTTグループ、ソニー、日立、富士通、パナソニック、トヨタ系といった大手企業は、NAISTでも旧帝大でも共通して主要な就職先です。
ただし、細かく見ると違いもあります。
旧帝大の強みとしては、学歴フィルターにおけるブランド力が圧倒的です。特に東大・京大は別格で、総合商社やコンサルティングファームなど「学歴を重視する」業界への就職では明確な優位性があります。また、OB・OGネットワークの厚さも大きなアドバンテージです。
一方、NAISTの強みとしては、研究成果で勝負しやすい環境があります。大学院大学なので全員が修士以上であり、研究に集中できる体制が整っています。特定分野(NLPなど)では旧帝大を凌ぐ研究実績があり、その分野に関連するトップ企業への就職では、むしろNAISTの方が有利な場合もあります。
「NTT本体」と「NTTグループ子会社」の違いに見る格差
就職先の「質」を考える上で、わかりやすい例があります。それは、NTTグループ内での就職先の差です。
旧帝大やNAISTの修士修了者は、NTT本体(日本電信電話株式会社)やNTT研究所に就職するケースが見られます。NTT研究所は国内最高峰の研究機関の一つであり、ここに就職するのは相当なハードルです。
一方、長岡技科大や豊橋技科大の修了者は、NTTデータ・アイやNTTテクノクロスといったグループ子会社への就職が多い傾向があります。もちろん子会社だから悪いということではありませんが、「NTTに就職」と一口に言っても、実際のポジションにはグラデーションがあるということです。
NAISTは、この点においては旧帝大と同等、あるいは研究分野次第では上回る就職先を確保できるポジションにあると言えるでしょう。
旧帝大ごとの「地元カラー」も知っておくべき
旧帝大と一括りにされがちですが、実際には大学ごとにかなり就職先のカラーが異なります。これを知らずに「旧帝大ならどこでも同じ」と思って進学すると、就活時に思わぬミスマッチが生じることがあります。
東京大学は就職先業種の1位が金融業・保険業で、2位が公務、3位が情報通信業という構成です。コンサルや官僚志望が多く、純粋にエンジニアとして就職する層は意外と限られています。情報系であっても、アクセンチュアや野村総合研究所のようなコンサル・シンクタンク系に進む人が目立ちます。
大阪大学は三菱電機、ダイキン工業、パナソニック、富士通、日立製作所など、関西を地盤とする大手メーカーへの就職が強いのが特徴です。楽天やサイバーエージェントといったWeb系企業への実績もあります。
名古屋大学はトヨタ自動車とデンソーが突出しており、東海地方のモノづくり企業への就職パイプが太いです。情報系であっても、自動車メーカーの研究開発部門に進む学生が多い印象です。
東北大学は情報通信業が就職先業種の1位で、NEC、野村総合研究所、三菱重工業などが主要な就職先です。進学率が55.57%と旧帝大の中でも非常に高く、博士に進む学生が多いのも特徴です。
このように、旧帝大の中でも「どの大学に行くか」で就職先の傾向はかなり変わります。「旧帝大なら安心」ではなく、「どの旧帝大のどの研究室に行くか」まで考える必要があるという点では、NAIST・JAISTで研究室を慎重に選ぶのと本質的に変わりません。
JAIST・豊橋技科大・長岡技科大との比較
NAISTと旧帝大の比較だけでなく、大学院進学の選択肢として検討されやすいJAIST、豊橋技科大、長岡技科大についても触れておきます。
JAIST(北陸先端科学技術大学院大学)
JAISTはNAISTと並ぶ大学院大学で、石川県能美市に位置しています。
就職先としては、アクセンチュア、EIZO、カプコン、KDDI、コナミ、シャープ、東芝、日産、NEC、NTT、日立、富士通など、NAISTと近い顔ぶれです。情報系の研究室の数自体はJAISTの方が多く、選択肢の幅広さでは優れています。
ただし、いくつかの点でNAISTとの差があります。
まず立地です。JAISTは車がないと生活が厳しい環境で、バスが1日5〜10本程度という状況です。就職活動で都市部に出る際にも不便を感じやすいでしょう。一方、NAISTは関西圏へのアクセスが比較的良く、京都から1時間弱で通学可能です。
GAFAM級のトップ企業への就職実績では、NAISTの方が目立ちます。これはNAISTの自然言語処理研究室をはじめとする国際的に著名な研究室の存在が大きいでしょう。
一方、JAISTの強みは奨学金制度の充実です。独自の奨学金があり、成績次第で入学金と授業料が最大半額になります。経済面を重視する場合には大きなメリットです。また、社会人コースが充実しており、働きながら修士を取得したい方にとってはJAISTが適しています。
豊橋技科大
豊橋技科大は愛知県豊橋市に位置し、高専からの3年次編入を主要なルートとする技術科学大学です。
電気・電子情報工学系を中心に、トヨタ自動車、デンソー、三菱電機、ソフトバンク、スズキ、JR東海、関西電力などが主な就職先です。東海地方のメーカーへの就職には非常に強く、「採用を増やしたい大学ランキング」で全国1位に選ばれた実績もあります。
ただし、IT系トップ企業やGAFAMへの就職実績はNAISTやJAISTと比べると限定的です。大学の性格として、研究志向というよりは実務・産業寄りの教育を重視しています。
長岡技科大
長岡技科大は新潟県長岡市に位置し、豊橋技科大と同様に高専からの編入を主要ルートとしています。
就職先としては、富士通、日立製作所、キヤノン、セイコーエプソン、NTTデータ・アイ、NTTテクノクロスなどが確認されています。就職率は98.1%とほぼ100%で、有名400社への就職率は24%です。企業の人事担当者が選ぶ大学イメージ調査で総合1位を取ったこともあり、産業界からの評価は高いです。
しかし、先ほど述べた「NTT本体 vs NTTグループ子会社」の構図が典型的に表れるのがこのポジションです。大手に入れないわけではないものの、「大手本体」と「大手子会社」の差が出やすい傾向があります。
5校の就職力を総括する
ここまでの情報を踏まえて、情報系修士としての就職力を総括すると、以下のような序列になります。
トップ企業(GAFAM、NTT研究所等)への就職しやすさでは、旧帝大上位(東大・京大)が最も強く、次いでNAISTが分野次第で肩を並べます。旧帝大中〜下位(北大・東北大・九大等)とJAISTがその次に位置し、豊橋技科大・長岡技科大は大手の子会社を含む形での就職が中心となります。
大手メーカー・SIerへの就職では、旧帝大、NAIST、JAISTの間に大きな差はありません。技科大2校もこの層には十分に到達しています。
就職率自体は5校とも非常に高く、情報系修士で「就職できない」というリスクはほぼないと言えるでしょう。
「学歴ブランド」は本当に必要なのか
ここで、少し踏み込んだ話をしたいと思います。
旧帝大のブランド力が強いのは事実です。特に、コンサルティングファーム、総合商社、外資金融といった「学歴フィルター」が厳しいとされる業界では、大学名がモノを言います。この点に関しては、NAISTが旧帝大に勝つのは難しいでしょう。
しかし、情報系のエンジニアや研究者として就職する場合、話はかなり変わってきます。
IT業界、特にソフトウェアエンジニアの世界では、学歴よりも「何ができるか」「どんな研究をしてきたか」が重視される傾向が強まっています。GitHubのコントリビューション、国際会議での論文採択、インターンでの実績。これらが採用の決め手になるケースは少なくありません。
筆者の場合、「災害時の地下街避難誘導システム」という研究テーマは、面接で非常に強いアピールポイントになりました。Wi-Fiによる屋内測位、時刻同期プロトコル、自律分散型アプリケーション。これらは単なるアカデミックな研究ではなく、社会実装を見据えた技術課題です。「東大です」という肩書きよりも、「GPSが届かない地下街で人を安全に誘導するシステムを作っていました」という具体的なストーリーの方が、技術者を採用する人事には響くのです。
実際、筆者の就職活動はインターンから始まりました。楽天、東芝、Speeeの3社に応募し、2社に絞ろうと考えていたところ、楽天のインターン選考は1位で通過。しかし、東芝とSpeeeの方が先にスケジュールが決まっていたため、そちらを優先しました。楽天のインターン選考1位という結果は、NAISTの学生が大手IT企業の選考で十分に戦えることを示す一つの例だと思います。
余談ですが、ゴールドマン・サックスのコーディング部門からもオファーをいただいていました。外資金融のエンジニアポジションですから、給与面では間違いなくトップクラスです。しかし、これも断りました。理由はシンプルで、金融ドメインだけでは将来の起業に向けた「技術の幅」が足りないと判断したからです。NAISTから外資金融のオファーが来るという事実は、「大学院大学だから就職で不利」という思い込みを覆す一つの証拠だと思います。
最終的に就職先として選んだのは東芝の研究所でした。筆者は学生時代からいずれ起業しようと考えていました。その観点で見ると、楽天やSpeeeのようなEC・Web系企業ではドメインが限定されがちですし、ゴールドマン・サックスも金融という一つの業界に閉じてしまう。一方、東芝であれば研究所を起点にインフラ、半導体、エネルギー、IoTと幅広い技術レイヤーと業種を経験できる。給料は正直どこよりも低いだろうと覚悟していましたが、将来の起業を見据えて「エンジニアとしての引き出しの多さ」を取りました。この判断は結果的に正しかったと思っています。
大手メーカーの研究所は旧帝大出身者が多いポジションですが、NAISTの研究実績で十分に勝負できました。その後、東芝テックの役員室に移り、事業の意思決定に近い立場を経験。そして現在は、生成AI系のプロダクトで起業しています。研究所、事業部門の経営層、そして起業。このキャリアパスは、NAISTだから歩めなかったものではなく、むしろNAISTで「自分の研究で勝負する」という姿勢を叩き込まれたからこそ踏み出せた道だと思っています。
ちなみに、筆者の指導教員はmp3エンコーダ「LAME」プロジェクトで国際的に名の知れた研究者でした。筆者自身の研究テーマは音声とは全く異なりますが、OSSの世界で鍛えられた先生のもとでの研究生活は、技術に対するオープンな姿勢や国際感覚を培う上で大きな財産になりました。こうした「研究室の文化」は、大学名だけでは測れない価値です。
もちろん、これは「学歴が無意味」と言いたいわけではありません。学歴がフィルターとして機能する場面は確実に存在します。ただ、情報系に限って言えば、「学歴のために妥協して興味のない研究室に行く」くらいなら、「学歴は多少落ちても、やりたい研究ができる環境に行く」方が、結果的に就職でも強くなる可能性があるということです。
NAIST進学を検討している人へのアドバイス
最後に、NAIST(あるいはJAISTや技科大)への進学を検討している方に向けて、いくつかアドバイスを記しておきます。
研究室選びが全て
大学院大学は、大学名のブランドではなく「研究室」で選ぶ場所です。NAISTの中でも、国際会議に毎年のように通している研究室と、そうでない研究室では就職先に大きな差が出ます。教員の研究実績、過去の修了生の進路、研究室の雰囲気をしっかり調べた上で志望研究室を決めてください。
入学前からアウトプットを始める
NAISTに限らず、情報系の大学院生が就職で差をつけるには、研究以外のアウトプットが重要です。GitHubでのOSS活動、技術ブログの執筆、ハッカソンへの参加、インターンの経験。これらは学歴のハンデ(もしあったとしても)を完全に補って余りあるものです。
「知名度の低さ」を逆手に取る
NAISTの知名度が低いことを心配する方は多いですが、これは逆手に取ることもできます。面接で「NAISTとは何か」を説明する機会が自然と生まれるため、自分の研究内容や大学院の特色をアピールする導入として使えるのです。旧帝大の場合、大学名を言うだけで「ああ、知ってます」で終わってしまい、かえって自分の話をする機会を逃すこともあります。
経済面も見落とさない
大学院の2年間は決して短くありません。NAISTは奨学金制度が標準的ですが、JAISTは独自奨学金で最大半額になるケースがあります。経済的な事情がある場合は、JAISTも選択肢に入れてみてください。研究室の質という点では、JAISTにも優れた研究室は多数あります。
まとめ ── NAISTと旧帝大の就職、結局どうなのか
この記事で述べてきたことをまとめます。
就職先の「顔ぶれ」は、NAISTと旧帝大で大きく重なっています。NTTグループ、ソニー、日立、富士通、パナソニック、トヨタ系といった大手企業は、どちらからでもアクセス可能です。
旧帝大が明確に優位なのは、コンサル・商社・外資金融など「学歴ブランド重視」の業界と、OB・OGネットワークを活かした就職活動の場面です。
NAISTが旧帝大と同等、あるいは上回り得るのは、特定の研究分野(NLP、音声、画像等)に関連するトップ企業への就職と、技術力・研究成果で評価されるIT企業への就職です。
JAISTはNAISTに近い就職力を持ちつつ、経済面と社会人コースに強みがあります。技科大2校は「しょぼい」のではなく「方向性が違う」のであり、メーカー就職のコストパフォーマンスは高いです。
筆者自身の経験を振り返ると、NAISTを選んだことに後悔はありません。自分がやりたいニッチな研究に没頭でき、世界的に活躍する先生のもとで学べたこと。それが就職においても大きな武器になりました。実際、修了後は東芝の研究所に入り、その後は東芝テックの役員室を経て、現在は生成AI系のプロダクトで起業しています。NAISTという選択が、キャリアの可能性を狭めることはありませんでした。むしろ、研究所→事業部門→起業という振れ幅の大きいキャリアを歩めたのは、NAISTで培った「技術で勝負する」というマインドセットがあったからこそだと感じています。
大学院選びに「絶対の正解」はありません。しかし、「自分が何をやりたいか」「その分野で最も良い環境はどこか」という問いに正直に向き合えば、結果はついてくるものだと思います。
筆者は高専で推薦入学して2位を取り、やる気をなくし、東大を勧められても勉強する気になれず、「地下街の避難誘導」というニッチな研究テーマとLAMEプロジェクトで名を馳せた先生を追ってNAISTに飛び込みました。端から見れば回り道かもしれません。でも、結果的にはその「回り道」が、自分にしか語れないキャリアのストーリーを作ってくれました。
情報系の大学院選びで迷っている方がいたら、ぜひ偏差値表を閉じて、まずは各大学の研究室のWebサイトを覗いてみてください。そこにいる先生が何をしているか、修了生がどこに行っているか。それを見れば、自分にとっての「正解」が見えてくるはずです。
筆者プロフィール:高専から推薦入学→NAIST情報科学領域修了→東芝研究所→東芝テック役員室を経て、現在は生成AI系プロダクトで起業。
