もっと早く勉強しておけばよかった…って,いつからが正解だったんだろう? まだ間に合いますよ!!

教養講座95 世界史用語集 World History Glossary
たぶん,文系の人には何のことだかわからないだろう。きっと当たり前のように教養として身に着けてきたことであり,この用語について知らないなんて「やばすぎる」と思われるだろうが,理系を代表して言おう!「いや,知らねぇし!」本当に教養系の本を読むと,これでもかと出てくる世界史用語の数々にどれだけ苦しめられてきたか,「ジャコバン」「テルミドール」「100年戦争」「アナトリア高原」「ザンベジ川」枚挙にいとまがない。理系用語で返すならば「ギブスのフリーエネルギー」「ハミルトニアン」「ラグランジュアン」みたいなもので,文系の人は「なんのこっちゃ」と思ってしまう程,専門用語はわかりづらい。そこで,よく出る(個人的見解)世界史用語を,紙面の許す限りお伝えしよう。
(1) 肥沃な三日月地帯“Fertile Crescent”
このように横文字でこられることがある。肥沃な三日月地帯くらい知っているよ,と言っても横文字だとやられる場合がある。英語の長文などで注意が必要だ。ちなみに,この瞬間に古代オリエントの時代にフォーカスしなくてはいけない。アラビア半島の上のあたりとでも思っていればよくて,当時こここが人種のるつぼで,争いも絶えなかった。メソポタミア寄りだが,エジプトもちょっかいを出してくる地区。イスラエルとかソロモンとか聞いたら,ここ。

(2) バビロン捕囚
簡単に言うと,ユダという国の人たちがネブカドネザル王(言いたい)にバビロンに強制移住された話。ポイントは,バビロンの生活で自分たちの文化的な拠り所がなくなってしまうので「律法」主義的な宗教が誕生したといわれている。

(3) ルビコン川
カエサルが,ローマとガリアを分ける川を,軍隊を持って渡ること=ローマ法を破る決断をすること。「賽は投げられた」と同じ意味でまさに同じ瞬間に使われた。ならば「賽は投げられた」でいいのに,いきって最近は「ルビコンを渡る」的な使い方が流行った。

(4) カノッサの屈辱
キリスト教的な秩序と,領主様による封建制が入り混じったこの時代に,キリスト教が強く,世俗の王であるローマ王が教皇に裸足のままカノッサ城の城門で許しを請うた話。キリスト教>世俗の王という時代だよ,ということ。

(5) 十字軍と地中海・北方貿易圏
聖地エルサレムを奪回するために,ヨーロッパの人々が中東に軍を派遣して,いつの間にか貿易になる。このおかげで,様々な知識や技術が東方(イスラム側)から西洋にもたらされ,西洋も貿易で儲かるハンザ同盟やフッガー家などが出てくる。ヨーロッパの都市がだんだんと出来上がってくるきっかけとなる。

(6) 身分制
日本でいうと士農工商みたいな感じ。イギリスではパーラメント(議会),フランスでは三部会,ドイツではラントシュテンデなどがある。簡単には,高位聖職者,高級貴族,都市代表みたいな感じで,結局は商業で金を設けた人がうまくやれるようになっていた。

(7) ジェントリー(郷紳層)
もとはナイト(騎士)だった層が,中小領主として羊毛生産を通じて貨幣を手にしていたが,軍事的な性格を弱めて小地主貴族に転化し,所領経営に力を注ぐようになった。イギリスの紳士の始まりみたいなもの。議会にも影響力を持ち,その土地の名士のような存在となる。

(8) 一〇〇年戦争
イギリスとフランスはいまでこそ海を隔てて島と大陸というイメージだが,この頃は,大陸側にイギリスの都市がいくつかあった。商業の発展とともに,都市の取り合いから国家拡大など様々な理由で,最後は理由がわからなくなるだろう程の長期間の戦争へと突入した。

(9) スコラ哲学
いわゆる,キリスト教の聖職者の中で育った哲学。アウグスティヌス,トマス・アクィナスが有名。神学の科学とも呼ばれる。理性(論理)と信仰(宗教)は別でしょ,ってオッカムに言われて衰退した。

(10) 宗教戦争
時代的には,大学もでき始めて,人民の流動が起きていたので,大学に若者も集まって勉強できる状況にあった。そこで,書物が行き渡り,個々に学んで意見を言う風潮もあったため,様々な宗派もできていた。フス派などもその一つで,追いやられてしまったりしていたが,同時多発的に様々な場所で起きた。ルターが一番有名。

(11) フランス革命
これだけで,用語のオンパレード。だから簡単に述べていく。
「第三身分」=「貴族と僧侶以外,大商人・経営者・貧乏な人が混ざっていた」
「ブルジョワジー」=「富裕な経営者(当時は農村ブルジョワジーがいた)」
「テルミドール九日」=「当時のめんどくさい暦があって,それがテルミドール。この時に起きたクーデターで,当時の中心だったロベスピエールが殺された
「ブリュメール一八日」=「またまたよくわからない暦の結果。クーデターでナポレオンの軍事独裁の道が開かれた」

(12) ウィーン体制
いわゆる,現在のヨーロッパの形がなんとなくできたこと。ナポレオンが強すぎて,周りの国々が協力し合って自分の領土を意識して国民国家への足がかりを作った体制。

というわけで,ざっくりと並べてきたが専門家からは叱られると思う。とはいえ,何も知らないで本を読むよりはいいと思う。世界史用語はきりがなく,無限にあるので,本当に学びたい人は世界史を選択しよう。大学でも教養課程で選択できるはずなので,がんばってほしい。
