【アルジェリア】あのイヴ・サン=ローランは、オランで育った
オランの闘牛場
前回はオランの要塞と宮殿を巡ってきましたが、ここからは少し視点を変えて、この街の別の顔を見ていきたいと思います。その一つに、オランに今も残る闘牛場があります。
闘牛文化がオランに伝わったのは1880年代、スペインからの移民たちによってでした。最初にできたのは木造の闘牛場。フランス皇帝ナポレオン3世が、スペイン出身の妻ウジェニー皇后のためにこの闘牛場を作らせた、という言い伝えも残っています。今の円形の建物は1954年に改修されたものですが、1960年のアルジェリア独立戦争を機に闘牛そのものは行われなくなりました。今は絵画展などの文化イベント会場として使われています。

イヴ・サン=ローランが生まれ育った家
他にも、オランは世界的なファッションデザイナー、イヴ・サン=ローランが生まれ育った街でもあります。彼がモロッコに別荘を構えていたことでも知られていますが、実際に生まれ育ったのはこのオランでした。1936年にこの街で生まれ、18歳までここで過ごしています。彼は後年、子供の頃を振り返り、「当時の私たちの世界はオランであって、パリではなかった」と語っています。

1962年、アルジェリア独立戦争が終わったその年、彼の両親と姉妹たちも、フランスへ逃れる人々の流れに加わりました。
その後もこの家にはアルジェリア人家族が住み続けていましたが、長い年月のうちに建物は老朽化し、荒れた状態になっていったといいます。
そんな生家が再び注目されるようになったのは、2022年。オランで地中海競技大会が開かれたのをきっかけに修復され、アルジェリア初の私設美術館として公開されました。

館内には、当時の床タイルや家具の一部が残され、リビングやダイニング、書斎も保存されています。サン=ローランがここで数多くのスケッチを描き、その一部も見ることができます。
最後はショッピングモール
スペインが持ち込んだ闘牛、そしてこの街が生んだ世界的なデザイナー。
そしてこの街最後に立ち寄ったショッピングモールは、子供が元気に走り回っていたり飲食店がたくさんあったりと、オランの今を感じることができる場所でした。

オランの街歩きを振り返って
名前の由来となったライオン、幾度も奪い合われた要塞、そして形を変えながらもこの街に残ってきた闘牛場。イヴ・サン=ローランの生家を買い取り、修復した地元の実業家は、「私たちはこの仕立て屋を、オラン出身のアルジェリア人として誇りに思う」と語っています。
スペインも、オスマン帝国も、フランスも、この街を治めた時代がありました。
それでも今、オランはアルジェリアの街です。さまざまな人々が行き交い、支配し、文化を残してきた歴史の先に、今のオランがあります。
