「普通には妊娠できない」から始まった私の2年間の治療【体験談】【不妊治療#1】
「言いますけどね、あなた、普通に妊娠はできないですからね」
こんにちは、みぞです。
上の言葉は、私が病院で検査結果を聞く際、1発目に医師から言われた言葉です。
今日は、不妊治療を始めた頃のことを書きます。
私は幸いなことに2年弱の不妊治療で息子を授かることができました。現在息子は3歳です。
ですが私が不妊治療を始めた時は、暴言ともとれるような発言を医師から言われ、採卵も失敗、移植も失敗、と終わりが見えない、むしろスタートってどこ??な状態で不妊治療を続けていました。
全ての人が望む結果を得られるわけではないと私ももちろん理解しています。
だからこれからの記事を読めばあなたも絶対妊娠できるから大丈夫!なんて無責任なことは言いません。
ただ、不妊治療が長引けば長引くほど、人はほんの少しの希望にすがりたくなる。
前例がひとつでもないと、心が折れてしまう瞬間があることも私はよく知っています。
私がこれから記事にすることで、こんな酷い言葉を投げかけられても、出産にこぎ着けることができた人もいるのだと、誰かの小さな希望になればいいなと思い、投稿します。
1 治療を始めたきっかけ
私が不妊治療を始めたのは2019年の10月頃です。
私は同年3月に警察官を退職したので、このころは家事中心の生活をしていました。
警察官は勤務が不規則で、事件の状況次第では
食事抜き・睡眠ゼロ
なんて珍しくありません。
そのため私は在職中、健康診断で7年中6年引っかかっていました。
特にひどかったのが白血球数。
基準値が3,500~9,100個/μLと言われる中、私は多い時で2,900、酷い時は1,200。
そりゃ再検査になりますよね。
ちなみに退職から1年後、不妊治療の検査では白血球は7,500の基準値に回復。あの仕事がいかに体に負担をかけていたか…笑
また、警察官になってからは生理不順の傾向も強くなり、2ヶ月生理が来ないのは当たり前でした。
ただ私は生理痛が酷く、薬を飲んでも痛みが引かずに動けないことも多々あったので、正直生理が来ない方が仕事や生活がしやすく、警察官を退職した後も治療もせずに長年放置していたんです。
とは言えこの時私は30歳。子供のことを考えると、流石にいつまでも放置していてはよくないなーとは思っていました。
そこで生理不順のことを産婦人科に相談しにいったところ、経腟超音波検査を受け、卵巣の確認をされました。
そして後日の診断結果は
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の疑い。排卵障害の可能性あり。
不妊専門の病院へ紹介します。
と言うものでした。
この一言が私の不妊治療の始まりのきっかけとなったのです。
2 治療を決める前の状態
私と夫は職場結婚で、同じ部署でした。
お互い仕事の大変さを知っていたので、愚痴も相談も共有できる、良い関係だったと思います。
当時結婚2年目。2人とも30代。
それでも子どものことはそこまで深く考えていませんでした。
私は退職後、心身ともに少し余裕が出てきていたので、
「まあ、そのうちできるだろう」
と完全に楽観視していました。
というのも、数年前に3ヶ月生理が来なかった時、
ホルモン注射1本で即復活したという経験があったからです。
今回もきっと同じだと思っていました。
3 初めての病院
紹介された病院(以下A病院)は、自宅から車で片道1時間。
青森は不妊治療の病院が少なく、その中でもA病院は成功率トップレベル。
だから当然激混みです。
私が排卵障害を指摘されてから受診できたのは、1ヶ月後の11月でした。
初診では血液検査と超音波検査のみ。
私の認識は
「生理不順の排卵障害だから、注射打てばすぐ治るでしょ」
でした。
まさか、自分が本格的な不妊治療に入るなんて思ってもいませんでした。
4 言われた言葉
私の運命の日、12月19日。
A病院は本当に人気で、予約をして行っても2時間待たされたりすることもザラでした。
今、夫とのLineを確認してみましたが、この日も予約から1時間が経っても診察室に呼ばれていなかったみたいです。
ようやく診察室に呼ばれた時、私はやっと終わるじゃーん等とかるーく考えていたんです。
車で往復2時間、待機で1時間ともなると結構疲れてしまうので。
それなのに、私が診察室の椅子に座った瞬間
「言いますけどね、あなた、普通に妊娠はできないですからね」
と冒頭のセリフを男性医師に告げられてしまいました。
5 脳が理解を拒んだ言葉
ん?んん????
今、え?何て??
普通に妊娠できない??どういうこと??
本当に座った直後、挨拶等も何もなしに言われてしまったので、私は面食らっていました。
頭の中が真っ白ってこういう時のことを言うんだろうなぁと今となっては思いますが、その言葉を聞いた時は言葉の意味が理解できず、ぽけっとただ座っていただけでした。
続けて医師はもう一言私に言いました。
あなたはもう自然妊娠の望みはほとんどないから、タイミング法とか体内受精ではなく、最初から体外受精をしていくよ
と。
その後、医師の方はいろいろ言葉を続けていたと思いますが、今となってはまったく思い出すことができません。
もう「普通に妊娠できない」というワードが強すぎて、他は全部記憶から飛んでしまったみたいです笑
ただ、医師の隣に立っていた女性看護師は、気まずそうな、悲しそうな表情をしてこちらを見ていたという記憶だけが私の中に残っています。
6 絶望に突き落とされた
一通り今後の説明が終わった後、医師の方はささっと退室。
次の患者さんもいるので、それは仕方がなかったと思います。
ただこちらは茫然自失。
あら、あっさり終わるのね
え、私は注射を受けてそのまま症状が回復するはずでは?
生理がくれば、元通りになるのではないの?
という思いでいっぱい。
普通に、妊娠できない?
時間が経つにつれて、その言葉がじわじわと体に浸透していきました。
妊娠できない、妊娠できない、”普通に”妊娠できない………
女として、欠陥品?
ポン、と言葉が浮かんだ瞬間、ブワッと感情が爆発してしまい、気付いた時には私は診察室で堰を切ったように泣いていました。
今なら「女として欠陥品なんてあるわけなかろうが!!馬鹿な事考えてんじゃねーぞこんちくしょうめ!!!」ぐらいの勢いで自分の精神を守ることができますが、当時はそういう精神ではありませんでした。
妊娠できない、私は普通じゃないんだ
体に負担をかけすぎたから?生理不順を放置していたから?
どうしよう、どうしよう…
喉がヒリヒリするような感情がぐるぐるぐるぐると渦巻いて、動くことができませんでした。
今すぐ子供が欲しいと思っていたわけではないのに、いざ事実を突き付けられるとこれほどの衝撃。
これがもし、子供を切望している時にこの話をされていたとしたら。
一緒に診察室にいた看護師さんが
大丈夫だからね、急に言われてびっくりしたよね
妊娠できないと決まったわけじゃないからね
これから治療頑張っていこう
と言いながらしばらく背中をさすり続けてくれたのが、唯一の救いでした。
7 今後の治療方針
しばらくして泣き止んだ後、私は別室に通されて、先ほどの看護師さんとは別の看護師さんから今後の治療に関する資料を渡されました。
資料を確認しながら丁寧に説明をしてもらった記憶がありますが、このあたりも正直何を言われたか今は覚えていません。
ただ、流石に治療方針や言われたことが全部ぶっとんでいると、なんにも記事をかけないじゃん、やばいなと思って自身のスマホを漁ったところ、聞いていないようでちゃんと聞いていた過去の私がこの日に言われたことをメモに残していました。
よくやった私。


このメモを読み返してみて、あぁ確かにこんなことを言われた、こんな治療をしたと記憶が少しづつ掘り起こされています。
あんなにワンワンと泣いていたのに、のど元過ぎればなんとやらだ、と自分のメンタルの強さには脱帽です。
このメンタルがあったからこそ、不妊治療に耐えられたのかもしれません。
このように、私の不妊治療は心を抉るような一言から始まって行きました。
あまりにも長くなってしまったので、今日はここまでにします。
次回は、旦那に結果を告げ、治療を継続することに決めた日のことを書きます。
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それでは。
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