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自分のパンツは自分で洗え〜6、お金を出して、男を買う。④




     ○


「大丈夫? 痛くなかった?」

 念入りに温度を確認したシャワーを浴びせながら、アキヒロ君が言った。

 ボディーソープは無香のほうがいい? その気配りに、ラブホテルに二種類のボディーソープがある意味を知る。私は湯上がりのいい匂いをさせて歩いても全く問題なく、もこもこに泡立てたボディーソープで彼は背中を洗った。

「痛くなかったよ、ありがとう」

「最後まで、緊張をほぐしてあげられなくてごめんね」

 結局、私は身体に緊張を残して終わった。しかし、事後からアキヒロ君との距離が縮まったのを感じる。あれだけ密着したのだから当たり前といえば当たり前なのだが、2時間前に会ったばかりの相手とここまで親密になれるとは思わなかった。

   私がボディーソープを手に取ると、彼は心地よさそうに身を委ねている。こうやって誰かとお風呂に入るのも久しぶりのことだ。

「女の人は、信頼関係がないと身体を開けない人が多いでしょ? だから、まるの緊張をほぐそうと思ってたんだけど……」

「アキヒロ君がいろいろ頑張ってくれたから、私も嬉しかったよ」

「まるは本当に、気配り屋さんだね」

 鍛え抜かれた筋肉。男性の身体を見るのが久し振りで、思わず「ごちそうさまです」と言うと爆笑された。パーソナルスペースをぐんと縮めたゼロの距離感。親しみやすい背丈の彼は、並ぶと顔が近くにあった。

   キスをすることにも、もう抵抗はない。

 シャワーでマッサージオイルを洗い流し、お湯をためた湯船に入る。広いバスタブの中、彼に後ろから抱きかかえられるように脚を伸ばした。

「まる、次はいつ東京に来る?」

「わかんない。でも、夏には来れたら良いなって思ってるよ」

 乳白色の入浴剤が湯船の中を隠している。しかし、背後から抱きしめられるのは見ずともわかる。ついさっきまでベッドの上で裸を晒していたのだ、羞恥心はどこかに置き忘れていた。

「またこっち来ることがあったら連絡して」

「そうだね。次、打ち合わせで上京するときは連絡するよ」

 最初の女風利用では信頼関係を築けず、ガチガチに緊張したまま終わることはよくあるらしい。アキヒロ君のそれはリピートの営業ではなく、信頼関係の大切さを伝えたかったようだ。

   しばし、お風呂の中でいろんな話をする。アキヒロ君はもちろん源氏名だか、命名にも由来があるらしい。LDH系男子として有名な男性から名前をもらったらしいが、私にはピンとくるアーティストがおらず、最近の言葉を追いきれていない自分に気がついた。

「……まるが悩む事なんてなにもないよ」

 施術はじめのマッサージの時間。私がこぼした悩みについて、彼はずっと考えてくれていたらしい。

「緊張してても、僕に身体を委ねてくれたでしょう? 勇気を出してくれたことがとても嬉しかったし、僕も抱き合ってて気持ちよかったよ」

「触ってるだけでも、男の人は気持ちいいものなの?」

「この白い肌を見ると男は興奮するよ。ずっと触っていたくなるし、離れたくない」

 アキヒロ君は、男性がどういうポイントにぐっとくるかを教えてくれる。若いころより脂肪がついた身体も、やわらかくて抱き心地が良いこと。「この手はもう本能だね」と、ずっとお尻を撫でていた。

「でも私、貧乳だし」

「これは貧乳とは言わない」

   痩せすぎて骨と皮だった頃、付き合っていた彼には貧乳と言われ続けていた。10kg太った今でも胸がない自分にコンプレックスを抱いていたが、アキヒロ君はそれを力強く否定する。

「まるが街コンで会った男たちなんてさ、本当に……こんなもんだから」

 彼が親指と人差し指で示した「こんなもん」は、とても小さかった。

「だから、まるが落ち込む必要なんてなにもないんだよ」

「……ありがとう」

 女性を顔や若さで判断したり、明らかな身体目的で接する男なんてほんの一部。世の中にはたくさんの男性がいるのだと、彼は教えてくれた。

「次に会うときは、まるもどんなことをして欲しいとか積極的に教えてね」

 それはカウンセリング時にも言われていたことだ。こんな風にして欲しいとか、希望があれば遠慮なく言ってね。しかし、私は最後まで自分の意志を伝えることができなかった。

「……なんていうか、こうしてほしいって、言っちゃだめなのかなって思っちゃう」

「今までの彼氏に、一度も、そういうこと伝えなかったの?」

「あるにはあったけど……うるさいって言われて終わりだったから」

 おぼこい箱入り娘ならともかく、耳年増の私にはそれなりの知識がある。リクエストもそんなに偏ったものではなく、親密なスキンシップがしたいと提案しただけなのだが。初めて付き合った彼氏は、私が自分の意志を伝えるのを嫌がるふしがあった。

「だから、相手のやりたいことに合わせるしかないのかなって……うまく反応できないのも自分が悪いのかなって」

「セックスはふたりで気持ちよくなるものでしょう?」

 その言葉に、目から鱗が落ちた。

「相手が気持ちよくなってる姿を見ると、こっちも興奮して気持ちよくなるしさ。そんな一方的にされて、まるが気持ち良くなるわけないじゃん」

 そう……なのか。初めて言葉を知った子どものように、私は何度もまばたきをする。

 湯船の中で手を繋ぐ。絡めた指先がじゃれつく。そんなスキンシップが、とても、優しい。

 私、こうやって優しくされたこと、いままであったかな。

 初体験の思い出は最悪だった。最初の彼氏とは長く付き合ったが、私の夜の振る舞いに、嫌がってばかりだと文句を言われていた。

 次に付き合った彼氏は私が初めての相手だった。すぐに別れたが、その後、早々に新しい彼女を作って結婚したらしい。もともとプライドの高い人だったが、童貞を捨てて自信つけたのだろう。

 自身の大きさを自慢する人もいたな。数少ない男性経験を思い返しても、私は相手の行為に身を任せるばかりだった。マグロと言えばそれまでだが、自分が男性側の快楽を邪魔してはいけないという意識があったのだ。

   それゆえに、アキヒロ君の相手を思いやる施術には戸惑いを隠せなかった。

  仕事といえばそれまで。いや、彼は私をひとりの人間として尊重してくれていた。嘘やおためごかしもなく、余計な愛の囁きもなく、緊張する私の気持ちに寄り添ってくれていた。

「まると一緒にいると、僕も仕事を忘れて楽しくなるけど、それはまるが色々気を遣ってくれるからでしょ?」

   相手に気を使うのは昔から染みついている習性だ。仕事や私生活で、我儘でコロコロと機嫌の変わる人とばかり関わっていると、相手の顔色を窺って行動するのが当たり前になっていた。

「まるが気を使いすぎて疲れちゃわないか、心配だよ」

   私を抱きしめながら、アキヒロ君が言う。

   そのぬくもりを考えながら、私は今までの恋愛経験を思い出していた。

   今までの恋人たちは、自分の欲望ばかりを押し付けてくる人ばかりだった。

   けれど、それを許してばかりいたのは私自身ではないだろうか。

   悲劇のヒロインを演じるつもりはない。恋愛において、相手ばかりが悪いということは存在しない。

   私にも悪いところはあったのだ。

   今までの恋人たちが、私のことを大切にしなかったわけではない。

   けれど。



   私が一番、自分のことを大切にしていなかったのだ。


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