自分のパンツは自分で洗え〜8、婚活で運命とか言われても⑥
○
『恋愛の相談がしたいならちゃんと相手の生年月日を調べてから来てください』
地下歩行空間の占い師につっけんどんにそう言われ、私はしぶしぶ角田さんとの待ち合わせ場所に向かった。
相変わらず、占い師を見つけては今後の人生を相談していた。目下の悩みは作家活動についてであり、繁忙期の仕事や作家活動の今後についてを占っていてもらったはずが、婚活の話をすると急に『相手の生年月日は?』と話を変えられたのだった。
正直、角田さんとの相性より大切なのは今後の作家活動だ。しかしどの話も中途半端に終わり、私は消化不良な気持ちのまま待ち合わせ場所に向かった。
角田さんとの二度目の聖地巡礼は東区にあるサッポロビール園。地下鉄駅からもJR駅からも微妙に距離があり、車を持っていないと気軽に立ち寄れないスポットだ。しかし、開拓時代に築かれたサッポロビールの歴史を学べる博物館があり、その施設もまたゴールデンカムイの舞台になった場所だった。
待ち合わせはビール園近くの商業施設。土曜の午前出勤が終わった私は大慌てで目印の場所に向かった。5月も下旬になり北海道も汗ばむ日が増え、来ていた上着を小脇に抱えていたのは角田さんも同じだった。
その姿を見て、私は内心、ん? と呟いた。
……そのお腹、もしかして、脂肪?
ジャケットを羽織っていると気づかなかったが、薄着になると突き出たお腹が目立った。 ずいぶんと体格が良いとは思っていたが、自衛官なら鍛えた身体でそうなっているのだと思った。しかし、予想外に突き出たお腹に内心動揺していた。
同い年の33歳で、その太鼓腹。
「……お待たせしました、遅くなってごめんなさい」
動揺を悟られないよう、私は笑顔で声をかける。仕事終わりで大荷物だった私に、角田さんは「持ちましょうか?」と声をかけてくれる優しさがあった。が、私は「大丈夫です、自分で持てます」と返し、我ながらそういうとこだよ、とつっこむ。
サッポロビール園の工場見学は無料エリアと有料エリアがあり、予約をしていなかった私たちは無料エリアをまわった。無料とは侮るなかれ、北海道開拓の歴史やサッポロビールの成り立ちはビール園をまわるだけで存分に学ぶことができるのだ。
展示物を読みながらさくさくまわる私と違い、角田さんはひとつの展示に時間をかけていた。あまりに間が空くので戻ってみると、観光客用に翻訳された英文を読んではひとつひとつ単語を調べているのだ。
「僕、大学で英語を勉強していたので、わからない単語があるとつい調べてしまって」
「……でもこれ、ようするにこういう表現ですよね?」
私が読み上げた日本語訳を聞いて、角田さんが目を丸くする。
「田丸さん、英語わかるんですか!?」
「いえ。単語のつながりで、こういう文章なのかなって思ったので」
「つまり地頭が良いって事ですね」
かつて観光地の富良野に住み込みで働いていた際、決まった表現を見ては野性的勘で読んでいたのだ。ちなみに英語力は英検3級、中学生レベルで止まっている。
「海外の言葉がわからなくても、仕事で必要な単語は覚えるじゃないですか。中国語とか韓国語とか、単語を知ってるだけで伝わることもあるし」
「韓国語まで!?」
大げさなリアクションに、私は以前彼が言っていたことを思い出す。
『もともと。前の彼女は僕の世間知らずなところを良く思っていなかった見たいで……僕、知らないものがあると過剰に反応するクセがあるんですよ』
これがそうか。自衛官という特殊な世界にいるからこそ、一般社会のとの違いで戸惑うのかと思っていたが、これはそれ以前の問題だ。
自分が知らない世界に触れるのって楽しいことなんだけど。過剰に反応する角田さんは自分だけの世界がすべてと思っているように感じた。
北海道開拓の歴史を学んだ後、サッポロビール園では格安でビールの飲み比べができる。しかし、今回のメインは施設内にあるジンギスカン食べ放題。道民のDNAに刻まれているラム肉をサッポロビールで流し込む至福の時間を、私たちは心待ちにしていた。
サッポロビール園のジンギスカン鍋は観光客向けに北海道の形をしている。鍋から飛び出た稚内や函館に触ってしまうと火傷するから要注意だ。タッチパネルで料理を注文し、お酒はセルフサービスでドリンクカウンターに向かった。
では、乾杯。なみなみ注がれたビールのジョッキを掲げ、私たちはごくごくと喉を鳴らす。
ぷはー、の感嘆はおじさん臭くてもやめられない。生粋の道産子である私たちはジンギスカン鍋の使いかたもお手のもの。慣れた様子で焼き野菜とラム肉を乗せ、ゴールデンカムイのモデルになったエリアについて会話が弾んだ。
同じ作品を語り合える仲のなんと楽しいこと。ビールの酔いで口も滑らかになる。羊肉の脂が染みついた室内で、私たちはおかわりを頼んではもりもりと食べていた。
「私、健康診断前で食事制限してるから、焼き肉久しぶりです……!」
春から夏にかけての繁忙期はストレスで体重が増えがちだ。年に一度の健康診断の日取りが決まり、せめてもの抵抗にと日常の摂取カロリーを控えめにしていた。
「偉いですね。僕、今年の健康診断はもう終わったんですけど」
「角田さんはまだ若者の健康診断ですか? 35歳以上になると胃カメラとかバリウムとか検査項目増えるじゃないですか」
所属する健康保険の組合によって多少の差があるらしい。33歳の私は短時間の一般健康診断だが、特定健康診断の年齢になるとバリウムや胃カメラのほか、腹囲を計測するメタボ診断などが加わるのだ。
「私、若いころのダイエットのせいで脂肪肝になったみたいで、たまに肝機能が引っかかってドクターに注意されちゃうんです」
「……肝機能、僕も指摘されますね」
誘導尋問成功。
「お酒を飲むとγGTPが上がるじゃないですか。私はそれ大丈夫なんですよ」
「いいですね。僕はγGTPの数値も高くて」
「お酒をたくさん飲むんです?」
「いえ……僕はご飯を食べる量が多いんです。健康診断でも注意されてるんですが、どうしてもやめられなくて」
そのお腹はビールではなく白米でできているらしい。
33歳、同い年。その年齢でこの不摂生。身体を鍛えるイメージの強い自衛官でも、職種によって運動量が違ってくるのかもしれない。
私は家系的に、糖尿病になる確率が普通の人よりも高い。幼いころから母に『あんたは運動が嫌いだから絶対糖尿病になるよ』と言われていたため、大人になってから運動の習慣をつけて自炊の食事も薄味にするよう気をつけていた。同じく糖尿病に気をつけるよう言われていた姉とともに、健康診断のHbA1cの数値に怯えながら過ごしている。
角田さんはジンギスカンに加え白米ももりもり食べている。対して、焼き野菜は私ばかりが食べていた。何度も注文しているがその大半を消費している自分。思わずトングで彼のほうに野菜を集めていた。
「それなら野菜をもっと食べないとだめでしょ」
私の言葉に、彼が嬉しそうに笑った。
いや、私はあなたのお母さんじゃないんですが。その言葉を飲み込む。そしておせっかいを焼いてしまった自分がまた、糖尿病で食事制限が必要な父に小言を言う母の姿と重なった。
父は結婚して私たち子どもがうまれてから糖尿病になった。母はそれが判明してすぐに料理の味付けを薄味に変えたため、それに慣れた私たちは自炊の料理も同じ味を好むように育ったのだ。
結婚してお互いに年齢を重ねて、そこで高血圧や肝機能を指摘されるなら妻として夫の体調を気にするだろう。
しかし、自らの不摂生で壊した身体を、なぜ私が気にかけてあげなければいけないのだろう?
……私はあなたのお母さんか?
ジンギスカンとビールでお腹も膨れ、ようやく食べるペースの落ち着いた私たちは、デザートのアイスクリームを注文した。
「そういえば、婚活パーティーでカップリングした人とはその後どうなったんですか?」
「……僕、複数の人と同時進行するの好きじゃないので」
つまり、角田さんは私以外の人とやりとりしていないらしい。
「あの、深い意味はないんですけど……良ければ今後も、一緒にゴールデンカムイの聖地巡礼をしませんか?」
「私でいいんですか?」
二人で会うようになって二度目だが、婚活の仲というよりはゴールデンカムイ好きの友人といった関係だ。私も彼に対して友人という気持ちしか抱いていない。
「深い意味はないんですけど……僕、将来を考えるなら自分に持っていないものを持っている人がよくて」
ん? と、私は首をかしげる。
「田丸さんは僕が知らない世界をたくさん知っていて、お話ししてとても楽しいです。僕は外の世界を知らない人間なので、一緒にいるなら自分が知らない世界を教えてくれる人がいいなと思って……」
……いや、女子か?
つっこみをビールとともに飲み込む。
自分にないものを持っている人を、私も素敵だと思う。今まで好きになった人もまた、アーティト系で自分の世界を確立している人が多かったーーそして大概がダメンズで失敗するダメンズウォーカーが爆誕したのだが。
そもそもこの言い方、別に私のことを好きなわけでもないよね? 角田さんは自分に自信がないから、一見キラキラしているように振る舞っている私から『自分にないもの』とやらを分けてもらおうと思ってるの?
……自分で、努力しないの?
……私が人生で苦労しながら得たものを、あなたの自信とやらを高めるために分け与えないといけないの?
「聖地巡礼のお誘いは嬉しいですが、6月は私も仕事が忙しくて、土日も休みが取れないと思うんです」
「僕は定期的に札幌に来てるので、その時にランチでもできたら」
「わざわざ2時間運転して会いに来るわけじゃないんですね?」
自分に会うために片道2時間運転してくるのは、体力的にもガソリン代的にも大変だろう。それを案じる私に、角田さんは慌てたように首を振る。
「僕は札幌の実家に帰るだけですから、そのあたりは気にしないでください」
帰るついでに会うくらいなら。しかし、6月は本当に予定が合わないと、私は念を押して彼に伝えた。
