自分のパンツは自分で洗え〜3、あなたの精子は老化しないんですか?④
近くのカフェに入り、それぞれ注文をする。E社では『最初のコーヒー代は割り勘』というルールがあるが、たまに男性が出してくれることがある。こういうのを繰り返すと、初回お断りの理由にコーヒー代を出さなかったと言う人も出始めるのでは……という心配もあり、前払いのカフェは精神的にも気楽だった。
一対一で座れる席を選び、あらためて挨拶をする。プロフィールではひとつ上だと思っていたが、話すうちに同い年だとわかった。誕生日の項目がないため、ある日突然年齢が上がる人もおり、11月生まれの私は同い年の中でも年下だと思われがちだ。
待ち合わせ時にも思ったが、Eさんは写真との印象がずいぶんと違った。顔立ちが別人というわけではなく、まとっている雰囲気があまりにも違うのだ。快活な笑みから会話をポンポン楽しむ人かと思っていたが、実際は話すときもあまり表情が変わらないタイプだった。
最初のお見合いで結婚の条件を羅列したDさんには驚いたが、その後のお見合いではルールどおりの雑談だった。趣味や仕事、休日の過ごし方について。実家住まいか独居かはプロフィールでわかるが、兄弟の有無などは会話から引き出さなければならない。
「……久深さん、副業ってなにしてるんですか?」
Eさんがコーヒーをすすりながらそう訊ねる。
「創作関係の仕事をしています。詳しくは仲良くなってからでもいいですか?」
「創作……なにか、絵画みたいな?」
「そんな感じの、クリエイター系ですね」
私は副業に関してそう答えると決めていた。最初から小説家だとは決して明かさない、明かしたくない、なんならプロフィールに副業と書くのも嫌だったのだ。
桜田さんの説得で副業の表記をし、初回のお見合いでは相手の想像に委ねることにした。「それは、自分で作品を作って個展で売るような?」
「本州の企業から依頼を受けて、オーダーにあわせて制作することが多いです。年に何回か、営業で東京に行くこともあって」
仕事内容をふわっとさせつつ、定期的に上京する旨を話すのは忘れない。さらに深くつっこまれるかと心の中で彼のイメージする副業を予測するが、Eさんはそこで質問をやめた。
「仕事を掛け持ちするなんてすごいですね。俺は今の仕事だけで手一杯なのに」
「Eさんも、ご自分のやりたかったことを仕事にされたんですもんね」
彼が腕時計に視線を落としたのを、私は見逃さなかった。
まだ話しはじめて15分も経っていないはずだが。お見合い終了時刻が近づくと時刻の確認をしがちだが、中には早い段階で時刻を気にする人もいる。お見合いを繰り返すうち、そこに早く終わらせたいという気持ちがあることを私は学んでいた。
しかし、今度は私が彼の仕事について質問するターンだ。私に興味を持っていないとしても、彼に会話する気があるうちは切り上げるわけにもいかない。できるだけ明るく会話振るも、なぜか彼と会話が噛み合わなかった。
お気に入り登録をしたとき、公共事業の企業に勤めているとあった。しかし、直前に読んだプロフィールにはその一文が消えていたのだ。
「今のお仕事は長いんですか?」
「実は、先月転職したばかりで」
そこでようやく会話の齟齬に気づく。彼は公共事業からプログラム関連の仕事に転職していた。
「はじめての転職で、全然違う分野に入ったから覚えることがたくさんで」
「プログラム関連の仕事にしようと思ったのは、なにか理由があるんですか?」
「学生時代に勉強していたことを活かしたくて。前はお客様と対面して話すことが多かったけど、今は毎日パソコンに向かってます」
結婚相談所で活動しながらの転職とは、Eさんも大胆だと思う。転職=スキルアップがほとんどだが、職を転々と変えている人の話はどうしても不安感を抱いた。共働きでそれぞれ独立した収入があっても、女性は子どもを授かると育休・産休や時短勤務で経済的に不安定になる時期がある。その際に大黒柱となる人に転職癖があるのは大きなマイナスイメージだ。
「久深さんは医療関係の仕事だけど、なにか専門の資格を持ってるんですか?」
「看護師や薬剤師みたいな国家資格はないですよ。私は独学で勉強して資格をとりましたけど、あの仕事は専門性よりも、患者さんから話を聞くことが大事だと思うので」
私は学生時代からコンビニや食堂のアルバイトなど接客業に従事していた。それが医療の場に変わっても基本的なことは変わらない。昔、医療こそ究極のサービス業だと話していた上司がいた。
「私たちが聞いた情報を、患者さんがまた話すとは限りませんからね。治療で必要な情報だと思うものは、口頭やメモに書いて看護師に伝えます」
「看護師でもないのに治療のことがわかるんですか?」
「……」
思わず返事に詰まる。コーヒーはとっくに飲み干し、お冷やで時間を埋めた。
「……長く業界にいると、自然と知識がつきますから」
医療従事者とは、医師・看護師・薬剤師しか当てはまらないのだろうか。この質問は今に始まったものではないが、まさかお見合いの席でそれを言われるとは思わなかった。
『医療関係ってことは、看護師とか薬剤師とか?』
昔から、何度もそう言われてきた。国家資格がないと医療従事者だと認められないのか。
「今はコロナ患者さんも発熱外来にかかられるので、私たちも防護ガウンを着て対応に当たりますよ。たまに、車で待機するはずの人が院内に入って来ちゃうことがあるので、その時はすぐに対応しないと他の患者さんもいますし」
有資格者じゃなくとも、みな感染への不安を抱きながら働いているのだ。
Eさんはそれで納得したのか、話題が変わって内心安堵の息をついた。
徐々に緊張がほぐれ、会話もスムーズになっていく。趣味や休日の過ごし方では同い年なだけあって共通点もあり、私が反応すると、Eさんがつかの間の笑みを見せた。
笑うとたしかにプロフィール写真の男性だ。普段の仏頂面より全然いい。写真の背景から私と同じスタジオで撮ったのだとわかるが、その時に笑顔の写真を選んだ様子が目に浮かんだ。
「……そろそろ時間なので行きましょうか」
時計を確認していたわりに、Eさんとは1時間会話が続いた。飲み物を乗せたトレイは返却口に返さなければならない。私は二人分のカップを運んだ。会計の探り合いがないのは本当に気が楽だった。
店を出て、お互いが今後向かう方面を確認する。同じ駅を利用する場合は、途中まで一緒に移動することもあった。逆に、早く解散したい人とは違う道を選ぶ。今後の予定を聞くのは、後でばったり遭遇するのを防ぐためでもあった。
Eさんとは店の前で解散した。
「それじゃあ、今日はありがとうございました」
「お疲れ様でした」
仕事か。その言葉を飲み込む。
午後のお見合いに備え、私は札幌駅でランチを食べる。結婚相談所の活動で、毎月1万5千円超のお金が口座から引き落とされていた。お見合い時の服やメイク用品、美容室代など外見に使うお金と、初回のコーヒー代、さらに次のお見合いまでの食事代など細々としたお金が飛んでいく。ストレス発散で買い物欲も増え、せっかく街中にいるのだからと映画館に行く頻度も増えた。
コーヒーと水のおかわりでお腹はちゃぽちゃぽ、日に3杯のコーヒーを飲んだときは夜になってもカフェインでうまく寝付けなかった。お見合いを入れる土日祝は街中も混んでおり、ファストフード店も長蛇の列ができてしまっている。
会話疲れを和らげるべく、落ち着いた雰囲気の喫茶店を選んだ。次のお見合いまで時間があるときは、ノートやポメラを持参して食事がてら小説を執筆するのが自分に課したルールだ。
しかし、パスタを咀嚼してもなかなか頭が切り替わらない。お見合いの後はどうしても会話を反芻しがちだった。
Eさん、今日のお見合い、乗り気じゃなかったんだろうな。
プロフィールの文体から、同じ桜田さんの担当だと気づいていた。彼が自分から申し込んだものではなく、仲人経由での紹介はなるべく受けるようにと言われている。
しかし。
『看護師でもないのに治療のことがわかるんですか?』
あの言葉が頭から離れない。
別れの挨拶の『お疲れ様でした』といい……なんだよお疲れ様って。仕事か。お見合いの時間を義理で埋めたのか。せめて最後まで頑張ろうぜ、せめて失礼しますとかそっちの言葉は出てこなかったのか。
苛立ちでパスタの味もわからない。本日2杯目のコーヒーで流しこみ、私は桜田さんにEさんの返事送った。
NOだ。Eさんの態度への感想を添えて。
