自分のパンツは自分で洗え〜8、婚活で運命とか言われても②
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33歳、春。函館で瀧さんと縁が切れて以降、私は職場と自宅を往復する生活が続いていた。
瀧さんのSNSとLINEをブロックしているため、連絡を取り合うことも近況を知ることもない。函館旅行中に32歳から33歳へ歳を重ね、同世代の女性たちと自分との差を感じるようになっていた。
小さな子どもを連れている女性たちは自分と同年齢、あるいは年上でも何人かのきょうだいがいて、抱っこ紐の中で末っ子がすやすやと眠っている。世の女性の多くは、30代前半ともなると結婚して子どもを産み育てる人生を歩んでいるのだった。
対して自分はどうだ、貴重な32歳の時間を棒に振ってしまった。瀧さんとは結局お付き合に至らず、残ったのは33歳という婚活市場の消費期限が近づいてきた自分だ。
35歳までに子どもを産むなら34歳の誕生日前後には結婚しないと間に合わない。若いころに無謀なダイエットを繰り返した自分はすぐに子どもを授かれるのかもわからない。33歳のうちに相手を見つけなければと、年齢を逆算して物事を考えるようになっていたのだが。
「33歳、しんどい」
当時の私はこれが口癖になっていた。
32歳で文庫本を出版して以降、新しい本に向けてのやりとりがなくなった。今までつながりのあった出版社からも難しい返事があり、新刊を出した版元からも連絡がないーーつまり売れていないということだ。
シリーズ化を目指して書いた作品も売れ行きが悪く、中途半端な余韻を残して1冊で終わった。次が出せない以上、また新しいプロットを作って一からやりとりを始めなければならないが、それを見てくれるアテもない。はたして作家としての寿命は本を出さなくても何年間有効なのか、よほど応援してくれている書店でなければ私の本など棚にも残っていないだろう。
新人賞に投稿して最終選考まで残ったこともあるが、その出版社と本を出せるような繋がりは持てなかった。デビューしてから細々と5冊出せただけでも頑張った方だと思うが、このまま消えていくのかと思うと恐ろしくてたまらない。別の形でプロットを預けている会社もあったが、色よい返事はまったくもってなかった。
33歳、しんどい。
20代は多様な道を歩いていた同世代の女性たち。しかし、30歳を過ぎると結婚して子どもを産み育てる王道コースに乗る人が多い。もちろん趣味や仕事などに打ち込んでいる人もいるが、次の予定も何も決まっていない私には作家活動という大義名分も怪しくなっていた。
33歳になっても結婚はおろか恋人ですらいない。次の本を出す予定もない。それならこのまま婚活に励んで相手を見つけ、自分も女の人生幸せ王道コースに乗るべきか。
子どもを産み育てるのは簡単な話ではない。今のご時世、共働きが当たり前なのだから自分もOL業を続けなければならないだろう。専業主婦を許してくれるような高給取りの優良物件はとっくに結婚して家庭を築いている。せめて定期的な印税収入があればパートと同等に見てもらえるだろうが、私の作家活動は安定するどころか衰退していく一方だ。
たとえ新しい本が出せなくなっても、小説はこつこつ書き続けよう。何度も首の皮一枚の崖っぷち状態を経験した私が出した、作家活動に対するスタンスはそれだった。
とはいえ、新作の予定がないのは精神的に辛い。
もし、結婚して子どもを産んで王道の人生を歩んだとして。OL業と子育てに追われて、作家業を理解しない夫は自分のパンツも自分で洗えない『俺の飯まだ?』な大きな長男で、小説を書く時間もなくなったある日子どもが本棚で私の本を見つけて『お母さんこの本なあに?』と聞いてきたら? 『お母さんは昔小説家だったんだよ』って言うの? え? なにそれ辛くない?
新人賞に向けて作品を書いても、そう簡単に賞をとることなどできない。最終候補に残った賞でもこじんまりとしたストーリー展開で終わったことを指摘されていた。新人らしい突き抜けた作品を書こうとしても、無難にまとめてしまう手癖のようなものがついてしまったようだ。
『お母さんは昔小説家だったんだよ』と言うのと、晩年に人生を振り返って『やっぱり子どもを産んで育ててみたかったな』と後悔するのと、はたしてどっちが良いのだろう。
そもそもどうして自分には片方しか選べないのだろう? 先輩作家さんには母親業も作家業も両立している人がたくさんいるではないか。
どうして自分はその道を歩むことができないのか。
33歳、しんどい。
人生が見えない。
5月GWの連休初日、山川さんと参加する婚活パーティーの待ち合わせ時間よりも早く、私は大通駅に到着していた。
衣替えしたクローゼットの中は何年も前に買った服ばかりが入っていた。ファッションにはあまり興味がないため、セール品の安い服ばかりを買っているのだ。ただでさえ手数の少ない春服。スカートは見つかったが、婚活パーティーに着ていけるような淡い色のブラウスがなかった。
プチプラの店で手頃なブラウスを見つけ、試着室でそのまま着ていくことにする。時刻を確認すると待ち合わせまで時間があり、地下歩行空間を歩くとGWらしく様々なイベントが開催されていた。
ご当地食材のマルシェやハンドメイド作品が売られている。今の会社に再就職する前は、大通で派遣社員をしており毎日地下歩行空間ーーチカホを歩いて通勤していた。そこでアンティークの着物やマルシェの食材を買っていたが、雀の涙の給料を減らす催事がもうひとつあった。
チカホの壁沿いにずらりと並ぶテーブル。対面に座れるよう椅子を並べ、着物やワンピースなど様々な服を着た人が座っている。性別は男女関係なく、テーブルの上にはビロードの布が敷かれ水晶やタロットカードとともにキッチンで使うようなデジタルのタイマーが置かれている。
チカホに時折現れる、占い師のイベント。市内に店を構える様々な占い館が出店しているらしい。10分1000円とリーズナブルな値段設定で、手相やタロット・四柱推命やカバラ数秘術などを占える。占い師はそれぞれ得意な分野があり、恋愛運や健康運など占って欲しい内容から選ぶこともできた。
33歳になった私は、たびたび占いに足を運ぶようになっていた。
前回占ってもらった人がいない。以前、人間関係の悪い職場で悩んでいたときに『近々異動の辞令が出るんじゃないかしら』と言われ、その後本部から辞令が降りるという的中の経験があったのだ。
20代半ばころ、知り合いが開催したイベントにカバラ数秘術の占い師がいた。そこで『自分の誕生日を境にして運気が変わるのよ』と教わってから、ひとつ歳を重ねるごとに占ってもらっていた。
その占い師と連絡がとれなくなってからは、一年の流れを占ってもらうために占い師のイベントを訪れていた。カバラ数秘術・四柱推命・マヤ暦などは占星術と同じで誕生日をもとに占うため、占いが異なっても導き出される答えはある程度一緒だと気づいた。
今回はタロット占いの人にした。皇帝や死神など王道のタロットカードのほか、ルノルマンやオラクルカードを組み合わせて占うらしい。以前、横浜中華街でタロット占いをしてもらったことがあり、統計学以外の占いに対しても抵抗がなくなっていた。
席に着くと、女性の占い師が挨拶をする。自分が得意とするジャンルと料金の説明をし、10分1000円でも内容によっては時間と料金設定が異なると前置きされた。
「今日はどんなことを占いますか?」
「……えっと、今後の恋愛運と仕事運を」
「恋愛と仕事ね。お仕事は何をされているの?」
「普段は医療機関で働いていますが、もうひとつ、小説家の仕事をしていて」
普段は作家業について頑なに秘密にしているが、占いの場面では打ち明けないと始まらない。女性はへえ、と珍しそうな表情を浮かべる。
「それなら、タロットとオラクルのほかにも占星術を入れましょうか。料金は30分で4000円だけど大丈夫?」
「わかりました、それでお願いします」
結果、さらに10分追加して5000円を支払うことになるのだが。33歳の私はまめに占いに足を運んでは今後の人生を占ってもらう生活を続けていたのだった。
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