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自分のパンツは自分で洗え〜6、お金を出して、男を買う。②



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 池袋の喫茶店看板前。運営から指定された待ち合わせ場所はそこだった。

 東京には何度も訪れているが、池袋に降り立つことは滅多にない。目印の看板を見つけ、私は緊張しながらそこで待機していた。

 女性用風俗ーー通称・女風(じょふう)のシステムは、男性でいうデリヘルに近い。固定の店舗は持たず、セラピストがホテルや自宅にお邪魔する派遣型だ。女風の場合はセラピストと待ち合わせしてホテルに向かうのも一般的であり、それまでの道のりをデート気分で楽しむこともできた。

 待ち合わせ時、運営を通して当日の服装を報告しておく。コートの色、鞄の色や形、髪型などを頼りにセラピストが声をかけてくれるらしい。マッチングアプリでは、待ち合わせ場所で確認した相手が好みではない場合、ドタキャンして音信不通になることもあると聞くが……女風でドタキャンをすると当然ながらキャンセル料が100%発生する。

 近くを男性が通るたび、もしや、と反応するほどに私は緊張していた。セラピストの雰囲気はあらかじめ写真で確認済み。目の前の池袋駅出口から現れると思っていたため、背後から声をかけられ内心小さく飛び上がる。

「はじめまして、まるさんですか?」

 女風は匿名利用可能だ。爽やかに挨拶をしたセラピストの彼はアキヒロ君、32歳。ふたつ下の彼は運営側から『少々ワイルド系ですが』と言われていたが、綺麗めなニットとコート姿に清潔感があり、くしゃっとした笑顔は子どものように可愛らしかった。

 コロナ禍だが、彼はマスクをしていなかった。写真で見た姿と相違ない、我が人生ではなかなかお目にかかれないイケメン君だ。

「寒い中待たせてごめんなさい。じゃあ行きましょうか」

 土地勘がないため、ホテル選びもすべてアキヒロ君におまかせだ。歩き始める前、彼は慣れたように私の手を握った。

「僕がよく利用するホテルがあって、そこでいいですか? 平日だから空いてると思います」

「大丈夫です。池袋は滅多に来ないので、全然わからなくて」

 ひょい、と繋いだ手は指と指を絡める恋人つなぎ。さすが距離を縮めるのが早い。男性と手をつなぐなんていつぶりだろう、女性とは違う骨張った感覚によりいっそう緊張感が増す。

「今日はお仕事お休みだったんですか?」

「いま、出張で東京に来てて。さっきミーティングが終わったばかりなんです」

 繋いだ手からも緊張が伝わるのだろう、アキヒロ君が「敬語をやめてため口にしよう」と提案する。運営側から、初めての女風利用であ?こと、予約時から猛烈に緊張していることが伝わっているに違いない。

「出張って、どこから来たんですか?」

「えっと……北海道。OLとフリーランスの兼業で、東京にはちょくちょく来てて」

 女風の世界でも、セラピストは繰り返し利用してくれるリピーターの存在が大切らしい。今後の利用が難しいとわかると、手抜きやぞんざいな扱いをされてしまうのだろうか。嘘と真実を混ぜながら私は答える。

「北海道! 向こうにも支店があるはずだけど、そっちを利用しようとは思わなかったの?」

「札幌にもあるのは知ってるけど、知り合いに会ったら嫌だし……」

「そう言う人は多いよ。僕のお客さんでも、地方の人は多いしね」

 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの女性用風俗。札幌にも進出しているのは知っていた。しかし、セラピストの在籍数は東京本店にはとうてい及ばない。アキヒロ君は全国ランキングでも上位にランクインした経験があり、それだけ指名を集めたということだ。数多くの仕事をこなした、その安心感が指名した理由のひとつでもあった。

 もし札幌で女風を利用したら。自宅に呼ぶとホテル代が浮くため、経済的に利用しやすい面もあるだろう。しかし、広いようで狭い札幌の世界。知り合いと遭遇したらという心配と、万一セラピストを気に入ってしまった場合、その世界にのめり込まないようにという自制も込めていた。

 少し歩くと、ホテル街に到着した。ラブホテルを利用するなんて何年ぶりか、勝手を忘れてしまっている。アキヒロ君は慣れたようにタッチパネルを操作し、お手頃な価格の部屋をいくつかピックアップしてくれた。

「休憩の時間は2時間から選べるけど、3時間ぐらいあったほうがゆっくりできて良いと思うよ。どの部屋がいい?」

「部屋によってベッドのデザインが違うんだね……迷って選べないや」

「じゃあ、この赤いベッドカバーの部屋なんてどう?」

 頷くと、彼がボタンを押す。3時間で7000円と少し。このホテルは入室前に精算し、受付で鍵を手渡しされるシステムだった。

 ホテル代の支払いは女性。女風利用では当たり前のことだが、後ろで待っている彼の存在に、ああ、プライベートの利用とは違うのだと再認識する。しかし、鍵を受け取ってから部屋に移動するまで、アキヒロ君のエスコートは紳士的そのものだった。

「すごいね、セラピストってこういうエスコートもたたき込まれるの?」

「いや、これは人それぞれかな。僕もあまり意識してやってないんだけど、お客さんから褒められることは多いかも」

 エレベーターの乗り降りや部屋のドアの開けかた、それらすべてにレディーファーストを感じる。脱いだ上着を当たり前のようにハンガーに掛け、彼はソファーに座る私を見て小さく笑った。

「まるちゃんって、好奇心強い?」

「ラブホに入る事なんてないから、いろいろ気になっちゃって」

 ビジネスホテルにはない装飾に、きょろきょろと見渡してしまう。コンパクトな作りの部屋だが、ダブルベッドの装飾や枕元のオーディオはビジホに存在しない。

「飲み物買ってきたから、ひと息つこうか。お茶で大丈夫だった?」

「ありがとう。えっと……お茶のお金払いますね?」

「飲み物のお金払おうとした人、はじめて!」

 最初にお茶やお水を買ってくるのはセラピストのサービスらしい。爆笑するアキヒロ君にに、私もつられて笑ってしまう。

「最初はお茶をしながら色々カウンセリングするんだ。アロマディフューザーを持ってきてるんだけど、好きな香りはある?」

 きた、カウンセリング。あらかじめ読んでいた本ではカウンセリングシートに記入していたが、彼は私の緊張をほぐすためか対話でいろんな質問をした。物の本では性感帯やら好みのプレイやらなにやら事細かに聞いてくるとあったが、彼の多くは雑談だ。

「まるちゃんのフリーランスの仕事って、どんなことしてるの?」

「……webライター、かな?」

 これは初対面の人に話す鉄板の嘘だ。

「ライターさんか! セラピをやってると、たまに取材で来る人もいるんだよ」

「今日は取材じゃなくて、プライベートの利用だけどね。でもいろいろ質問してみたいかも」

 インターネットで検索すると、女風利用レポを書いているライターさんも多い。未知の世界に飛び込む前に、あらかじめレポートを読んで利用する人も多いだろう、私だってそのひとりだ。

 職業の嘘はついたが、ミーティングという名の打ち合わせをしてきたのは本当だ。原稿を預けている会社があり、そこで作品の話など色々してきたのだが、結局色よい返事にはならず終わりだった。

「なんかミーティングが白熱して、頭がまだ仕事モードっていうか」

 女風を利用する前に打ち合わせを入れたのは失敗だった。頭が完全に作家モードに入ってしまっている。アキヒロ君がスキンシップでハグをしてくれたが、心ここに在らずが伝わり「仕事から戻ってきて〜!」と笑っていた。

「シャワーはひとりで浴びる? 一緒に浴びる?」

「ひ、ひとりで浴びます」

「じゃあ、準備してくるから待っててね」

 女風にもデートコースがあり、食事やおしゃべりだけで終了することもできる。しかし、私は基本のコースで予約していたため、彼は手際良く段取りをこなしていた。

 女性用風俗は様々な会社が運営しているが、90分・120分・150分とコースによって料金が異なる。120分で平均2万円、ホテル代と必要に応じて指名料・交通費が発生する。お泊まりや旅行もできるが、その際の費用は交通費食事代すべて女性側が持つルールだ。カップルや夫婦で利用するカップルコース、セラピストふたりが同時に施術するダブルセラピストコース、さらにSMコースなどニーズに合わせたサービスが提供されるらしい。

 施術はあくまでもマッサージ。性感マッサージ、ファンタジーマッサージなど呼び名は様々だが、挿入ーー本番行為はNGである。ざっくばらんにいうとペッティングまで。本番の代わりにアダルトグッズを使う場合もあるが、道具の使用にも別途料金が発生するらしい。

 準備中、私はずっとソファーの上で固まっていた。部屋の中を探検するなりスマホをいじるなり時間を潰す方法はいくらでもあったが、それすら思いつかないほどに緊張していた。

  勢いで予約してしまった。このまま流れるように施術を受けて、はたして自分はどんなことを思うのか。

  馬鹿なことをしたと、後悔しながら帰ることになるのだろうか。

「まるちゃん、お待たせ」

 準備を終えた彼が、私をバスルームに呼ぶ。ラブホテルの洗面台はアメニティーが豊富であり、急遽一泊しても何ら問題ないほど一式が揃っていた。

「歯ブラシはこれを使って。マウスウォッシュはここね。マッサージの時に髪にオイルがつかないようにヘアゴムもあるからね」

 磨りガラスの向こうからシャワーの音がする。寒くないように温めておいてくれたらしい。洗面台に並んだ歯ブラシは袋から取り出され、ご丁寧に歯磨き粉まで塗られていた。

「セラピストって、ここまで徹底してやるの?」

「やらない人は全然やらないけどね。……あ、そうそう、まるちゃんはお尻舐めるの大丈夫?」

「…………」

「その時の雰囲気かな? じゃあ、バスタオルはここね。バスローブはハンガーにかけておくから。シャワー浴びたら下着は着けずにバスローブだけで来てね」

 私がシャワーを浴びている最中に、彼がベッドまわりを整えるのだろう。アキヒロ君もシャワーを浴びたはずだが、あえてバスローブを着ていないのは緊張する私への気遣いか。

  バスルームの扉を開けると、シャワーのおかげで寒さを感じなかった。手に取りやすいところに、身体を洗うボディータオルがセットされている。これも個包装になっていたものをわざわざ取り出してくれたのだろう。

  その隣にはカミソリがあった。施術前にムダ毛を気にする女性は多いだろう。気配りの細やかに感心するばかりだ。

  ……カミソリ。

 この剃刀は、どこを触られてもいいようにしっかり準備をしておきなさいということだろうか。


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