自分のパンツは自分で洗え〜5、別に好きな人でもなんでもないのに①
34歳、2月。結婚相談所の活動を再開した私は、自分を取り巻く環境が一変していた。
休会手続き前、仕事の繁忙期で忙しくなること、小説の執筆に専念したいことを仲人の桜田さんに説明した。私の意思は固かったが、彼女は『もったいないです!』と何度も引き留めていた。
しかし、私にとって優先すべきは婚活よりも小説の執筆だ。ただでさえ次の刊行が決まらず消えた小説家になりかけているというのに、婚活で執筆の時間を削るなんて本末転倒。年末年始で長編小説を書き上げ、英気を養ってから活動を再開したつもりだったのだが。
活動再開後、お見合いの申し込みは0件だった。
休会前の仮交際やお見合い予定はすべてキャンセルになっていたため、また一からの活動になるのはわかっていた。しかし、自分から申し込んだお見合いはおろか、桜田さんからの紹介も成立せず、再会早々に相談所の厳しさを知った。
『田丸さんの場合、お休みされている間に新規入会の人が増えたんです。それで、会員ページで検索しても後半に表示されるようになって、それで男性会員さんの目に留まる機会が減ってしまったんです』
入会バブル時は、検索ページの序盤に表示されるため申込件数が多かった。しかし、新規入会が増えるたびに奥に追いやられていくのは致し方ない。長く活動を続けている人の表示は後ろから数えた方が早かった。
入会時は33歳で需要もあったが、34歳になったのも申し込み減の一因だ。数字がひとつ増えただけで露骨にそっぽを向かれる世界。35歳になったらもっと厳しくなるのだろうと、一年間限定と決めたルールを再度胸に刻む。
『お見合いの申込件数を増やすことは可能です。あとはピックアップ会員といって、一定期間トップページにプロフィールを表示することも可能です。どちらも追加料金が発生しますが……』
ピックアップ会員の存在はログインするたびに表示されるため、日々目を通していた。しかし、全国会員共通で表示されるため、有利になるのは会員数の多い首都圏だろう。また、いつも必ず表示される会員もおり、読んでみるとなかなか香ばしいにおいがする。漫然と利用するのは心証も良くないだろうと思う。
結婚相談所の活動は本当にお金がかかる。寒くなれば冬用のお見合い装備を一から買い直さなければならない。一年間と期限を決め、必要な投資と考えてはいるが、大切に貯めた印税が目減りしていくことに胸が痛んだ。
『いまは年明けで新規入会の人が増えているのと、年度末に向けて忙しくなっている会員さんもいますから。まずは焦らず、今後の活動に向けて準備していきましょう』
婚活にも活発な時期と停滞する時期があるらしい。桜田さんとのやりとりを読み返し、私は半端に残っていたビールを飲んだ。
「久深ちゃん、急に呼び出してごめんね」
「いいよ、私も飲みたい気分だったから」
スペインバルで一緒にお酒を飲む女性、玲ちゃん。彼女とは共通の居酒屋に通っていたことがきっかけで知り合った仲だ。ふたつ年下の32歳。帰国子女だという彼女は、サバサバとした性格の美女だった。
同じスポーツジムに通っていることから次第に親しくなったが、会話の内容はもっぱらマッチングアプリや婚活についてだ。彼女にはアプリで出会い付き合っている男性がいるとは聞いていた。
「彼氏が日本に帰ってくるまでに、あたしもいろいろ考えたくってさ」
「向こうは玲ちゃんより年下なんだっけ?」
彼女の恋人は、日本ではなく海外に拠点を置いて活動しているアーティストらしい。婚活よりも気軽に出会えるライトめなマッチングアプリで出会ったらしいが、私はそのアプリを使ったことがなかった。
「あっちはまだ20代で、結婚については考えてないって言われたばっかりなんだよね。あたしもそろそろ将来のこと考えていきたいんだけど」
「玲ちゃんはその彼氏と結婚したいの?」
「考えてないって言われたらね……だから、あっちが帰ってくるまであたしもいろいろ動こうと思ってさ」
彼女と会うのは久しぶりのため、私が相談所で活動していることを知らないし、あえて言う必要もない。ただ、少しお金のかかるマッチングアプリで活動しているとは伝えていた。
「私はこの間、自分の身長が原因でお断りされたことがあるよ」
「久深ちゃんの身長で? でもあたし、自分より背の低い男は無理だな~」
彼女は私とさほど身長が変わらない。婚活でいち早く妥協するのは相手の身長かと思っていただけに、私はその反応が意外だった。
「だってさ、もしそれが子どもに遺伝して、スポーツで不利になったらかわいそうじゃない? だからあたし、身長は絶対妥協しない」
「……身長に関しては、子どもの頃からの食生活でもいろいろ変えていけると思うけど」
何を隠そう、親の遺伝と関係なしに身長を伸ばしたのが私と姉だ。母は150cmと小さく、父は170cmを超えたが長身の類いではない。両親の平均から計算式に当てはめると子どもは150cm半ばだったが、ふたりともするすると身長を伸ばし姉に至っては父の身長に迫っていた。
結婚に妥協できない点はひとそれぞれ。私は自分の市場価値を把握しているため高望みしていないが、美人で育ちの良い彼女であれば30を過ぎても引く手あまただろう。
「それでさ、今日は久深ちゃんにお願いがあって」
「私に?」
「今週末の街コン、一緒に行って欲しいの。あたし、婚活パーティーとかそういうの参加したことないから不安で」
「……ごめん、週末は美容室の予約入れてるから無理だ」
誘われた街コンは土曜、そして日曜は休日出勤の予定がある。
「でも、その次の週なら大丈夫だよ?」
「今週じゃないと駄目なの。この街コンに行きたくて!」
「私、街コンは行ったことないんだよね」
彼女が誘うのは、婚活パーティーと街コンの間といったところだろうか。一対一のトークタイムがあり、最後のカップル発表でようやく連絡先が交換できる婚活パーティーと違い、街コンはあくまでフリートーク中心で連絡先の交換も自由だ。お酒は飲み放題、女性でも会費が5000円必要だった。
参加男性は公務員をはじめ、一流企業勤めや年収500万以上と条件がある。女性側も癒やし系の医療関係と銘打たれていたが、よく見ると一定の収入があれば良しという緩さだった。
「これだと、私は結構不利だね……」
「大丈夫だよ、久深ちゃん若く見えるから」
30代中心とされているが、女性は35歳までと制限がかかっている。結婚相談所の活動で、年齢の足きりにうんざりしている私にさらに追い打ちをかけてくる。フリートーク中心であれば、相手にされずあぶれる人が出てもおかしくなく、壁の花になってお酒を飲む自分の姿がありありと目に浮かんだ。
「せめて普通の婚活パーティーにしない? 来月にも同じ街コンあるし、それなら私も仕事休みだし」
「お願い、一緒に行って!」
お酒の席で頼みこまれては断り切れない。私は美容室の予約を寸前でキャンセルし、初めての街コン参加が決まった。
