見出し画像

自分のパンツは自分で洗え~7、だからお前結婚できないんだよブーメラン⑥

     〇

「5月のシフトのことなんだけど、休日を減らそうと思っているの」

 朝礼後、上長に別室へと呼び出され私はあんぐりと口をあけた。

「本部から応援の回数を減らすように指示があって、向こうも人手不足で大変みたい。だからわたしたちもできるかぎり自分たちで仕事を回さないと……」

「それは、私たちの部署限定の話ですか?」

「いえ、会社全体への伝達で」

「今、一番忙しいのは私たちですよね? 昨日も22時半まで働きましたし、ほかの部署でここまで残業している人たちなんていますか?」

「でも、本部のほうから……」

「私が直接上に掛け合います。今の状況で休みを減らされるなんてありえない、電話を貸してください」

 コロナ禍の医療業界は人手不足。欠員が出れば本部から応援要員があり、私たちの部署は応援があってこそ成り立つ人員でまわっていた。しかし、本部から応援を減らすようお達しがあったらしいが、上長は会社のお触れ=なんとしてでも守らなければならないものだと思い込む節があった。

「休みを減らす代わりに、一日の勤務時間を4、5時間にして調整するから」

「それは夕方に出勤するということですか? それで22時まで働くんだから結局残業で勤務時間も変わらないですよね? 今でも無理して身体がボロボロなのに、できませんよそんなこと」

「無理をしているのはみんな一緒だから、あなたにも無理してもらわないと」

 なんという昭和的パワハラ。直属の部下よりも現状を知らない本部が大切か。

 6月まで頑張ろうと思っていたけど、この場で辞めると言ってやろうか。声が喉元まで出かかったところで、中途スタッフが部屋の扉を開けた。

「田丸さん、すみません。コロナの公費でわからないところがあって……」

「公費ならお会計かからないから、あとでもいい?」

「あと、患者さんがたくさん来てあたしと新人じゃ手が回らなくて」

 中途スタッフーー後輩も頑張ってくれているが、まだまだ私に質問する頻度が多い。上長との話し合いはうやむやになったまま、私は勤務に戻った。

 仕事を飛ぶのは簡単だ。しかし、いま私が消えたら後輩や新人の負担が増えるだろう。今や勤務終了が22時半になることも当たり前になった。日付が変わるギリギリに、ただ寝るためだけに帰るだけの毎日。朝から晩までずっと職場にいた。

 何のために生きているのかわからない。

 働いて得た給料で、毎月の家賃を払う。極貧生活の経験があるからこそ、切り詰めれば最低限必要な金額もわかっている。朝から晩まで仕事に拘束されて、小説を書く時間ですら削らなければならない毎日になんの意味があるのだろう。

 その日も仕事が長引き、タイムカードを押したのは22時過ぎだった。

 シフトは後輩が遅番だった。そろそろ一人で残っても大丈夫なはずだが、心配性な上長は私にも最後まで残るよう言った。まともに帰れないのはこれで何日連続か、晩御飯も食べれずふらふらの頭でスマホを開くと、Hさんからの長文LINEが届いていた。

 その長さを読む気にもなれない。しかし既読をつけてしまった以上、何か返事をしておいたほうがいいだろう。

『お疲れ様です。今仕事が終わったので、これから帰ります』

 既読はすぐについた。

『この時間に終わったんですか!? 本当にお疲れ様です、体調崩されないよう気を付けてくださいね』

 無理をしていないか心配です。体調崩さないよう気を付けて。Hさんは毎日この繰り返しだった。

『久深さんが愚痴をこぼしてくれるようになって嬉しいです。それだけ距離が縮まったということですから』

 Hさんが人気会員なのは、この長文LINEもあるのだろうと思う。先日のお見合いで仮交際につながった人もいるが、その人はその人で『明日もお仕事頑張りましょう』のやり取りしかしていない。Hさんはプロフィールに書いてあるとおり、思っていることを言葉に表して伝えたい人なのだ。

 お見合いの時の様子、服装、アクセサリーの種類や口紅の色。それらに鈍感な男性も多い中、細かなところまで見ているなと思う。

 しかし、それが重なると息苦しくなる。ひとつひとつつぶさに観察して評価を下す、それが居心地悪いと桜田さんに伝えても、なかなか理解してもらえずにいた。

『仕事で忙しくて、次お会いできる日程を組めずにすみません』

 仮交際は3か月までと暗黙のルールがある。最初はランチ、その次はお酒を交えた夜ご飯、日帰りできる範囲の小旅行など徐々に距離を縮めつつ結婚観などを話していく。Hさんとは次の予定をなかなか組めずにおり、私の印象は相変わらず『お知り合い』だった。

 帰宅すると23時をまわっている。昨日は床で寝落ちしてしまったので、今日こそは布団に入って眠りたい。湯船にお湯をためたいと思うが、一度座り込むと立ち上がることができなかった。

『本当に、身体を壊してしまわれないか心配です
 今は久深さんに何もしてあげられませんが……
 大変な時はその負担を一緒に背負ってあげたい
 家を出るときは「行ってらっしゃい」と言って
 帰ってきたときは「おかえりなさい」と言いたい
 僕も久深さんの力になりたい……』

 そのメッセージに、私はスマホを放り投げた。

 だめだ、気持ち悪い。

 深夜のラブレター現象だろうか、Hさんの文章がいつもよりポエミーだ。彼は自分の気持ちをなんでも言葉にしたいのだろうが、それを受け取る側の私という人間が見えていないのだろう。

 なんでもかんでも言葉にすればいいってものじゃない。しかし、Hさんは言葉を伝え合うことを美徳としており、それが彼の価値観であり結婚後の理想的な関係なのだろう。



『Hさんとのことですが。繁忙期で疲れた私を心配してくれているのでしょうが、綺麗ごとを言い続けられると神経を逆撫でされます』

 桜田さんにHさんとの進捗状況を訊かれ、私は率直に返答した。

 正直、仮交際終了も視野に入っている。お知り合い以上の気持ちにもなれず、次に会う機会があってもその後のLINEを想像するとうんざりする気持ちがある。

 しかし、桜田さんに何度伝えてもわかってもらえない。Hさんが人気会員だというフィルターもあるのだろう、なにより仕事である以上、仲人は会員同士がうまくいくようお膳立てしてくるはずだ。

『Hさんは、とても懐が広くて慈悲深いかたなのでしょうね』

『それは私の心が狭くて人の気持ちに欠けているということですか?』

 反射的にそう返した。二人三脚で歩んでいた桜田さんに言い返したのははじめてのことだった。




#創作大賞2025
#オールカテゴリ部門

いいなと思ったら応援しよう!