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自分のパンツは自分で洗え~7、だからお前結婚できないんだよブーメラン③


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「今日は僕の食べたい料理に合わせていただいてありがとうございます」

「いえ、私も中華料理食べるの久しぶりだったので」

 日曜日。私はHさんと大通の中華料理店にいた。

 結婚相談所のシステムで待ち合わせ場所を決めるのは初回のお見合いのみ。その後は連絡先を交換し、メッセージや電話のやり取りをしながら次回会うための日程を決める。今まで下の名前しか知らなかったが、ここでようやくお互いの本名を知るのだった。

 仮交際といっても、いきなり恋人同士になるわけではない。あくまでも相手は連絡先を交換しただけのお知り合いだ。仮交際を経てお互いの気持ちが決まった段階で真剣交際に進むため、それまでは複数の人と同時進行するのが当たり前だった。

 会員HPに仮交際専用のページがあり、そこで担当仲人にお見合いでの様子や温度感などを報告する。温度感は『お知り合い』から始まり、『好印象』『筆頭候補』『成婚を意識』と上がっていく一方で『中止を検討』の項目もあるシビアさだ。

 自分の感想や温度感が相手に伝わることはない。その結果をもとに仲人同士で情報を交換し温度感の調整に入る。片方が『お知り合い』の状態のままもう片方が『成婚を意識』まで上がってしまうこともあり、ぐいぐい行きたがる会員をなだめるのも仲人の仕事だった。

 Hさんに対する私の印象は『お知り合い』だ。最初にお茶をした程度の仲ではそこから始まるだろう。LINEでお互いの休日や好きな食べ物を確認し、中華料理店でのランチが決まった。結婚相談所でも、最初のデートはランチと推奨され、お酒の席や小旅行など少しずつ段階を上げていくのだった。

「僕の休日出勤で、早く日程を合わせられずにすみません」

「いえ、私も休日出勤が入ることはありますから、大丈夫ですよ」

 ひとつ年上のHさんは営業マン。基本的に土日は休みだが、持ち回りで休日出勤があるらしい。同じ休日出勤がある身として苦労話に花が咲いた。

 Hさんはプロフィールに『どんなに小さなことでも言葉を重ねながら何でも伝え合っていく関係が理想』と書いてあった。実際、LINEのやりとりも長文であり、短文でレスポンス早く連絡するのが苦手な私にはちょうど良い相手だった。メッセージをすぐに返せなくても大丈夫と寛容なため、一日一往復の関係が基本だ。

 中華料理はエビチリや麻婆豆腐などオーソドックスなものから、私のリクエストで空心菜の炒め物も追加した。本格的な店で食べるとさすがおいしいが、やはり香辛料の刺激が強い。

 この頃、私は繁忙期の疲れで食事をするたびに下痢するようになっていた。早々に病院で過敏性腸症候群の診断を受け漢方薬を内服しているが、ここまでくるとおかゆを食べようが刺激物を食べようが下すものは下す。食事の席でそんな話をできるわけもないが。

「久深さんのお仕事の調子はどうですか?」

「いよいよ繁忙期らしくなってきて、全然家に帰れませんね」

 春先から夏にかけて、会社勤めの私は繁忙期に突入する。その旨はあらかじめお見合いの時に話しておいたのと、LINEの返事で「いま仕事終わりました」の時間からHさんはすでに多忙を察していた。

「最近は20時に帰宅できれば早いほうで、スーパーの半額弁当ばかり食べてるので外食は久しぶりです」

「久深さん、ご実家が遠いんですもんね」

 本名を知っているが、最初のやりとりが下の名前のため今後もそれで呼び合いがちだ。下の名前を呼ぶと、自然と親しみが増すから不思議だ。

「Hさんはご実家ですもんね。お母様がいろいろやってくれるんですか?」

「僕も休日にカレーを作ったりしてますよ!」

 婚活の場において、実家暮らしはマイナスポイントであることが多い。子供部屋おじさんと揶揄されがちだが、独り暮らしの経験がないと家賃や光熱費などの金銭感覚が育たず、家事も親に任せきりーー自立していないと判断されがちだ。それは男性だけじゃなく女性も同様なのだが、男性の場合は結婚後に親との同居を求められる場合もあった。

 Hさんもそれを自覚しているのだろう。しかし、家に帰ればあたたかい料理が出てくる生活は素直にうらやましい。生まれてこの方札幌から出たことのない彼は、洗濯物が山積みになり、明日のパンツがないと叫ぶ生活を知らないのだろう。

「Hさん、お仕事のない休日は何をして過ごされてるんですか?」

「僕はDIYが好きで、家族に頼まれてあれこれ作ってます」

「いいですね、DIY。私も自分でいろいろ作れますよ」

 言って、しまったと思う。男性の得意分野に同調してはプライドを傷つけかねない。

 しかし。

「久深さんもDIYされるんでんすか!?」

 彼は嬉しそうにそう言った。

「私、父の仕事場に金槌やノコギリがあったので、子どもの頃からそれをおもちゃにして遊んでたんです。木片の端っこで椅子とか船とか作ってみたり……もちろん下手でしたけどね」

 私のDIYスキルを自覚したのは学校の木工授業。慣れた様子で鋸を引く私を先生が褒め、普通の子供はノコギリで遊ばないと知った。

「それじゃあ、休日に一緒に何か作れたりできそうですね」

「そうですね。うちの本棚も父に作ってもらったんですが、家具って家の寸法に合わせて作ったほうがおさまりが良くって」

 私の作家デビューで自慢心が暴走した父は、近所や知り合いに新聞のコピーを配って歩いた。娘のために何かしてやりたい、という父をなだめるために本棚を作ってもらったのだが、その時の図面も自分で引いて渡したのだ。

「田舎暮らしなので、父にはいろいろ仕込まれましたね。車を買った時も、携帯電話の電波がないところでパンクした時のために、タイヤ交換のやりかたを習ったりして」

 普通、こういう話をすると男性は引きがちなのだが、Hさんは興味深そうに聞いていた。海育ちで投げ釣りを遠くまで飛ばせること、山菜取りに入った山で父から離れ奥まで進んでいったこと……男の子がやること? いや、それが私にとっての普通だったのだ。

「久深さんの女性らしい姿からはイメージできないお話ですね」

 ランチの時も私は婚活用のワンピースを着ていた。夏に向け髪を短く切ったぶん、せめて服装は女性らしくしておかなければならない。メイクは華やかに、ピアスやネックレスなどのアクセサリーも忘れなかった。

「田舎で娯楽がないぶん、自分でいろんなものを作ったり直したりすることが多かったんです」

 それで男性のプライドも折ってしまいがちなのだが。苦笑する私に、Hさんがいいえと首を横に振る。

「自立されていてとてもすごいと思います。お仕事も大変なのに、さらに副業までされてるなんて、本当にエネルギッシュなんですね」

 さすが、なんでも言葉で伝えあいたいスタンス。食事をしながらも会話が止まることはない。ランチの時間はあっという間に過ぎ、さらには食後のコーヒーで次の店に入った。

 Hさんとの初デートは問題なく終わった。解散し、私は桜田さんにデートの様子を報告する。交際温度はまだ『お知り合い』から変わらなかった。
 そうだ、午前中のお見合いの返事もしなければ。

 仮交際中でも、新しいお見合いは続く。結婚相談所での活動はそういうものだった。


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