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自分のパンツは自分で洗え〜4、そうやって選んでるから駄目なんだよ④


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 一年後、32歳の8月。長期休暇を利用して、私は再び東京を訪れていた。

 新型コロナウイルスの流行はいつかの間にか日常の一部になり、会社も県外移動については事前申告による許可制で落ち着いていた。職場の上長も甲斐さんも『せっかくの休暇なんだから、こっちは気にしないでお出かけしておいで』と快く了承してくれた。

 長期休暇の目的は富士山登頂だった。登山ガイドがサポートするツアーを申し込んだが、あえて北海道からではなく東京発着にした。前後で東京に滞在する時間が欲しかったからだ。

 会社で私の作家活動を知っているのは上長と上層部のみ。甲斐さんは私が富士登頂に向けて日々トレーニングしているのを知っていた。東京滞在中なにをするかという話になり、甲斐さんがふと、思い出したように言う。

『そういえば、本州の友達が紹介してくれた人ってその後どうなったの?』

『あれっきり、何もないですね』

 瀧さんとはSNSで繋がったが、そこでやりとりする仲でもなく、ただただ名前を知っているだけの人どまりだった。鎌田さんは紹介だと言っていたが、北海道と東京の距離を埋めるほどの仲には至らなかった。

『せっかく東京に行くんだし、ためしに田丸ちゃんから連絡してみたらいいんじゃない?』

 32歳の私は、またマッチングアプリや婚活パーティーで細々と出会いを探していた。甲斐さんに背中を押され、私は久しぶりに瀧さんに連絡をし――意外にも再び東京で食事をすることになったのだ。

「お久しぶりです、元気でしたか?」

 以前は夜の食事だったためお酒も交えていたが、今回は健康的に昼間のランチにした。なぜなら私は、翌日に富士登山が控えていたからだ。

 一年ぶりに話すとはいえ、SNSでなんとなくお互いの近況を掴んでいるような掴んでいないような……相変わらずの微妙な距離感。しかし創作関係の相手との会話に困ることはない。お互いの近況報告をしつつ、私は瀧さんから一冊の本を受け取った。

「これ、小説じゃないけど僕が書いた本です」

 それはビジネス書だった。

  今まで婚活で出会った男性たちに、文章や創作を生業にする男性はいなかった。あらためて、彼は今まで出会った男性たちとは違うのだなと感じる。

「田丸さんは、小説の調子はどうですか?」

「先月、5作目の本が発売してひと息ついたところです。7月は宣伝だなんだで頑張ったので、8月は自分へのご褒美で富士登山をしようかと」

 コロナ禍に出版した4冊目『小樽おやすみ処カフェ・オリエンタル』は、小説の世界で旅をしようという『GOTO読書』の流れに乗って様々な書店で展開してもらえるようになった。

 しかし続刊には至らず、また新しい作品を一から作る作業に戻ってしまった。売り上げが奮わないたびに心が折れるが、それでもあきらめずに書き続けているからこそ出せた5作品だ。

 富士登山から東京に戻り、担当編集に会う予定はあるが、売上の話を聞くのは心が重い。今はなるべくそれを忘れ、念願の富士登山に向けて意識的にモチベーションを高めていた。

 創作の話から、やがてお互いのプライベートな話に移る。鎌田さんの紹介により、どちらも婚活中の身だということは知っていたため、その話をすることに抵抗もなかった。

「私はマッチングアプリで婚活していた時期もありますけど、原稿に集中している間はさっぱり何も……瀧さんのほうはどうですか?」

「俺も結婚相談所で活動してるけど、なかなかね」

 6歳上の瀧さんは38歳。効率的に婚活するなら結婚相談所の活動も大切だろう。私も大手相談所の無料カウンセリングを受けたことはあるが、瀧さんもweb完結の相談所ではなく、仲人がサポートするタイプの相談所で活動しているらしい。

「私もそろそろ婚活頑張らないと」

 5作目の『陸くんは、女神になれない』はシリーズ化も何も考えずに書いた話だった。同じ出版社で出した『眠りの森クリニックへようこそ」も続刊に至らず、次作へのハードルが上がっている中に決まった出版。自分の中でずっと書きたいと思っていたテーマだったため、勇気を出して担当編集に伝えたところ、不思議ととんとん拍子で発売に至った不思議な作品だった。

 売り上げ云々の話は置いておいて、同じ出版社ですぐに次作が動き出さないのは今までの経験で分かっている。自由な時間ができた間に、また婚活をするのも悪くない。

 しかし。

「でも……正直、私の作家業を理解してくれる人が見つかるとは思えなくて」

 OLと小説家の兼業生活。5作目の執筆状況は仕事の繁忙期と重なりハードなものだった。

  4作目の執筆時から配属された部署が変わり、5作目は環境が変わり人間関係を再構築している間に書き上げたものだった。

  初稿こそ比較的落ち着いた時期に書き上げていたが、新しい部署は通常業務に加え、外来が延長すれば帰宅が22時を過ぎるのが当たり前の世界だった。

  週明けの締切に向けて土日に徹夜で原稿を書き上げて、明け方にそれを送信して仕事に行く。本来なら18時に退勤してその後ゆっくり休めるのだが、繁忙期は当たり前に残業が発生し20時に退勤した。

 片道1時間の通勤時間を経て、今日は早く寝ようと思うも、帰宅後に担当編集からリテイクの連絡が来て二日目の徹夜。当時配属されていた部署は、兼業との相性がとても悪かった。

 1日8時間勤務を通り越し、9時間、10時間勤務は当たり前。13時間、14時間勤務の大残業を乗り越え、帰宅しても自炊はおろか洗濯ですら間に合わず、スーパーで買った半額弁当で腹を満たし、日付が変わってからパソコンを立ち上げ原稿を書く。疲れ果てて動けない日は、帰宅して寝落ちすることを防ぐためにあえてファミレスでゲラと向き合っていた。

  どんなに残業をこなしても、安月給に変わりはない。この生活から抜け出したくても、コロナ禍ではそう簡単に転職先も見つからない。配属された店舗は2年という約束だったが、それもとうに過ぎていた。

 もし今後も残業まみれの生活が続くとして。時間を見つけて婚活を頑張った結果、もし私でも良いという相手が見つかったとして。

 今日び共働きが当たり前の世の中、結婚相手がフルタイムの稼ぎを求め、転職を良しとしない人であったとしたら? 繁忙期は22時に帰宅する生活、家に帰っても自分のご飯はなく「俺の飯はまだか?」言われたら?  もしここに出産育児が加わったら? さらに相手が家のことを何もしない価値観昭和野郎だったら?

 フルタイムで働き家事育児をしてさらに夫の面倒を見て……私はいつ小説を書けばいいのか? 

 アルコールのない昼間の食事のはずなのに、気付けば私は瀧さんにその気持ちを吐露していた。

 作家業を理解してくれる相手がいると思えない。すべてをひとりでこなしたらいずれ私は過労で倒れることだろう。

 やはり小説の道を残したまま結婚するのは難しいのだろうか、小説をとるなら結婚の道は諦めたほうがいいのか。

 32歳、周囲の女性たちは結婚し子供を産み育てる人生を歩んでいる。素敵だと思う男性も既婚者であることが増え、自分が結婚適齢期の枠からはみ出しつつあるのを実感していた。

 私だって、結婚して家庭を築く人生を望みたい。

 でも、小説の道を諦めることはできない。

 私はこのまま独りで生き続けるしかないのだろうか。

  何度も繰り返すこの悩みに、解決の光が見えたことはない。想像する男性像が価値観昭和野郎なのは今まで付き合った男性や自分の父親がそういうタイプだったのもあるだろう。

 早く結婚しろと言ってくる親戚も、私がこの悩みを話しても有耶無耶にして終わるだけ。さらには『そうやって選んでるから駄目なんだ』とくる始末。

 私は、自分が大切にしていることを理解してくれる人を探しているだけなのに。

「俺はそういう男たちとは……」

 食後のデザートを食べながら、瀧さんがもごもごと口ごもる。一年ぶりに会った相手に、こんな話をされても困るだけだろう。

「……あの、田丸さん」

「すみません、なんか愚痴っぽくなっちゃって」

「俺、田丸さんの彼氏に立候補してもいいですか?」


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