自分のパンツは自分で洗え〜8、婚活で運命とか言われても⑤
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Dさんもとい角田さんとのランチは、地下鉄バスセンター前駅近くのお店だった。
店選びは彼のほうから候補を挙げた。大通駅周辺にあるお洒落カフェで絞ったらしく、女性側に合わせてくれたのだなと思う。
お店に到着すると、角田さんが先に席に案内されていた。お待たせしてすみません、と謝りながら、二人がけのテーブルに向かい合って座る。
「先週札幌に来たばかりなのに、今週も運転するの大変じゃなかったですか?」
「2時間ならたいして遠くないですよ。実家に泊まって帰ることが多いけど、日帰りも普通にしますし」
私も地元で暮らしていたときは片道2時間半を日帰りで往復していた。しかし、毎週峠越えをするのはガソリン代もかかるに違いない。
カフェで人気なのはそば粉のガレット。ふたり同じものを頼むと、さほど時間がかからず運ばれてきた。ワンプレートにサラダが添えてあり、その繊細な盛り付けに思わず声が漏れる。
角田さんとは店選びも兼ねて毎日のようにLINEのやりとりをしていたため、先週の婚活パーティーの流れがそのまま続いている気分だった。
「そういえば、婚活パーティーが終わった後、カップリングした人と出かけなかったんですか? 連絡いただけて嬉しいですけど、ずいぶん早かったなと思って」
「あの日は友人と飲みに行く予定だったので、カップリングした人とは連絡先を交換しただけなんです」
私も友人と参加した際、自分だけカップリングしてしまったことがある。友人はふたりで食事に行くよう促したが、相手とは連絡先だけ交換してそのまま解散したのだ。
つまり角田さんは今週の帰省でカップリング相手とも会うのだろう。なんとなく察しながら私はカレーを食べる。
「田丸さん、パーティーの時に親戚が自衛官って言ってたじゃないですか。もしかして、田丸△△さんですか?」
「そうです。やっぱり同じ駐屯地でした?」
パーティーではニックネームで呼び合っていたが、連絡先交換で本名を伝えた。私の苗字を知り、彼もピンと来たらしい。
「△△さんは僕が配属されてすぐに他の駐屯地に行ってしまったので、関わる機会はなかったんですが、なんとなく覚えてますよ」
「私も△△君とは住んでる町が違っていたので、子どもの頃に遊んだだけで……懐かしいな」
ふたつ上の従兄弟の様子は、親伝いに聞いていた。小学生くらいまでは一緒にキャッチボールなどしていたが、お互い思春期に突入して距離ができた。通っていた学校も別々だったため、お互い実家の連絡先しか知らない。
とはいえ、共通の知り合いがいると話のとっかかりができるものだ。角田さんは山川さんが『あの人とは話しやすかった』と評価していたとおり、会話に困ることがない。あっという間にガレットを食べ終え、食後のお茶を飲みながらも話題が尽きることはなかった。
「……お店も混んできましたね、出ましょうか」
「そうですね」
待ち合わせ時間を早めにしていた。入り口で待つ客の姿に気づき、席を空ける気配りもできる。当たり前のようにランチ代を出す角田さんに、私は慌てて財布を見せた。
「自分のぶんは自分で払いますよ」
「いえ、今日は僕から誘ったのでここは出しますから」
「でも、ガソリン代でお金もかかってるのに……」
男性からご馳走になることに慣れていない。お財布を引っ込めるわけにも行かず、私はとっさに口を開いた。
「もし時間があるなら、甘いもの食べに行きませんか? 天気も良いし、ファクトリーまで歩きながら」
地下鉄バスセンター前駅は、大型ショッピング施設のサッポロファクトリーが近い。
「ファクトリーもゴールデンカムイで登場してるんですよ」
「いいですね、聖地巡礼しましょう」
サッポロファクトリーは、もともと「開拓使麦酒醸造所」があった場所だ。サッポロ黒ラベルでお馴染みのビール発祥の地でもある。開拓使時代を舞台にしたゴールデンカムイ、終盤のエピソードでここをモデルにしたところがあったのだ。
「角田さん、お昼ご飯足りました? 女子向けで控えめな量でしたよね」
「……実は、全然足りてないです」
「じゃあ、次はケーキのおいしいお店に行きましょう」
5cmヒールで並んでも、角田さんは上背がある。身長162cmの私は以前、自分より背の低い恋人と付き合っていた際に、踵のある靴を封印していた時期がある。当人は気にせず履くよう言っていたが、無意識に気にしていたのだ。
角田さんの体格は身長もあって大きく見えるのだろう。服装は前回と一緒のためよくわからない。食後の運動も兼ねてサッポロファクトリーに入ると、見慣れていたはずの赤煉瓦がやけに輝いて見えた。
「やっぱり、この煙突があのシーンのモデルですよ!」
聖地巡礼としてファクトリーを訪れたのは初めてだ。あの煙突の上にとあるキャラクターが登っていた……アニメにはないシーンを熱く語ってしまう私に、角田さんが笑う。
「実はあの後、漫画を読み進めていたです。あれですよね、ビールの話のシーンですよね」
「それですそれです。でもきっと、ファクトリーだけじゃなくてサッポロビール園のほうも使われているはずで」
サッポロファクトリーとは別に、当時の歴史を学べるサッポロビール園がある。聖地巡礼をするにはファクトリーだけでは物足りなかった。
「田丸さん、聖地巡礼けっこうしてるんですか?」
「家族旅行で網走監獄に行きましたよ。あと、ニッチだけど樺戸監獄のほうも」
「ご両親もゴールデンカムイ読んでるんです?」
「いえ、存在は知っているけど物語は知らないはずです。父は映画の網走番外地の時代なので、それなりに楽しんでいて」
北海道を舞台にしたゴールデンカムイは道内各地に聖地巡礼スポットがある。網走まで行くのは大変だが、近場の小樽は何度も訪れている。
地元が札幌の角田さんは、小学生の時に北海道開拓の村に行ったことがあるらしい。理容室など当時の様子はあそこで取材したのだろうと、共通の作品を読んでいるため細かなポイントでも分かち合うことができた。
ファクトリーの聖地巡礼はすぐに終わり、目当てのケーキ屋さんに行く。アメリカンなケーキと焼き菓子の店であり、パイやタルトがとにかく大きい。角田さんは甘いものが好きらしく、ショーケースに並ぶそれを見て瞳を輝かせていた。
私はタルト、角田さんはケーキをふたつ頼んだ。正直、ランチの量は私でも少ないと思ったのだ、大人の男性なら物足りなくて当たり前だった。
二軒目のお店に入っても、話が途切れない。大半はゴールデンカムイの話題なのだが、私も身近に語り合える相手が欲しかったのだ。このまま勢いでサッポロビール園に行こうかと、そんな軽口が出るほどだった。
「ところで角田さん、婚活パーティーにはよく行ってるんですか?」
私は山川さんを連れていくという動機があった。ずばり直球の質問だが、婚活している者同士情報交換するのはよくあることだ。
「いえ、今の駐屯地に移動になる前に彼女がいたんです。転勤してしばらくは遠距離で頑張ってたんですが、結局別れちゃって」
同い年だったという彼女は結婚を意識する仲だったのだろう。自衛官は転勤がつきものだが、彼女はそれについて行くということをしなかった。
「もともと、前の彼女は僕の世間知らずなところを良く思っていなかったみたいで……僕、知らないものがあると過剰に反応するクセがあるんですよ」
「ずっと自衛隊にいると、一般の会社員とはまた違う世界があるでしょうしね」
「今の駐屯地はけっこう田舎なので、出会いを探すのが難しくて」
「マッチングアプリはどうですか?」
私の知り合いがマッチングアプリで結婚した。同じ札幌同士ではなく、最初は遠距離から始めていたらしい。
「アプリで地域を指定すると、シングルマザーの人が多くて……」
「そうなんですね」
男性側のアプリの話を聞く機会は貴重だ。
「自衛官なら公務員で安定してるから、転勤してもついてきてくれる人って多そうですけどね」
「安定してると思われてるから、シングルマザーから声がかかることも多くて……」
やたらシングルマザーをくり返す。男性側の視点からアプリを語ると、私が遭遇しがちな『20代女性を狙う40代男性』の世界が見えないらしい。
「あと、僕は複数の人と同時進行するのが苦手なんです。だからいろんな人とメッセージのやりとりをするアプリは向いていなくて」
誠実だが、アプリでそれは効率が悪い。ただでさえ途中でメッセージのやりとりが途絶える世界だ。男性側は女性よりもサクラや業者に当たりやすいと聞いたことがある。
婚活パーティーで出会ったとはいえ、あくまで最初は知り合いとしての関係だ。お互いの婚活トークをしている内に、ケーキも食べ終え長居してしまっていた。
お会計の際、またしても角田さんが支払ってしまう。それが申し訳なくて、私は焼き菓子を買った。
「今日はごちそうさまでした。これ、運転のお供にしてください」
アップルパイやアイシングクッキーなど、持ち帰りのお菓子もまたおいしいのだ。角田さんはそれを受け取って嬉しそうに笑った。
「あの……深い意味はないんですけど、また聖地巡礼しませんか?」
地下鉄駅での別れ際、彼がそう言う。
「まわりにゴールデンカムイの話できる人がいなくて、もっとお話ししたいなと思って」
「ありがとうございます。でも……片道2時間は大変ですよね。せっかく来てもらっても、私の仕事が忙しい時期もあるので」
「運転は本当に気にしないでください」
次はサッポロビール園で聖地巡礼しましょう。そう約束して、角田さんと地下鉄で解散した。
