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【岩村城】織田家はやっぱり美男美女の家系だった!

 山城・・・正直、しんどいんですよね。今回の訪問は、日本三大山城の1つである岩村城。春に訪問したのに、いいお天気で汗だくになりました。今回は、筆者が取得している日本遺産ソムリエの知識も盛り込んだ、戦国時代好きに読んでいただきたい内容を目指します!(文字多いぜ!)


霧の城・・・?

 岩村城は、霧ヶ城という別名を持っています。その名の通り、霧が発生しやすい場所であることと、伝説にちなんでいるとのことです。

築城後800年経った今でも井戸からは水が湧き出ている。 戦いのときに蛇骨を投入するとたちまち霧が湧き出し、敵の攻撃を阻んだという伝説の「霧ヶ井」という霊泉があることから、別名「霧ヶ城」ともよばれる。

岩村町観光協会

朝早く、旅館の朝ご飯を食べる前に山城へ登ると霧を目撃しやすいというありがたいような、ありがたくないようなアドバイスがネットでは散見されます。料理も美味しい旅館に泊まりましたので、筆者はぐっすり寝ました・・・。これまで、備中松山城と竹田城の雲海予測を的中させてきましたが、同じく季節は11月など秋口が適しているようです。

写真を拝見すると、雲海とはまた異なり、故人がゆっくりと眠れるであろうと思う雰囲気でした。また、機会があれば見てみたいです。


歴代城主

 恵那市岩村歴史資料館前にたなびく幟にご注目ください。

右から古い順となっています。今回、注目していただきたいのは、右3つの幟です。

一番右が、築城をした遠山家最後の城主の遠山景任。この方は武田家の庇護にあり、そこに実は武田信玄には贈り物をしたり、せっせと胡麻をすっていた信長が年下の美女おば、おつやの方を婚姻させました。

景任さん、子供が生まれる前に病死してしまい、信長の五男・御坊丸が養子に迎え入れられました。これが右から2本目の幟。

その後、おつやの方が後見として実質の城主を務めますが、武田家家臣の秋山虎繁に攻め込まれます。この虎繁氏、どこかでおつやの方を見たのでしょうか?その美貌の彼女との結婚を条件に、城兵の救命を申し出ました。それが、右から3本目の幟。

遠山家が約400年も治めた土地なのですが、村としては、このおつやの方を推しています。

マンホールにも”女城主の里”とあります

このおつやの方、養子として預かっていた信長の五男を武田側に人質として送ってしまい信長が怒り、2年後、降伏を承服されたにも関わらず、夫妻は処刑されてしまいます。美人過ぎると、不幸になってしまう方も多いようですね。美人であるがゆえに波乱に満ちた人生を送ったお市の方、淀君も同じ織田家の一員です。


日本遺産ソムリエの視点

 ここで終わるのが岩村城の一般的なご案内になるかと思いますが、筆者は日本遺産ソムリエ2級を所持しているので、さらなるご案内をさせていただきます。

 この秋山虎繁さん、岐阜城の日本遺産に登場するのです。

岩村城の闘いの8年前にも織田信長と虎繁は会っていました。しかも、なんと友好的な関係で、信長が虎繁をおもてなししていたのです。
信長は、長男の信忠の嫁に、信玄の六女である松姫を請いました。その婚約祝いの武田側からの使者が虎繁でした。信長自ら饗応し、能の鑑賞や鵜飼いの見学が行われました。関係が激変するのが、戦国時代の無常さですね

岐阜城へは、電車の接続はそれほど良くなく3時間半程度、車では2時間程度かかりますが、秋山虎繁にご興味が沸かれた方は、両地へのご訪問も面白いのではないかと思います。


いざ、攻城

 本格的坂道が始まる前に、道の右手に見えるのが、矢印で示した太鼓櫓です。それ以外の部分は、下田歌子勉学所・知新館で、櫓および勉学所は再現で、櫓および移築された知新館の正門は松平時代の建築物で、おつやの方の時代には存在していませんでした。

櫓を過ぎると、歩きやすいですが、急な登板になります。

春は美しい景色を堪能しながら、城へ向かって行けました。


大先輩に遭遇

 生物界の大先輩と言えば、和歌山の南方熊楠氏ですが、こちらにも先輩がいらっしゃいました。こんなうららかなところに設置されるとは、三好学氏もご満足されていることでしょう。


木漏れ日もれる山城

 三好博士を通り過ぎると、山感が増してきます。こちらは初門と呼ばれ、右、左と曲がり、侵入を防ぐ工夫がされています。

一之門

どこまでも、ピーカンで眩しい日でした

土岐門

門自体は、現存しているそうです。

廃城の際に岩村町飯羽間にある徳祥寺へ山門として移されました。

岩村町観光協会
舗装もいつのまにか消え去っていました

三重櫓

小ぶりな門の脇の石垣が続いたあとに、初めての大きめの複層仕立ての遺構が三重櫓だと思われます。ちょっと自信がないです。畳橋らしき写真もありましたが、より記憶があいまい、かつネット写真との照合ができませんでしたので、掲載しません。申し訳ないです。

大手門

大手門を過ぎると、ちょっと沖縄の離島を思い出してしまいました石垣が続きます。

霧ヶ井

冒頭でご紹介しました今も枯れていない井戸です。


六段壁

説明不要。眼前にすると、とってもかっこいいです(語彙力よ・・・)。トラクターとか存在しなかった時代によくも、と祖先の英知を称えたくなること必至です。

後述しますが、実は岩村城には仕掛けがありまして、スマホを使用して再現CGをその場で見て、想像の補完をすることができます。今までご紹介した箇所でも使用できるのですが、著作権の有無が分からないので、全部をご紹介することを控えました。
ここ、六段壁はこの城跡でもメインの遺構だと思うので、CGで在りし時の姿を掲載させていただきますね。

岩村城再現CGビューアより拝借

なぜか曇り空のCGになりましたが、まさしく威風堂々という言葉にふさわしいお城ですね。攻城、大変そうです。

どの方向から見てもかっこいい

本丸埋み門

謎の門

 決して、ふざけてません。岐阜県観光公式サイトの専門家2名にも用途が分からない門ということでした。

本丸からの眺め


岩村城再現CGビューア

 先ほど、六段壁で少し触れたこちら。遺構周辺にある案内のQRコードを読み取ることで、現実の光景にCGが重なります。

百聞は一見にしかずなので、1例をご紹介しますね。

左が現実、右がCGになります

面倒だなんて思わずに、ぜひお試しくださいね。
と書きながら、このCGビューアー15カ所あるとのことですが、帰って確かめると15に満たなかったのはここだけの話です。どこで見逃したのか謎です。


参考サイト

岩村町観光協会

岐阜県観光公式サイト

なお、門や料金所はありませんので、営業時間はありません。ですが、暗くなってからの登城はオススメしません。

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tama:旅と動物、時々おいしいものが好きな駆け出しフォトグラファー ありがとうございます。カメラ関係の購入に使用させていただきます。これからも、更新頑張ります