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【ボリビア】近年起きてきたこと

本記事では、近年のボリビア情勢について特集していきたいと思います。ボリビアの経済や社会に関心がある方のみならず、ボリビアへの旅行をご検討している方にとっても有益な情報となるかと思います。

「一体、何が起きてきているか」/「その背景には何があるのか」――これを読者の皆さまとともに考えていけたらと考えております。最後までお付き合い頂けますと嬉しいです。それではスタート致します。


「白いゴールド」を巡る競争

リチウムトライアングル
アルゼンチン、ボリビア、チリの国境をまたがったアンデス山脈の高地には、豊富なリチウム鉱床が点在しています。そのエリアは「リチウムトライアングル」として世界的に知られており、各国政府をはじめ、商社、メーカーなどからの熱い注目を集めています。下の地図はそのリチウムトライアングルの概要です。

地球最大のリチウムを埋蔵していると評価されているボリビアですが、未だに「リチウムブーム」の恩恵を受けられていません。
https://elpotosi.net/nacional/20180725_gobierno-afirma-que-el-pais-tiene-las-mayores-reservas-de-litio-del-orbe.html

地図内A  アルゼンチン
オラロス塩湖/アリサロ塩湖/カウチャリ塩湖/グランデス塩湖/オンブレムエルト塩湖など。
中国のガンフォン・リチウム社などがアルゼンチンの炭酸リチウム生産に参画。豊田通商はオラロス塩湖でのリチウム生産をスタート。

地図内B  ボリビア
ウユニ塩湖/コイパサ塩湖/パストスグランデス塩湖。
中国のバッテリーメーカーCATL社が率いる企業連合がウユニ塩湖とコイパサ塩湖で炭酸リチウムの生産を予定。

地図内C  チリ
アタカマ塩湖。
チリのSQM(Sociedad Química y Minera de Chile)社がアタカマ塩湖で生産を主導。


リチウムラッシュ
近年、自動車、PC、携帯電話などで使われるリチウム資源の利権獲得を目指して、中国、アメリカ、ドイツ、日本などの企業がこのトライアングルに押し寄せています。

これは、メディアが「資源獲得競争」、「争奪戦」と表現するほどすさまじいものです。もはや、競争は「企業がしのぎを削る」というレベルのものではないのです。政府の動きが活発化しており、「政府自ら出資に乗り出して獲得競争に加わる」とするトレンドが顕著に見られるようになってきているのです。


朝日新聞は、リチウムに向かうこの熱狂を「争奪戦」と表現しています。 https://www.asahi.com/business/topics/economy/TKY200910310450.html

読売新聞も、民間企業だけでなく、政府までもが前のめりで突入していくリチウム資源への強い関心を報道しています。
https://www.yomiuri.co.jp/politics/

日本経済新聞に至っては、「リチウム世界大戦」と銘打って、特集記事で大々的に報道しているのです。
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/economic-security-in-data/lithium-part3/

世界情勢は、「リチウムラッシュ(リチウムの採掘ブーム)」です。石油や天然ガスと同様、すでにリチウムは「資源外交」を要する資源の一つとなってしまっているのです。


世界のリチウムのおよそ6割がリチウムトライアングルに埋蔵されている
そして、驚くべきことに、このリチウムトライアングルには、世界のリチウムのおよそ6割が埋蔵されていると言われているのです。その内訳は大きい順に、ボリビア(2100万トン)、アルゼンチン(1900万トン)、チリ(980万トン)です。

上のグラフにある通り、ボリビアは世界最大のリチウム埋蔵量を誇る資源国として知られているのですが。
https://prensamercosur.org/2023/02/08/paises-que-mas-tienen-reservas-de-litio-en-el-mundo-bolivia-chile-y-argentina/

一方、生産量(2021年)に関しては、オーストラリア(51%)が世界全体の半分を占め、チリ(25%)、中国(13%)、アルゼンチン(6%)と続く状況です。

日本経済新聞の記事内にあるグラフより。リチウムの3/4は、オーストラリアとチリから生産されています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN21E5C0R20C23A4000000/

どういうことでしょうか。埋蔵量で世界的な脚光を浴びながらも、ボリビアは依然としてリチウム開発に遅れをとったままなのです。一体全体なぜなのでしょうか。何が、ボリビアのリチウム生産の「障壁」となっているのでしょうか。


ボリビアを潤すことにはつながらなかったポトシ銀山
ボリビアの資源開発が他国に比べて遅れていることについてはさまざまな見解が見られますが、背景の一つには「資源開発は、(外国企業ではなく)ボリビア国内企業が主体として行ないたい」とするボリビア国民の切なる思いがあるのではないかと私は感じています。

この理由を紐解いていくために大航海時代までボリビアの過去を遡ってみることにしましょう。1492年、コロンブスが新大陸を発見した後、スペインは武力を使って南米大陸の領土を次々と植民地化していきました。そして16世紀、現在のボリビア南部にポトシ銀山が発見されると、南米大陸を支配していたスペインはコンキスタドール(征服者)として現地のインディオたちを鉱山採掘の労働力として使役したのです。

インカ帝国征服の象徴として最も強く批判される人物の一人――「フランシスコ・ピサロ」。彼は1530年代にインカ帝国を武力で滅ぼし(アタワルパ皇帝の処刑など)、南米全域の植民地化の基礎を作ったコンキスタドールです。ボリビアも彼の征服事業の延長線上にあり、ポトシ銀山の搾取はまさにその結果として起きました。 実際には、ピサロ暗殺後の十数年後にポトシ山に銀があることが発見されるのですが、南米全体をスペインの支配下に置く基礎を築いた意味で、一部のボリビア国民は、彼に対する強い嫌悪感を未だに抱いています。 https://www.britannica.com/biography/Francisco-Pizarro

その結果、ポトシ銀山からは大量の銀が産出されました。しかし、その銀はインディオたちの手に渡ることなくスペイン本国に送られてしまいます。ポトシ銀山という富を有していながらも、その富はボリビアを潤すことにはつながらなかったのです。


社会的影響力の大きいメディア「El País」の記事。「el lítio no se vende a gallina muerta(リチウムは安値で売り飛ばすな;「a gallina muerta;死んだ鶏値段で」)」、「el litio es de los bolivianos es el oro blanco del pueblo defenderer-mos(リチウムはボリビア人のものだ。それは人民の白い黄金だ。私たちは守る)」と書かれたプラカードを持つボリビア人女性が訴える通り、ボリビア国内ではリチウム権益を巡り、外国に対する強い警戒感が渦巻いているのです。 https://elpais.com/america-futura/2025-06-03/el-accidentado-camino-del-litio-en-bolivia-17-anos-de-promesas-de-un-desarrollo-economico-que-no-despega.html

資源の国有化を推し進めたエボ・モラレス
このような歴史背景があるからこそ、ボリビア国民は国内の資源を守っていくことを重要視しているのかもしれません。その考えを推進させたのがエボ・モラレスです。後述する通り、彼はボリビアの資源を守り国内産業を成長させるため、石油・天然ガス・リチウムの「国有化」を推し進めていきます。

2010年に来日した際のエボ・モラレス・ボリビア大統領。 この当時、モラレスは親日的かつ条件付きで日本市場に開放的な姿勢を見せつつ、外国資本全体に対する歴史的警戒心を隠しませんでした。日本を「資源開発のパートナー候補」として優遇的に扱っていた時期です。 一方、アメリカに対しては反米・反帝国主義の姿勢が強く(特にブッシュ・オバマ期)、資源国有化やコカ栽培問題で対立が目立ちました。また、ブラジル(ルラ政権時代)に対しても、南米左派政権の中では比較的近い関係でしたが、ガス資源をめぐって利害が衝突。モラレス政権時代、ボリビアとブラジルは一定の緊張感がある外交関係でした。
https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/16009/report

資源ナショナリズム
これは、一般的には、「資源ナショナリズム」と呼ばれるものです。資源ナショナリズムとは、「自国の資源は、自国で管理/開発していきたい」とする考え方で、近年、資源国を中心にこの考え方の大きな高まりが見られています。この資源ナショナリズムに関して、象徴的とも言うべき紛争がボリビア国内で起きたので次に紹介していきたいと思います。


ガス紛争(2003年)

パイプラインの建設を巡って紛争が引き起こされる
ボリビアでは、2003年と2005年の2度に渡って、「ガス紛争(Guerra del Gas)」が勃発しました。本コラムでは2003年の紛争(第一次ガス紛争)に注力していきます。2003年の紛争は、サンチェス・デ・ロサダ政権下での天然ガスパイプラインの議論を契機に引き起こされたものです。

苛烈なバッシングを受けたプロジェクト
2003年、ボリビア政府はパイプラインを敷設してメキシコとアメリカに天然ガスを出荷しようと計画しました。計画はパイプラインを最短ルートであるチリに設置することが検討されたものでした。また、パイプラインの建設に関してスペインとイギリスの企業連合が参画することが盛り込まれました。しかし、この計画は「ルート」、「外国企業参入」の双方の面で猛烈な反対に遭い、のちに続く巨大なデモ活動へと発展してしまうのです。


「天然ガス開発は国内企業で賄うべき」とモラレスは訴えた
まずは「ルート」についてです。このルートに関しては、チリに対しての敵愾心を持つ人々がチリを経由するルートに猛抗議し、チリを経由しない「ペルー」へのルート変更をさせようと政府に圧力をかけたのです。

ガス紛争をとらえたフォトです。中央右上のプラカードには次の通り書かれています――「EL GAS NI POR CHILE NI POR PERU PRIMERO PARA BOLIVIA」(ガスはチリにもペルーにも渡さない、まずボリビアのために!)。外国に搾取されてきた歴史は、ボリビア国民の中で大変な屈辱を植え付け、それと同時に外国に対する強い不信感を醸成させました。ボリビア国内には、外資が参入することに強い抵抗と警戒感があるのです。
https://www.internationalist.org/boliviaarde1003.html

写真上はチリの領土「アントファガスタ(Antofagasta)」。

下はその地図。 実は、この領土は元々ボリビアのものでした。1879〜1884年に太平洋戦争(Guerra del Pacífico)が勃発。戦争の結果、チリがこの土地をボリビアから奪取したことで、以降ボリビアは(港のない)内陸国となりました。このことに対して、少なからずのボリビア国民は不満を持っており、チリに対してボリビアに返すよう強く願っています。また、この件でボリビア―チリ間の外交関係は未だに「ギクシャク」したものとなっているのです。

「アントファガスタは、これまでもそうだったし、これからもボリビア領土である(Antofagasta fue, es y será territorio boliviano)」――モラレスを筆頭に、当該エリアについてはチリの領有を認めないボリビア国民は多いのです。
https://x.com/CNNChile/status/975753763997790209

「(開発は)国内の企業で賄うべき」
次に「外国企業参入」についてです。この外国企業参入についても多くの国民が非難の声を挙げていくこととなりました。その先頭に立ったのが、のちに大統領となるエボ・モラレス下院議員です。モラレスは先住民の一部族であるアイマラ族の出身で貧しい農村に生まれ育ちました。彼は、自身の生い立ちもさることながら、貧困にあえぐ国民の姿を何十年も目の当たりにしてきており、ボリビア国民の生活を向上させるためには国内企業を以て国を豊かにしていくことが大切だと考えたのです。そのため、「天然ガス開発は、多国籍企業に任すのではなく国内の企業で賄うべき」とモラレスは訴え、外国企業を参入させたプロジェクトを主導した政府を痛烈に批判していくのです。


モラレスに共感していく人々
民衆はモラレスの必死の訴えに共感していきます。そして、一部の人々は、国民の貧困問題を解消できなかった政府に対し長年に渡り不信感を抱いており、その不信感相重なった形でパイプラインの建設プロジェクトそのものに対しての抗議活動を展開し始めるのです。活動は次第に反政府デモへと傾いていき、激化の一途を辿っていきます。

街中に広がるデモ隊の様子。この紛争時、各地で武力衝突が何度も起こされました。 https://www.opinion.com.bo/articulo/informe-especial/20-anos-guerra-gas-justicia-tiene-aun-temas-pendientes/20231013211358924090.html

抗議活動により複数名の死者が出る
そして、ついに全国各地で抗議活動が勃発し、いくつかの抗議活動は治安部隊との衝突に発展してしまいます。2003年9月、チチカカ湖近くの町ワリサタで農民と治安当局が衝突。治安部隊の1名と8才の少女を含む市民4人が死亡しました。その後も、政府に対する抗議活動と道路封鎖、デモ、労働者ストライキが地方で相次いで展開されていくのです。

10月の虐殺(Masacre de Octubre /Octubre Negro)
この社会的な混乱はラパスにまで波及します。9月30日、ラパスでガス輸出に反対した数千人規模のデモが勃発します。10月11日には、ラパス近郊のエルアウトで政府により派遣された軍隊との衝突により、5才の子どもを含む2人が死亡しました。10月12日には、エルアウトであらたな衝突が発生。地元メディアは26名の死亡を報道しています。

数日間に渡って数十名の死者を出すこととなったエルアウトでのこの悲惨な出来事は「10月の虐殺(暗黒の10月)」とも呼ばれ、人々の記憶に深く刻み込まれています。


サンチェス大統領、メサ大統領ともに苛烈な抗議活動を受けて大統領職を辞任
2003年10月17日、この一連の混乱の責任を問われ、チリ経由でのガス輸出を推し進めてきたサンチェス・デ・ロサダ大統領(任2002年―2003年)は辞任。彼の後任にはカルロス・メサが就きました。

(写真)サンチェス・デ・ロサダ大統領。あまりにも苛烈な民衆の抗議を受けた形での辞任となりました。
https://correodelsur.com/politica/20230620/gobierno-suma-criticas-a-goni-oposicion-opta-por-el-silencio.html

また、カルロス・メサ政権(任2003年-2005年)下においても、2005年5月、天然ガスの国有化を巡って再び抗議活動が勃発しました。これは「第二次ガス紛争」と呼ばれています。連日に渡る人々の猛抗議を受けて、2005年6月、2003年のサンチェス大統領と同様、メサも大統領職を辞任することとなったのです。

(写真)カルロス・メサ・ボリビア大統領。
https://www.americasquarterly.org/article/bolivia-has-changed-since-2003-has-carlos-mesa/

ガス紛争を巡って、エボ・モラレスが台頭していく
そして、2003年と2005年に起こったこのガス紛争を巡って、エボ・モラレスが頭角を現すこととなるのです。彼は民衆からの圧倒的な支持を受け、2005年、大統領選挙に勝利。翌2006年に大統領に就任します。それでは、次にモラレスについてフォーカスしていきたいと思います。

(写真)エボ・モラレス。彼は、ボリビア西部のオルロ県のイサラウィ村(Isallawi)の貧農の家に生まれました。幼少期はラマの世話をしながら過ごし、基礎教育しか受けられませんでした。17歳頃に兵役を務めた後、1978年頃に家族とともにコチャバンバ県のチャパレ地方(Chapare)へ移住します。これは高地の旱魃や貧困から逃れるための移住で、そこでコカ(coca)の栽培農家となりました(ボリビアでは伝統的に合法的な作物です)。 1980年代には、地域のコカ栽培農家組合に加入。アメリカの麻薬撲滅政策(コカ畑の強制根絶)に対し、農民の権利を守る運動で活躍しました。 彼は、地元での草の根の労働組合活動(特にコカ農民組合)を武器に、貧困層・先住民・農民の不満を組織化し、のちにはMAS党という大衆政党を築き上げます。これが政治家キャリアへとつながります。エボ・モラレスは、貧困農家出身でありながら、「組合リーダー」→「国会議員」→「大統領」という道を、富裕層バックアップ一切なしで切り開いた、前例のない人物なのです。
https://www.nytimes.com/2019/11/23/world/americas/evo-morales-mexico.html

史上初となる先住民出身の大統領

得票率53.7%という驚異的な支持率
2005年12月、前述のガス紛争で頭角を現したエボ・モラレスが大統領選挙で当選しました。彼の得票率は驚異の53.7%。次点はキロガ前大統領の28.6%。何と、モラレスは次点に対し25ポイント以上の差をつける圧勝劇で大統領の座を手にすることとなったのです。また、この勝利により、モラレスはボリビア史上初めて先住民出身の大統領(任2006年-2019年)となりました。

人口の面で、国内では「マイノリティ」な存在である、先住民族グループ(主には「アイマラ族」と「ケチュア族」)からの熱狂的な支持を集めたエボ・モラレスは国会議員を経て大統領職に就きます。 1997年にモラレスが創設した「MAS党(Movimiento al Socialismo)は、水戦争(2000年)、ガス戦争(2003年)で、「民営化」や「外国資本依存」を批判。貧困層の生活苦を代弁し、資本家や外資参入への反発を全国的に広げました。これが、先住民族グループのみならず、ラパスやエルアウトの都市労働者・貧困階層にも共鳴し、エボ・モラレスへの爆発的とも言える支持につながったのです。
https://www.lavanguardia.com/gente/quien/20141019/54418033271/evo-morales-indigena-mueve-hilos.html

(写真)アイマラの人々。アンデス高地に住む先住民族の一つで、ボリビアでは、ケチュア族と並び、最大級の先住民族グループ(ボリビア国内では約160万人)で、国内総人口の15%程度を占めています。エボ・モラレスはこのアイマラ族の出身で貧困の中で育った政治家です。 アイマラ族とケチュア族の主要な産業は農業で、その農作物のうち世界的にも有名なものが写真にも映っている「キヌア(Quinua)」です。キヌアはタンパク質豊富な「スーパーフード」ともてはやされ、2010年代、爆発的なブームとなりましたね。
https://www.britannica.com/topic/Aymara

写真)ケチュアの人々。彼らが話すケチュア語は、インカ帝国時代には支配層が話す言語(公用語・行政言語)であったとされています。のちのスペイン人による植民地時代には、アイマラ族とともに、従属的な地位に置かれながらも、カトリック教会の布教や植民地行政の「共通語(lingua franca)」としてある程度利用され、存続・普及した一方で、先住民全体の文化的・社会的抑圧の中で次第に劣位に追いやられてしまいます。
https://blogs.worldbank.org/en/voices/putting-ourselves-women-s-shoes-experiences-rural-bolivia

「疎外され、屈辱を受け、軽蔑され、排除の憂き目に遭ってきた」
とてつもなく大きな民衆の支持を受けたモラレスは、大統領就任式の場で先住民として生きてきた自身の過去を振り返り、次のように思いの丈をぶつけます――「(彼らは)疎外され、屈辱を受け、軽蔑され、排除の憂き目に遭ってきた」、「この素晴らしい土地の絶対的な所有者であるにもかかわらず、私たちは人間として認められたことがなかった」。

(写真)就任の際に、議会で先住民を代表してスピーチをするエボ・モラレス 社会のマイノリティだと考えられてきた先住民族グループから出てきたエボ・モラレスの大統領就任は、ボリビア国内では、大変インパクトの強い出来事だったのでしょう。爆発的な人気を背にボリビアの政権運営をしていくことになったモラレスでしたが、後年は「独裁者」との批判を強く受けるようになりました。
https://www.elmundo.es/elmundo/2006/01/22/internacional/1137941032.html

さらに、モラレスは従来の政策とは一線を画した形でボリビアを牽引していく覚悟を居並ぶ議員たちを前に堂々と表明したのです。彼は次のようにコメントしています――「今、国の指揮を執り、まとまりのある国家へと導くのは、この国で最も気高く、最も真摯で、純朴な先住民たちである」。


モラレスは石油・天然ガスの国有化を進める
この就任式の宣言を体現するかのように、モラレスは、以前までの政権が行なってきた資源政策を一転。大きな改革を推し進めます。その具体例の一つが、2006年に発効されることとなったボリビア国営石油公社(YPFB: Yacimientos Petrolíferos Fiscales Bolivianos)の事実上の国有化です。

エボ・モラレスによる、ボリビア国営石油公社の「国有化(Nacionalización)」を報じた記事。掲げられた旗に「Propiedad de los Bolivianos(ボリビア国民の所有物)」と書かれている通り、この国営化は国民の国威発揚に大いに貢献しました。また、これにより国家収入が大幅増となり、モラレスは、年平均5%程度の経済成長率(それ以前は2%程度の成長率)をボリビア国民にもたらすこととなったのです。 しかし、長期的に見れば、国営化には評価が分かれます。アルセ政権時代の2023年から2025年にガス油田が枯渇。ボリビア経済は深刻な経済危機に陥りました。新規探査・開発を軽視し、既存ガス田を枯渇させた原因には、国営化が遠因なのではないかと一部では囁かれています。
https://www.anoticia2.com/2024/04/gobierno-de-evo-ignoro-estudio-que.html

モラレスは、YPFBの関連企業としてボリビア国内で操業していた外国企業に対して、石油・天然ガス事業における生産、輸送、輸出工程における統括をYPFBに一任させるとする新たな契約の締結を求め、同社の力を増強させたのです。


モラレスのリチウム開発には壮大な内容が含まれていた
さらにはです。2008年、モラレスはリチウムの国有化を推し進めたのです。これは前述の、国内企業に力をつけさせる石油・天然ガスの国有化のケースとは大きく異なるものでした。モラレスはボリビア国内にリチウム生産プラントとバッテリー製造工場を建設し、リチウムイオンバッテリーを輸出させようと構想したのです。

しかし、リチウム開発に関わるこの野心的な計画は実現されることはなく、結果としてボリビアのリチウム開発は遅れることとなってしまったのです。理由の一つとして、リチウム生産に必要とされる専門知識や技術を有する人材が同国内で適切に配置されてこなかったことが挙げられます。リチウム開発に関して言えば、ボリビアは「国内企業に任せたい」という想いが裏目に出てしまったと言えるのかもしれません。ここまでが、モラレス政権下で行なわれてきた資源開発を巡る動きです。

上の記事内で取り上げている「リチウムバッテリー製造工場建設」という、エボ・モラレスが提唱したボリビアの壮大な目標は、はかなく散ってしまったのです。
https://www.bbc.com/mundo/articles/cqle6ly0ke5o

資源開発を巡る抗議デモ

ドイツ企業とのリチウム開発プロジェクトの契約を破棄したモラレス政権
では、ここからは話のテーマを変え、南米大陸で起きている資源開発を巡る衝突について言及していきたいと思います。

2019年、モラレス政権は合意に至ったドイツ企業ACIシステムズとのリチウム開発プロジェクトの契約を破棄しました。破棄に至った理由は定かにはなっていませんが、このプロジェクトの開発予定地であるポトシで激しい抗議活動と道路封鎖が行なわれていたことが報道されています。

上の記事は2019年のものとは別のものですが、リチウム採掘を巡って起こされる抵抗デモ活動はボリビア国内で何度も起きています。
https://unitel.bo/noticias/economia/potosi-suman-las-protestas-en-defensa-del-litio-y-piden-un-ajuste-en-el-ingreso-por-regalias-JP14938199

また、2023年3月、同じくポトシでリチウムの採掘に反対する抗議デモと道路封鎖が起きました。この抗議デモは、リチウムの採掘からのロイヤリティとさらなる雇用を求めて起こされたものでした。

いくつかの資源開発プロジェクトに関しては苛烈な抗議活動が起きている
このように、ボリビア、ならびに南米の各国では資源開発を巡ってたびたび抗議活動や衝突が発生しています。いくつかの抗議活動は大変苛烈なもので、操業が一時中止へと追い込まれたり、もしくはプロジェクトそのものが白紙となってしまったりすることがあります。以下、資源を巡り南米各国で起きているいくつかの衝突をまとめてみました。


エクアドル

アメリカの石油会社テキサコ(現シェブロン)が引き起こしたとされている環境汚染により、熱帯雨林オリエンテに住む多くの人々(主には先住民)が苦しめられています。具体的には、テキサコが掘削で出た廃棄物が間違った方法で投棄したために、有毒性物質が滲み出し地下水を汚染。流れ出た汚染水の悪影響により、周辺住民の間では病気に苦しむ人や、がんに侵される人が続出したとされています。また、先天性疾患のある子どもが生まれたとの報告もされています。

このことも相まって、石油開発に関しては同国内で根強い反発があり、反対派の人々による石油施設内への侵入、パイプラインの破壊、道路封鎖などがたびたび展開されています。

なお、この廃棄物の投棄を巡り、シェブロンは訴訟を提起され、86億米ドルの賠償支払いを裁判所に命じられています。

映像内0:57の箇所では、お腹が大きく突き出た子どもたちの映像が出てきます。痛ましすぎてまともには直視できない現実がエクアドルの奥地のアマゾンで起こされていたのです。


チリ/アルゼンチン

チリ北部のアタカマ塩湖では、リチウム産出の際に地下水が大量に汲み上げられています。そのことに関して環境破壊リスクを懸念する声があります。

チリ中部にあるパスクーア・ラマでは、金・銀・銅などの採掘が予定されていますが、採掘の際には大量の水が汚染されると懸念されており、一部の人々は鉱山開発に反対を表明しています。

チリ南西部(主にラ・アラウカニア州)からアルゼンチン南部に跨る土地を自らの領土とし、先祖代々農業と牧畜で暮らしを立ててきた「マプーチェ族」は、自らの土地で行なわれる森林伐採を認めず、林業従事者との間で激しい抵抗活動を繰り広げています。このエリア(別名「マクロソーナ・スール」)では、材木トレーラーへの放火事件、傷害事件、殺害事件などが報告されています。

マプーチェ族(Mapuche)は、南米チリ(主にアラウカニア地方)とアルゼンチンにまたがる先住民で、チリ最大の先住民集団です。人口は約150万人前後とされ、チリ総人口の約9-10%を占めます。彼らは、伝統的に農業や自然との深い結びつきを重視する文化を持っています。

マプーチェ族は、スペインの征服に対して非常に強力で長期的な抵抗を示したことで知られる勇猛果敢な一族です。一方で、20世紀以降、政府が推し進めた土地改革により、大きな軋轢が生まれることとなり、時には放火を伴う過激な抗議活動が引き起こされてしまっているのです。 https://www.mapuchetourism.cl/english/

ブラジル

アマゾンに住む先住民の土地や保護区などでは、「ガリンポ」と呼ばれる鉱物資源の違法採掘活動、およびこの活動に従事する「ガリンペイロ」の存在が長年問題視されています。そして、この違法な採掘活動により環境が破壊されているとされています。具体的には、森林伐採、採掘活動で引き起こされる地形の無秩序で大幅な変化、金の抽出プロセスで使用される水銀による環境汚染です。

上の写真は、ガリンペイロにより、無残にも破壊された土地です。 https://www.brasildefato.com.br/2021/08/15/pedidos-de-autorizacao-para-garimpo-no-amazonas-dispara-342-em-2020/

アマゾンでは先住民―ガリンペイロ間での衝突が絶えず、殺人事件がたびたび発生しています。

本作「ガリンペイロ」は、NHKディレクターの国分拓先生が、約50日間、アマゾン奥地に滞在・潜入取材して書き上げたものです。「黄金に憑かれた男たち」の刹那的で濃密な生き様を通じて、現代社会の影の部分(格差、欲望、法の及ばない世界)を浮き彫りにしています。私も読んでいて、圧倒されてしまいました! 国分先生、素晴らしい作品をありがとうございました!

ペルー

ラス・バンバス銅鉱山では、中国のMMG社に対し、先住民が道路封鎖をはじめとした抗議活動を展開しており、同社操業の断続的な停止がたびたび報じられています。

動画はラス・バンバス銅鉱山で引き起こされている抗議活動を扱ったものです。資源開発には、地元住民の理解が必須となってくるのです。


以上が、資源を巡り起きている南米諸国で起きているおもな衝突です。こういった歴史的経緯もあるため、開発一辺倒の議論ではなく、環境面の配慮、労働環境の改善、周辺住民の理解などを踏まえた慎重な議論が南米各国で行なわれているのです。


【最後に】リチウムの将来性について

次世代電池に関してはリチウムに代わる材料が模索されている
リチウムは、特定国に偏在していることから、将来における資源供給リスクが常々指摘される資源です。

こういった情勢を受けて、リチウムに代わる材料を使った「次世代電池」の開発が各方面で行なわれています。例を挙げると「ナトリウムイオン」、「フッ化物イオン」、「マグネシウムイオン」です。しかし、いずれの材料においても、実用化までにはいくつかの課題があるとされています。

白いゴールドはボリビア経済をさらなる発展へと導くのだろうか
目下、次世代電池として大きな注目を集めているのは、トヨタ自動車が開発を推し進めている「全個体電池」です。しかし、全個体電池はリチウムイオン電池と同じくリチウムを使用するため、将来起こりえるリチウム供給不安定化の課題解消とはなりません。そうした情勢を踏まえると、このリチウムラッシュはまだまだ続くと考えてみてもよいのかもしれません。

既存のバッテリーに比べ、寿命、航続距離、出力のいずれも大幅に向上させることになる全個体電池への期待は大きいものがあり、これが市場投入されれば、HV車、ガソリン車双方が持つシェアを大きく削ることになるのでしょう。

市場投入は2027年か2028年だと噂されています。これは未来の話ではないのです!
https://spectrum.ieee.org/solid-state-battery

ボリビアは最貧国の地位から抜け出ることができるのだろうか
その価値の高さから「白いゴールド(oro blanco)」とも形容されるリチウム――「EVシフト」の世界的な潮流を背景にして、ボリビアは最貧国から抜け出し、自国経済の発展につなげていくことができるのでしょうか。

白いゴールド(oro blanco)」と呼ばれる、ボリビアのリチウムを扱った記事。生産・輸出を巡って、「政治的争い(pugna política)」が収まる気配は依然として見えません。

https://www.dw.com/es/la-pugna-pol%C3%ADtica-por-el-litio-el-oro-blanco-de-bolivia/a-73523577

ボリビア

https://www.scribd.com/document/735743603/Mapa-de-Ame-rica-del-sur

■ 国土面積:110万km2(日本の約2.9倍)
■ 人  口: 1222万人(2022年)
■ GDP(名目):440億米ドル(2022年、世界第97位)
■ 主な言語:スペイン語、アイマラ語、ケチュア語など

国土/人口分布
ボリビアは、チリ、ペルー、ブラジル、アルゼンチン、パラグアイに囲まれた内陸国です。国の南西側にあたる部分はアンデス山脈が縦断しており、国土の多くは3,000mを超える標高に位置しています。

地理の面から見た場合、大きくは次の4つに区分されています。西から、標高3400mを超える大地が広がるアンデス高原地帯である「アルティプラーノ」、一大穀倉地帯でコカ(コカインの原料となる木の葉)の産地としても知られる「エル・バリェ/バジェ」、熱帯雨林に覆われる北部のアマゾン川流域「リャノ(オリエンテ)」、そしてリャノの真下に位置し乾燥した大地が広がる「グランチャコ」です。

ペルーとの国境にまたがった位置には、チチカカ湖(ティティカカ湖)があります。チチカカ湖は富士山よりも高い場所に位置する淡水湖で、大きさは琵琶湖の12倍。この湖ではニジマスの養殖が盛んに行なわれています。また、ボリビア海軍がこの湖で活動しています。

人口(2020年)は大きい順に、標高3,600m付近にあり中央行政機関が集まっているラパス(292万人)、サンタクルス(285万人)、コチャバンバ(202万人)です 。なお、サンタクルスには、サンフアン移住地とオキナワ移住地という2つの日系人コミュニティーがあります。


輸出品/主要港湾
輸出(2016年から2020年の平均)については大きいものから、天然ガス、地金、亜鉛、銀です。同期間における輸出先は上位から、ブラジル(17%)、アルゼンチン(15%)、EU(9%)、インド(8%)、日本(8%)です。

ボリビアはチリとの戦争(1879年-1884年)に敗れ、太平洋側の領土(アタカマ地方)を割譲してしまったため、港湾を持っていません。そのため、太平洋側の海上輸送は、主にチリ(アリカ、イキケ、アントファガスタ)を経由して行なわれています。

なお、ボリビアは、チリに対し割譲したアタカマ地方の返還を現在も求めています。しかし、チリはそれに応じていないため両国の関係はこじれたままとなっており、以前に存在した国交の回復は未だされていません。この領土問題は前述部した「ガス紛争」の火種となりました。ただし、両国首脳間の政治的交流は見られ、チリのボリッチ大統領はボリビアとの正式な国交回復に意欲的な姿勢を見せています。

ボリビアについては以上です。最後までご覧下さり、ありがとうございました。

私は南米/中米/カリブ海諸国の時事コラムを作っております。今後、他の国についてもアップし続けていきますので、お手すきの際にあらためて立ち寄って頂けますと嬉しいです。

田町 崎(たまち さき)

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