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人間の「不思議な能力」について

徐々に養われていく「不思議な能力」

突然ですが、語学にまつわる、「不思議なこと」をお話しさせて頂きます(なお、私は現実主義者です)。

外国語の発音と向き合い始めて、気づけばもう20年以上が経ちました。

母国語の日本語に加え、仕事の縁で始めたブラジルポルトガル語、メキシコ留学で本格的に取り組んだスペイン語、中学から学んだ英語──この4言語を、不器用ながらも細々と続けてきました。

そんなこんなで、長い年月をかけて語学と向き合っていると、徐々にではありますが、「自分の中に、こんな風に耳や舌が育っていたのか」と気づく瞬間が、時々訪れるようになったのです。それは、努力している最中には、なかなか、気づけないものでした。

顕著に出てくるようになった「能力」

これが何なのかというと、簡単にまとめると、次にあげる3つの能力です。

耳がよくなる
②特定の音の記憶を短期間保持できる
③一度聞いた音をすぐにまねる

これは、私自身が学んできた4言語に留まるものではありません。 驚くべきことに、まったく学んだことのない言語でも同じ現象が起きるのです。

ただ、さすがに学んでいない言語となると、もちろん意味はさっぱり分かりません。 文法も知りません。 語彙もゼロです。それでも、 「発音を聞き取れる」し、「発音を即座にまねできる」 という不思議な感覚が生まれてくるのです。

日常生活の中で気づける、養ってきた能力

こういった能力は、実際に、私の中で日常的に起こっており、たとえば、エレベーター内で聞く中国語の会話や、街中で出くわす何の言語かすらわからない外国語など、「意味はまったく分かりません」が、発音は「クリアに聞き取ること」ができるのです。もちろん、本人たちを目の前にして実践することはありませんが、「模倣すること」もできます。

訓練によって「養われる能力」

私見ではありますが、語学を長く続けていると、最初は意識すらしていなかった能力が、徐々にですが、輪郭を持って現れてくるのだと思っています。

そして、これは「語学に限ったことではない」のだと思っています。 長年、ギターを弾いてきた人は、音の微妙な揺れを聞き分けることができるのだそうです。 同様、長年料理をしてきた人は、香りの変化で火加減を判断でき、 長年スポーツをしてきた人は、身体のわずかな重心のズレを感じ取ることができるのだそうです。

つまり、語学で起こっていることは、他のどんな分野でも起こり得ることなのだと思います。長く続けている人なら、誰しも「いつの間にか身についていた力」に気づいた経験があるのではないでしょうか。

「若い方が語学習得に有利」という見解には否定的

だから、ここでは、このコラムの結びとして、「若い方が語学習得に有利」という見解につき、自らの体験も踏まえ、否定的な意見を述べたいと思います。

一般的に、語学習得は若い方がいいと言われます。 確かに、子どもの吸収力は驚異的です。彼らはスポンジのようにグイグイと言葉を吸収していきます。

しかし、私は、この見解に、少し懐疑的です。なぜなら、 加齢によって失われる能力よりも、長年の訓練で獲得される能力の方が、語学習得においては大きいのではないか と感じるからです。

「耳の精度」、「音を、短時間、記憶する力」、「音を模倣する力」── これらは、年齢ではなく「経験の蓄積」で生み出される力だと思っています。そしてこれらの力は、学んでいない言語にすら応用できるとも感じているのです。 

年齢で語学をあきらめてしまうことがないよう

語学習得において、年齢は確かに一つの要素です。 しかし、決定的な要素ではないです。むしろ、積み重ねた時間が、年齢を超える力を生み出す、と私は信じています。

年齢を理由として、語学をあきらめてしまうのは早計だと思います。経験を積んでいくことで見えてくるものは、語学には確かにあるのです。

長年続けてみて、「驚くべき自分」に出会えるのであったら、語学はそれだけで挑戦する意味があるものだと言えるのかもしれませんね。


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