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ガクという澤部について。

ラジオをよく聴く。

王道ではあるのだが
ハライチのターンでラジオの面白さを知り
今現在、たくさんの番組を
毎週聞いている。

書き出してみよう。

・ハライチのターン
・霜降り明星のオールナイトニッポン
・サカナクション山口一郎のオールナイトニッポン
・リリーフランキースナックラジオ
・ナイツのちゃきちゃき大放送
・ナイツザラジオショー
・金属バットの社会の窓
・キュウ空想の間
・橋本、奥田の銀銀学学
・安住紳一郎の日曜天国
・伊集院光深夜の馬鹿力
・真空ジェシカラジオ父ちゃん
・コテンラジオ


聞き流しているようなものも含めると
ザッとこのくらい聞いている。

中でも
霜降り明星と、ハライチと、真空ジェシカと
リリーフランキー
は、お気に入りだ。


ハライチのターンが好きで始まった
私のラジオ人生だが
真空ジェシカのラジオ父ちゃんを聴いていると
真空ジェシカのガクに対して
ハライチの澤部と同じような雰囲気を
感じる事がよくある。


それぞれの個性が違うので
同じではないのは、よくわかるが、
宗派は、違えど源流は一緒のような感じだ。


共通している事は分かる。

澤部の相方である岩井と
ガクの相方である川北は、
どちらも、しれっとしながら
ボケに徹するボケであると言う事だろう。

ボケを一種のアートとして
ボケているような印象を受ける。

ガクと澤部が似ているのと同じく
岩井と川北も似ているように思う。

お笑い芸人として、
常にお笑いを求める、
真面目なシーンでもボケたい。
いかに面白くふざけるか。
そこに美学がある。
その意気込みを感じる。

ナイツの塙からも似た空気を、感じるが
塙からは、
社会人としての最低限のマナーを感じるので
(本来それが当たり前だが。。)
圧倒的にボケに徹するという意気込みが
2人より薄いようには感じる。
(しかし、彼はきっと本当は徹したいという気持ちは、感じる)

その他好きな芸人は、沢山いるが
ハライチ、真空ジェシカに感じ取れるような
アートとしてのボケを感じる芸人は、
少ないように思う。

そして、その代表格は松本人志かもしれない。


ハライチも真空ジェシカも
どちらも、ボケに徹底したアートなボケに対して
ツッコミが振り回されてあげているという構図だ。
振り回されているわけではない、
分かった上で乗ってあげているような感じだ。


川北の行き過ぎたボケに対して
ガクが怒られるようなシーンは
それを象徴している。
アートとしてのボケに対して
大衆は、批判する事ができないのだ。
理解できないものに批判は出来ない。

理解できるように解説する役目、
それを管理できていない立場のものが
批難を浴びるのは当然だ。


ハライチや、真空ジェシカを見ていると
周りに忖度したり萎縮したりして
ボケに徹する事の出来ない芸人は、
芸人らしくないな、とすら思ったりする。


それにしても、ガクという芸人は、
こんなにもキャラクターが完成していて
キャラが立っているのに
唯一無二な感じがして凄いな。と思う。

嘆きのようなツッコミは、
もう、ガクの声でしか再生されないし
なんかこれ、ガクっぽいな。みたいな風に
ひとつのジャンルを作ったとも言える。


ハライチの岩井
真空ジェシカの川北
ダウンタウンの松本

ゆりあんレトリバーなんかも
もしかしたらこの類か。

カリスマ的、アート的なボケ、
その場で思いついた
テキトーな事を言っているようで
その場を俯瞰して見た上で最上を選んでいる。

そんな崇高なボケに相対するツッコミは
やはり、
それもまたカリスマ的な
唯一無二のツッコミとなりうるのだろう。
ならざるを得ないのだろう。

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