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『滅国の英雄』断章ー魂の継承者ー ♯2 空の支配者 【連載小説】 創作大賞2026 ファンタジー小説部門

【あらすじ】

人の努力とは、何かを続けるためにあると思っていた。
しかし、「あの方」のように、何かをやめるために全力になる人もいる。

最高の形で、去りたい。
誰にも迷惑をかけず、理想を実現するために‥‥‥

依然として、時折大量の紙束が届いていた。
私が読んでも、その真意はわからない。

でも、その文字から伝わる熱量だけを、ただ信じることにした。

そんな、日々を送っていた。


――数年後、無能な私はリブラリス領の一部を任される領主となっていた。

わたしという、からの神輿が高く担がれるほど、領地は豊かになっていた。

私は、持ち上げやすい。
誉められると、すぐに気分がよくなる。

だが、あまりにも実感のない、実績と名声が積みあがるこの幻想のような世界が怖い。

その怖さは、本当は無能であるということが、周囲に知られるかもしれないというものではないようにも‥‥‥

私の知らないところで、今日も私が活躍している。

人々の感謝の言葉に対して、そのように振舞う。

今日はどんなお題で踊ればいいのだと‥‥‥
私は、来客の知らせを聞くと震える。

執事から父の友人が来ているという知らせを聞き、すぐに向かう。

「‥‥‥誰も部屋に入らぬように、心配はいらない。張り付いていては失礼になる」

いつもは、ともにする者たちに断りをいれ遠ざける。

わたしは恐る恐るゆっくりと扉を開ける。

ーーギギッー。

部屋に入り、目の前の光景を見て、すぐに扉を閉め鍵をかける。

椅子に座って待っているその姿は、まさに領主の風格である。
応接室には、自由を手にした、元上官の「彼」が訪れていた。

かつてのおぞましい面影を重ねながら、話しかける。

「あの‥‥‥お久しぶりです‥‥‥」

目の前にすると、なぜか緊張してしまう。
しかし、いつもの緊張感はここにはない。

むしろ、久しぶりにこの姿を見て、少し安心していた。
私の幸福は「この方」によってつくられたものである。

紙のやり取りでは、これが感じられない。
現実を確認できた安心も束の間、冷静になると元の不安が舞い戻る。

それはいつでも不幸にすることが出来ると、言われているようなもの‥‥‥
私のような人間が考えることは、この程度である。

だから、そのようなことを考えず、ただこの幸福を素直に受け入れることが、もっとも正しいことだと。

あるいは、それすら‥‥‥

その瞳は、何をしても見透かされ、どこを見ているかわからない。
今か過去か、あるいは未来なのか。全く想像できない。

しかし、この方はいつも、私に幸福の道を示してくれた。
私だけではなく、皆を幸せにしてしまう。

「頼みたいことがあってね。新しい公共事業の計画なのだが。リブラリス領の命運を左右するものになると思っている」

月日が流れ、忘れていたあの日々の記憶が蘇る。
また石碑のような、あの大量の書類を渡されるのではないかと。

直接来られたという重みはどこに。
周辺を見渡しても、何も見当たらない。

そして、今度はいったいどのように踊らされるのか‥‥‥

だが、成長した姿を見せたいとも思った。
今できる最大限の抵抗を「この方」にみせようと‥‥‥

「‥‥‥難しいことはできませんよ‥‥‥」

無能である私は、「無能を盾」に逃げようとした。
これこそ、私の「最強の武器」であると。

この方の頼みなど、私ごときが手伝えるわけがない。
これまでの幸福は、私が手を加えず、この方だけで実現してきた。

ならば、私が手伝わないという選択こそ、この場における正解なのだと。

何かを察したかのように、彼はやさしく語りかける。

「そうだな‥‥‥では、これを見てくれないか?」

足音をさせず、幼い少女が全身を覆い守る姿で現れる。

「‥‥‥あの、これは‥‥‥」

――サササッ!スッスッス!‥‥‥

娘と変わらぬ年頃の少女は、屋敷の煙突を熱心に掃除し始めた。
汗を流し、ところどころに黒い煤(すす)をつける姿は、わたしの心にささるものがあった。

少女の姿を眺める私に、彼は問いかける。

「どう見えた?」

塵すら残さない、その丁寧かつ迅速、軽快な仕事っぷりは見事であった。

まるで、あの時の上官がつくっていた「完成」をみせられたように。

私は素直に見て感じたことを伝える。

「美しい‥‥‥素晴らしいとおもいます!これは、街の皆も助かるかと!」

「そうか。それはよかった」

上官だった時には、見たことがない嬉しそうな表情であった。
いや、わたしが見ようとしていなかっただけのようにも。

今、この方とわたしの気持ちは繋がっているように想える。

それは、わが娘を見守るような時に浮かべるやさしさのような‥‥‥

「友人から少しの間、預かっている子だ。だが、この子は、街での仕事がなくてね。生活に困っているのだよ。すまないが、君の知り合いに何人か紹介して、この子を手伝ってやってくれないか?」

あの石板のような、紙の上の難しいことはわからない。

でも、これならば無能な私でも、この少女を助けることが出来る。
手を差し出さない理由はどこにもない。

私は無能だ。だが、愚者ではない。

なによりこの方が、私に手伝ってほしいと言っている。

かつての上官が言っていたことは、これまでずっと正しかった。
つまり、私が手伝うことが、この方の見据える先の幸福につながるのだと。

この選択が唯一の道なのだと‥‥‥

「わかりました。そういうことでしたらお任せください。これを広めないのは愚か者のすることです」

「ありがとう‥‥‥相変わらず、きみは優秀だな」

その感謝の言葉は、素直な気持ちのように感じた。
いつもの言葉と変わらない。

私にはこの言葉の真意がわからない。

でも、嫌味ではないと感じる。
そして、この言葉に偽りがないことは確かなのだ。

この方はご機嫌を取るための、小手先の誉め言葉など絶対に使わない。

――以降、この少女を連れて「おさんぽ」に出かけた。
いつも見ている景色が、明るく感じる。

社交辞令だと思っていた、パーティの出席者リストを手に取り、王国貴族や有力者の邸宅を回る。

「あの無能を隠して参加していたことが、こんなところでいかせるとは‥‥‥まさか、これまで見据えて‥‥‥」

ここでも、実際に活躍しているのは、この少女だ。私ではない。
だが、無能な私が付き添うことで、この少女に仕事が回る。

そう思うと、情けないはずの自分が、ほんの少しだけ救われる気がした。

日に日に広がっていく少女の評判は、空っぽの私に、これまで感じたことのない達成感を与えてくれた。

――新しい公共事業は大成功を収め、街はさらに繁栄はしていた。
以前よりも増して、領民たちの笑顔と活気を感じる。

わたしが、そう思えるようになっただけのようにも。
傍らに立つ彼が、柔らかな笑みを浮かべて囁く。

「素晴らしい手腕でしたね。領主様」

「‥‥‥無能の私にもできることがあるのですね」

この時、私は教えられた。

無駄なことを考え、余計な口を挟み、手を差し出すことを拒んでいたら、救えた者を救えなかっただろう。

今ある領民の笑顔を、奪ってしまう存在になっていたかもしれないと。

私は、この世界で最も役に立つ「無能」である。
これが、わたしの仕事なのだと。

野心もない。誰かを裏切る知恵も勇気も、持ち合わせてはいない。
だからこそ、誰一人傷つけず、誰もが幸福になった。

「無能」な私にも、わかることがある。

活気に満ちた、笑顔あふれるこの街が、私は好きだ。
この光景を、ただ広げていきたい。それだけでいい。

わたしは、独りではない。

「空っぽの器」は今、この穏やかな平和で満たされている。

わたしの幸福は、最初から本物であったのだ。

ーーかくして、稀代の名君、「からの支配者」が誕生したーー

ーーつづく


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