『滅国の英雄』断章―漆黒の一族― ♯3 生命の境界線【連載小説】 創作大賞2026 ファンタジー小説部門
【あらすじ】
ナギによってわたしが持つ、「奴の恥ずかしい秘密」を暴露されたことで、偽りの友情という茶番劇が終わる。
ナギは試練を達成したにも関わらず、わたしの前に現れることが多くなり、わたしはより懐かれるようになった。
はじめは、お遊びに付き合う程度だったが、ともに食事を楽しむように。
そんな、幼い少女には誰にも言えない、ある呪いにかかっていた。
――平和の象徴のような静かな朝。
小鳥のさえずりも聞こえない、日の光を感じる前のこと。
最近は、少し朝に期待をもっているような気もする。
ーー‥‥‥
これで、何日連続だ。
体内時計がすでに出来上がっていた。
「‥‥‥おはよう、ナギ」
「むむっ!また気づかれてしまった!」
庭から忍び込もうとする彼女は、わたしの目覚ましになっていた。
この世で最も静かな目覚めだ。
◇
――もぐもぐ。すでにこの光景が当たり前になっていた。
ナギが家に遊びに来るようになり、少し食卓がにぎやかになった。
なぜかわからない。
目の前でこれほどおいしそうに食べる者がいると、自身の食事もおいしく感じてしまう。気分がいい。悪くない。
しかし、疑問に思うことがあった。
夜が明けて、まだ時は経っていない。
この子は普段、どのように過ごしているのか気になる。
目の前の少女の食欲。これはいったいどこから‥‥‥
「ぷはー、これで数日はうごけますぅー。けぷっ‥‥‥ぽんぽん」
お腹に手を当てている。
少女の満足げな表情に、わたしは満足する。
だが、やはり気になることがある。今の言葉。
普段、この子はどうやって生きているのか。
いや、ナギだけでなく‥‥‥
「ナギ、普段は何を食べているんだ?」
少女は自慢げにわたしに説明する。
「山や川で獲れるものですね!」
「ほう」
「食べ物は自分で確保するのが、隠密の生き方だと。漆黒の‥‥‥師匠から教わりました!」
何か、気になる言葉が出かけていたが‥‥‥
普段は、許しているのかと想像する。
いずれにせよ、この子は自分で生きていけるのだと安心した。
いや、そうではない。
わたしには引っかかることがある。
これは、わたしの求めていた本当の答えではない。
それは、さっきの言葉と最初の感覚からきていた。
「では、なぜいつも腹を空かせているんだ?」
「それは‥‥‥」
わたしの言葉で、先ほどまでの明るい空気は一変する。
おそらく、これは重要な問題なのだと察した。
自信を無くした少女は、何かを隠しているようだ。
漆黒の一族には、何か言えない問題があるのかと‥‥‥
ちょっと、気まずいことを聞いてしまったと。
わたしは、焦らずナギが話すまで待つことにした。
◇
ーーシーン。
ほんの少しの時間だったと思う。
だが、わたしにはとても重く長い時間だった。
「‥‥‥街では‥‥‥食べ物が手に入りません‥‥‥」
「ん?それはどういう‥‥‥」
「‥‥‥お金というものがないので‥‥‥街では食べ物が手に入らないのです」
「‥‥‥そうだったのか」
わたしは、この子を無意識に傷つけてしまったようだ。
この子は、サバイバルでは最強だ。
だが、このような街での生活では、その里での力が無力になる。
隠密最強であるゆえの悩み。
この社会のシステムから、もっとも隠れた存在である少女にとって、これは呪いのようなもの。
そして本来、隠密に生きるものが、自身の弱点を相手に教えるなどあってはならない。
仮にわたしが師に値するものとはいえ、この子は今、里の教えに背き、禁忌を破ったようなもの。
小さな少女の、自尊心を大きく傷つけてしまった。
そのようなことにも気づけない自身の不甲斐なさと、この子の勇気に何か感じるものがあった。
「ナギ。すまない。意地悪なことを言ってしまったな。謝る」
「しゅんぼり‥‥‥」
◇
ーー少女はわたしの謝罪を受けて、少しうなずいたように見えた。
この状況を好転させる方法を考え、打開策を探し見つける。
なんでもいい。まずは、この空気を変えたい。
わたしは焦る思いを隠し、必死になる。
「なるほど‥‥‥わかった。つまり、これは‥‥‥そういうことだったのか‥‥‥」
わたしの言葉を聞いて、少女は少し顔をあげる。
静まりかえったこの場を、いつもの朝の状態に戻したい。
「そうか‥‥‥それならば。確かに‥‥‥さすがだな」
わたしは意味のない言葉を重ね、少女の注意を引き寄せる。
下を向いていた顔があがり、目が合った。
「ナギ、ありがとう。きみの話を聞いて確信した。きみの師匠がここに来させている、真の理由がね」
「???」
どういうことなのか気になる様子を、少女はみせている。
わたしは、その様子を確認しながら眉間に手を添え、重く低い声で話しかける。
「‥‥‥これは‥‥‥奴からの試練だな」
少女は、少し驚いた顔をした。
師匠からの試練と聞き、さきほどまでの不安な表情が薄れていく。
少女は何かに期待をしているように‥‥‥
「確かに、きみは戦場では困らないだろう。もちろん、自然の中でも」
少女は認められたことで、少し安心している様子。
「だが、それは『真の隠密』ではない。いかなる環境でも対応できる。これこそが『真の隠密』であると、奴は教えたいのだ」
わたしはゆっくりと、そして「真の隠密」という言葉を強調するように、少女に語りかけた。
「『真の隠密』‥‥‥ごくり」
「ナギ、奴はきみに『真の隠密』ということを教えていたか?」
この言葉は、わたしが考えた言葉。
おそらく、そんな修業はしていないと‥‥‥
わたしは、わたしの知るあいつを強く信じる。
「師匠は、そのようなことは一度も教えてくれませんでした‥‥‥」
「やはりな‥‥‥さすがだ」
わたしは、少し安心した。
やはり、奴が何も変わっていないことに。
そして、さらに『追撃の言葉』を添えて語る。
「きみは、どこかで自分を『最強の隠密』だと思っていたんじゃないか?」
「里のみんなは、そう言ってくれます」
「そうか、おそらく、奴は『その最強』で満足するなと言いたいのだろう」
「‥‥‥」
「つまり、『その最強』とは別のものを目指すべきだと‥‥‥あいつは言いたいんだな」
「それが、さっきの‥‥‥」
「そうだ。『真の隠密』だ。そこに届くには‥‥‥奴は、きみがまだ未熟者であると、わからせたかったのだろう‥‥‥」
「‥‥‥『真の隠密』になるための師匠からの試練‥‥‥そうでしたか!」
隠れなくても、隠れている。
隠れることも、隠れないこともできる。
そして‥‥‥見つけることも。
咄嗟に出てきたわたしの持論を、それっぽく説明する。
ついでに、奴の顔も立てておいてやろうとも。
「当然、このくらいのことが奴にできないわけがない。前にも言ったが、奴とわたしは付き合いは、きみと師匠の関係よりも長い」
ナギは、このあつい関係に興味を示していた。
おそらく、戦いの様子でもイメージしているのだろう。
「だからこそわかるんだ。きみにできないことを、奴はあえて体験させ、その試練に気づかせたかったのだろう‥‥‥これは、わたしにしかわからないな」
(何も考えず、単なる師匠の遊びとはもう言えなくなった‥‥‥)
「師匠はそのように‥‥‥『真の隠密』にはまだ遠いと‥‥‥なるほど!」
「そうだ、隠れることも、隠れないこともできてこそ、『真の隠密』だ。もちろん、わたしは奴が『真の隠密』であるとおもっている」
師匠を評価してくれるというのが、ナギにとって嬉しそうに見えた。
そして、その弟子であるということに、誇りを感じたようにも。
「わかりました‥‥‥マスター!」
「‥‥‥マスター‥‥‥漆黒の何某よりはいいか」
◇
――後日、わたしとナギは、『真の隠密』になるための最初の試練として、街の市場にきていた。
ナギの「はじめてのおつかい」である。これを成功に導くのが、大人の務めだと。
「これが、硬貨だ。これで欲しいものと交換できる。欲しいものを手に取り、硬貨を店主に渡せば完了だ」
「おいしくないのに、おいしい物と交換できるのですか?」
なんか、深いことを言っているな。
言われてみたらそうだとも思う。
「おいしい物も、ずっとはもっていられない。いつかは腐る。だがこれは、腐らない。新鮮でおいしいものを、いつでも手に入れられる‥‥‥みたいな感じだ‥‥‥」
「‥‥‥ふむふむ。なるほど」
少女はわかったような、わからない様子である。
しかし、今はそのような哲学的な問いを、探究している場合ではない。
「では、今教えたことをやってみるのだ。あの店で好きな食材を買ってきなさい。これがきみに与える、奴とわたしからの初の共同任務だ!」
「はい!」
――サッ!
◇
――むしゃむしゃ。
おつかいを終わらせたわたしたちは、自宅で反省会をしていた。
わたしも最初はこのような風に教えてもらったのだったかと、自身の過去を振り返っていた。
「まぁ‥‥‥合格ではあるが、死角からいきなり店主に話しかけるのは、驚かせるからやめた方がいいぞ‥‥‥正面からいく勇気も大事なのだ」
「正面突破‥‥‥つまり武人の心得」
「‥‥‥少し、違うような気もするが‥‥‥」
さて、「はじめてのおつかい」は達成できた。
ここから先なのだが‥‥‥
「マスター。この硬貨はどうやって手に入れれば?」
そう、これはわたしへの試練でもある。
この少女が一体どのようにして、この硬貨を手に入れるのか。
そして、どのように街に溶け込むのかということ。
隠密の姿を「無」にして、風景の人になる。
この最大の問いに応えられないのは、この子に理想だけ語り、見捨てるようなもの。これほど残酷なことはない。
わたしが勝手に積み上げた期待。
これを、独りで背負わせるわけにはいかない。
普通に何か仕事をすればもらえる。
だが、この子は隠密が本業。
姿や素性を隠し、怪しまれないようにしなくてはいけない。
これは困ったな‥‥‥
「隠密ができる仕事‥‥‥隠密に出来る仕事‥‥‥」
わたしの家で働き、そこで仕事を与える。
もっとも簡単なことだが、それでは里に隠れているのと変わらない。
この子はわたしという存在の外でも、街で生きていけるようにしないと意味がないからだ。
わたしは額に手を添えつつ考え、頭を悩ませていた。
「うーむ‥‥‥漆黒の一族か‥‥‥ん?」
期待に満ち溢れた少女の表情が、少し薄れそうになった時、微かな煤(すす)がついているのを見つける。
今日一日、このような汚れがつくようなところがあったか?‥‥‥
漆黒を見つめていると、あることが思い浮かぶ。
「ナギ、ひょっとして‥‥‥」
ーーつづく
『わたしは、時代を描かない』
『わたしは、わたしの生きた時代を描く』
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