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『滅国の英雄』断章―漆黒の一族― ♯3 生命の境界線【連載小説】 創作大賞2026 ファンタジー小説部門

【あらすじ】
ナギによってわたしが持つ、「奴の恥ずかしい秘密」を暴露されたことで、偽りの友情という茶番劇が終わる。

ナギは試練を達成したにも関わらず、わたしの前に現れることが多くなり、わたしはより懐かれるようになった。

はじめは、お遊びに付き合う程度だったが、ともに食事を楽しむように。

そんな、幼い少女には誰にも言えない、ある呪いにかかっていた。


――平和の象徴のような静かな朝。
小鳥のさえずりも聞こえない、日の光を感じる前のこと。
最近は、少し朝に期待をもっているような気もする。

ーー‥‥‥

これで、何日連続だ。
体内時計がすでに出来上がっていた。

「‥‥‥おはよう、ナギ」

「むむっ!また気づかれてしまった!」

庭から忍び込もうとする彼女は、わたしの目覚ましになっていた。

この世で最も静かな目覚めだ。

――もぐもぐ。すでにこの光景が当たり前になっていた。
ナギが家に遊びに来るようになり、少し食卓がにぎやかになった。

なぜかわからない。

目の前でこれほどおいしそうに食べる者がいると、自身の食事もおいしく感じてしまう。気分がいい。悪くない。

しかし、疑問に思うことがあった。

夜が明けて、まだ時は経っていない。

この子は普段、どのように過ごしているのか気になる。

目の前の少女の食欲。これはいったいどこから‥‥‥

「ぷはー、これで数日はうごけますぅー。けぷっ‥‥‥ぽんぽん」

お腹に手を当てている。
少女の満足げな表情に、わたしは満足する。

だが、やはり気になることがある。今の言葉。
普段、この子はどうやって生きているのか。
いや、ナギだけでなく‥‥‥

「ナギ、普段は何を食べているんだ?」

少女は自慢げにわたしに説明する。

「山や川で獲れるものですね!」

「ほう」

「食べ物は自分で確保するのが、隠密の生き方だと。漆黒の‥‥‥師匠から教わりました!」

何か、気になる言葉が出かけていたが‥‥‥
普段は、許しているのかと想像する。

いずれにせよ、この子は自分で生きていけるのだと安心した。

いや、そうではない。
わたしには引っかかることがある。

これは、わたしの求めていた本当の答えではない。
それは、さっきの言葉と最初の感覚からきていた。

「では、なぜいつも腹を空かせているんだ?」

「それは‥‥‥」

わたしの言葉で、先ほどまでの明るい空気は一変する。

おそらく、これは重要な問題なのだと察した。

自信を無くした少女は、何かを隠しているようだ。
漆黒の一族には、何か言えない問題があるのかと‥‥‥

ちょっと、気まずいことを聞いてしまったと。
わたしは、焦らずナギが話すまで待つことにした。

ーーシーン。

ほんの少しの時間だったと思う。
だが、わたしにはとても重く長い時間だった。

「‥‥‥街では‥‥‥食べ物が手に入りません‥‥‥」

「ん?それはどういう‥‥‥」

「‥‥‥お金というものがないので‥‥‥街では食べ物が手に入らないのです」

「‥‥‥そうだったのか」

わたしは、この子を無意識に傷つけてしまったようだ。
この子は、サバイバルでは最強だ。

だが、このような街での生活では、その里での力が無力になる。

隠密最強であるゆえの悩み。

この社会のシステムから、もっとも隠れた存在である少女にとって、これは呪いのようなもの。

そして本来、隠密に生きるものが、自身の弱点を相手に教えるなどあってはならない。

仮にわたしが師に値するものとはいえ、この子は今、里の教えに背き、禁忌を破ったようなもの。

小さな少女の、自尊心を大きく傷つけてしまった。

そのようなことにも気づけない自身の不甲斐なさと、この子の勇気に何か感じるものがあった。

「ナギ。すまない。意地悪なことを言ってしまったな。謝る」

「しゅんぼり‥‥‥」

ーー少女はわたしの謝罪を受けて、少しうなずいたように見えた。
この状況を好転させる方法を考え、打開策を探し見つける。

なんでもいい。まずは、この空気を変えたい。
わたしは焦る思いを隠し、必死になる。

「なるほど‥‥‥わかった。つまり、これは‥‥‥そういうことだったのか‥‥‥」

わたしの言葉を聞いて、少女は少し顔をあげる。
静まりかえったこの場を、いつもの朝の状態に戻したい。

「そうか‥‥‥それならば。確かに‥‥‥さすがだな」

わたしは意味のない言葉を重ね、少女の注意を引き寄せる。
下を向いていた顔があがり、目が合った。

「ナギ、ありがとう。きみの話を聞いて確信した。きみの師匠がここに来させている、真の理由がね」

「???」

どういうことなのか気になる様子を、少女はみせている。
わたしは、その様子を確認しながら眉間に手を添え、重く低い声で話しかける。

「‥‥‥これは‥‥‥奴からの試練だな」

少女は、少し驚いた顔をした。

師匠からの試練と聞き、さきほどまでの不安な表情が薄れていく。

少女は何かに期待をしているように‥‥‥

「確かに、きみは戦場では困らないだろう。もちろん、自然の中でも」

少女は認められたことで、少し安心している様子。

「だが、それは『真の隠密』ではない。いかなる環境でも対応できる。これこそが『真の隠密』であると、奴は教えたいのだ」

わたしはゆっくりと、そして「真の隠密」という言葉を強調するように、少女に語りかけた。

「『真の隠密』‥‥‥ごくり」

「ナギ、奴はきみに『真の隠密』ということを教えていたか?」

この言葉は、わたしが考えた言葉。
おそらく、そんな修業はしていないと‥‥‥

わたしは、わたしの知るあいつを強く信じる。

「師匠は、そのようなことは一度も教えてくれませんでした‥‥‥」

「やはりな‥‥‥さすがだ」

わたしは、少し安心した。
やはり、奴が何も変わっていないことに。

そして、さらに『追撃の言葉』を添えて語る。

「きみは、どこかで自分を『最強の隠密』だと思っていたんじゃないか?」

「里のみんなは、そう言ってくれます」

「そうか、おそらく、奴は『その最強』で満足するなと言いたいのだろう」

「‥‥‥」

「つまり、『その最強』とは別のものを目指すべきだと‥‥‥あいつは言いたいんだな」

「それが、さっきの‥‥‥」

「そうだ。『真の隠密』だ。そこに届くには‥‥‥奴は、きみがまだ未熟者であると、わからせたかったのだろう‥‥‥」

「‥‥‥『真の隠密』になるための師匠からの試練‥‥‥そうでしたか!」

隠れなくても、隠れている。

隠れることも、隠れないこともできる。

そして‥‥‥見つけることも。

咄嗟に出てきたわたしの持論を、それっぽく説明する。

ついでに、奴の顔も立てておいてやろうとも。

「当然、このくらいのことが奴にできないわけがない。前にも言ったが、奴とわたしは付き合いは、きみと師匠の関係よりも長い」

ナギは、このあつい関係に興味を示していた。
おそらく、戦いの様子でもイメージしているのだろう。

「だからこそわかるんだ。きみにできないことを、奴はあえて体験させ、その試練に気づかせたかったのだろう‥‥‥これは、わたしにしかわからないな」

(何も考えず、単なる師匠の遊びとはもう言えなくなった‥‥‥)

「師匠はそのように‥‥‥『真の隠密』にはまだ遠いと‥‥‥なるほど!」

「そうだ、隠れることも、隠れないこともできてこそ、『真の隠密』だ。もちろん、わたしは奴が『真の隠密』であるとおもっている」

師匠を評価してくれるというのが、ナギにとって嬉しそうに見えた。

そして、その弟子であるということに、誇りを感じたようにも。

「わかりました‥‥‥マスター!」

「‥‥‥マスター‥‥‥漆黒の何某よりはいいか」

――後日、わたしとナギは、『真の隠密』になるための最初の試練として、街の市場にきていた。

ナギの「はじめてのおつかい」である。これを成功に導くのが、大人の務めだと。

「これが、硬貨だ。これで欲しいものと交換できる。欲しいものを手に取り、硬貨を店主に渡せば完了だ」

「おいしくないのに、おいしい物と交換できるのですか?」

なんか、深いことを言っているな。
言われてみたらそうだとも思う。

「おいしい物も、ずっとはもっていられない。いつかは腐る。だがこれは、腐らない。新鮮でおいしいものを、いつでも手に入れられる‥‥‥みたいな感じだ‥‥‥」

「‥‥‥ふむふむ。なるほど」

少女はわかったような、わからない様子である。

しかし、今はそのような哲学的な問いを、探究している場合ではない。

「では、今教えたことをやってみるのだ。あの店で好きな食材を買ってきなさい。これがきみに与える、奴とわたしからの初の共同任務だ!」

「はい!」

――サッ!

――むしゃむしゃ。
おつかいを終わらせたわたしたちは、自宅で反省会をしていた。
わたしも最初はこのような風に教えてもらったのだったかと、自身の過去を振り返っていた。

「まぁ‥‥‥合格ではあるが、死角からいきなり店主に話しかけるのは、驚かせるからやめた方がいいぞ‥‥‥正面からいく勇気も大事なのだ」

「正面突破‥‥‥つまり武人の心得」

「‥‥‥少し、違うような気もするが‥‥‥」

さて、「はじめてのおつかい」は達成できた。
ここから先なのだが‥‥‥

「マスター。この硬貨はどうやって手に入れれば?」

そう、これはわたしへの試練でもある。
この少女が一体どのようにして、この硬貨を手に入れるのか。

そして、どのように街に溶け込むのかということ。

隠密の姿を「無」にして、風景の人になる。

この最大の問いに応えられないのは、この子に理想だけ語り、見捨てるようなもの。これほど残酷なことはない。

わたしが勝手に積み上げた期待。
これを、独りで背負わせるわけにはいかない。

普通に何か仕事をすればもらえる。

だが、この子は隠密が本業。

姿や素性を隠し、怪しまれないようにしなくてはいけない。

これは困ったな‥‥‥

「隠密ができる仕事‥‥‥隠密に出来る仕事‥‥‥」

わたしの家で働き、そこで仕事を与える。
もっとも簡単なことだが、それでは里に隠れているのと変わらない。

この子はわたしという存在の外でも、街で生きていけるようにしないと意味がないからだ。

わたしは額に手を添えつつ考え、頭を悩ませていた。

「うーむ‥‥‥漆黒の一族か‥‥‥ん?」

期待に満ち溢れた少女の表情が、少し薄れそうになった時、微かな煤(すす)がついているのを見つける。

今日一日、このような汚れがつくようなところがあったか?‥‥‥
漆黒を見つめていると、あることが思い浮かぶ。

「ナギ、ひょっとして‥‥‥」


ーーつづく


『わたしは、時代を描かない』

『わたしは、わたしの生きた時代を描く』


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