英語が苦手なのに300人の前で英語のスピーチをした話
高校生のとき、平和学習で戦争がテーマの映画を見るという授業があった。映画をみたあと、作文の課題が出されたのだが、その授業に私は参加をしていない。
当時の私は遅刻常習犯だったため、皆が映画を見ているときはまだ家にいたし、学校に着いたあと、そんな授業をしていたことを初めて知ったのだ。
皆が作文を書き終わったあとに登校をした私は先生から「世界の平和のために自分にできることをテーマに作文を書いて」と言われた。みんなが見た映画のDVDも渡されたので、逃げることはできない。
でも正直、面倒くさかった。映画の感想を書くわけじゃないし、DVDを見てから書けとは言われていない。だったら別にDVDを見なくてもいいだろうと思った。だから私は映画を見ることなく、休み時間に「世界の平和のために自分にできること」というテーマで作文を書き始める。
そして、休み時間の10分でピッタリ書き終えた。
平和のためにできることについて、自分の頭の中に浮かんできたことをそのまま書いて提出したもんだからぶっちゃけ良い文章が書けたという自覚はない。ただ作文用紙を埋めた。
でもこの休み時間のたった10分で書き終えた作文が、私の人生の中での大きな経験のひとつになることを、その時の私はまだ知らなかった。
それから数日がたったあと、部活終わりに社会の授業を担当している先生から突然呼び出される。
何で呼び出されたのか全く見当がつかなかった。
恐る恐る職員室の扉を開けると、社会の先生と現代文の先生が私のことを招き入れた。なかなか入る機会のない職員室に招かれたことに驚いたが、2人の先生の表情を見て、悪い話ではないということだけは分かる。
そして社会の先生が口を開く。
「おみずさん、あなたの作文が学年1位に選ばれました」
耳を疑った。なんの作文?と一瞬思ったが、最近書いた「世界の平和のために自分にできること」の他に作文を書いた記憶はない。
「え!?学年1位ですか?」
これまでの人生で何かで一番になったことなんてなかった。初めての一番が思わぬ形で急に訪れた。少し嫌味に聞こえてしまいそうだが、みんなが戦争映画を見て書いたあの作文だ。私は映画を見ることなくしかも休み時間のたった10分で書き終えたものである。
学年の人数は7クラスで280人。つまり、280人のうちの1位に選ばれたのだ。
「学年の担当の先生たちが集まって、全員の作文を読んだ。その中でおみずさんの作文が満場一致で1位に選ばれたんだよ」
信じられない。言っちゃ悪いが適当に書いた作文だった。あまりにも先生が笑顔で伝えてくるもんだから、映画を見てないことも休み時間の10分で書いたことも伝えるタイミングを完全に見失った。
「それで、おみずさんにお願いがある」
作文が学年1位に選ばれた。でも先生が私に伝えたいことの本題はここからだ。
「この作文を国際交流会でスピーチしてほしい…英語で」
英語で!?
ムリムリムリムリ!ってか国際交流会って何なんだ!!
私が通っていた高校では、国際交流のために外国から20人ぐらいの生徒と一緒に授業を受ける期間が2週間ぐらいあった。そしてその締めくくりに国際交流会というものをホールでやって、学校代表として英語でスピーチをするというもの。
その学校代表のスピーチをする人に、私がお願いされたのだ。
もちろん全力で拒否をした。
適当に書いた作文だから?
それもある。
でもそれ以上の問題があった。
英語が絶望的に苦手だからだ。
自慢じゃないが私の英語のテストは中学時代から絶望的である。常に35点~40点の間をうろうろしていた。いつも赤点だけはギリギリ回避するというレベルで、とても人に誇れるものではない。
日本語ならまだしも…英語なんて考えられなかった。
先生に難しいことを伝えると、
「お願い!」
そう言って先生は机の引き出しを開けて、何かを取り出す。
そしてひとつのカップうどんが私の目の前に出された。どん兵衛だった。しかも私が一番大好きな肉うどん。
異様な光景である。先生2人と私の間にはどん兵衛の肉うどんが鎮座していた。なぜこれが目の前に置かれたのか全く分からなかった。
「おみずさん、これをあげるから!先生のご飯だよ!」
戸惑っているうちに先生が私の手にどん兵衛を渡してきた。私はどん兵衛をしっかりと受け取ってしまっている。
「ありがとう」
ありがとう!?それは強引すぎないか!?先生。
でもなぜか私もそこで覚悟が決まった。どん兵衛の肉うどん。先生が自分のご飯を差し出して、お願いをしてくるなんてそんなことなかなかあるもんじゃない。もしかしたらこれはすごい光栄なことなのか?
「分かりました。やります。」
気づいたらそう答えていた。
国際交流会に参加するのは学年の280人と国際交流で高校に留学に来ている20人。300人ぐらい。プラス先生たちもいるから300人以上の人の前でスピーチをするということになる。引き受けたものの、自分にその大役が務められるのか不安でしかない。
しかも超絶苦手な英語で。
覚悟を決めて返事をしてから、私は国際交流会まで毎日英語のスピーチの練習をすることになった。
私の作文は英語教師のジャネットが英訳してくれて、次の日から毎日昼休みにジャネットのところに行って、マンツーマンで英語のスピーチの練習がスタート。
手厚いサポートだったので、先生たちがこの国際交流会に力を入れていることは容易に分かる。その分私にかかるプレッシャーも大きくなった。
そのうえジャネットは英語でしか生徒とコミュニケーションをとらないし、授業では声が大きく強く指導するため、圧があって怖いという印象があった。英語が苦手な私にとってジャネットと会話をしなければいけないのはとても大変なことだ。けれど、マンツーマン指導のときのジャネットは優しく、本当に熱心にスピーチの指導をしてくれた。
2週間毎日ジャネットの昼休みのスピーチレッスンを受けて、だんだん自信が湧いてきているのを感じた。
そして2週間のレッスンを終え、ついに迎えた本番の日。
300人以上の人の前で英語でスピーチをする。しかもそのうち20人は日本に留学に来ているアメリカ人だ。英語の発音が下手くそだったら伝わらないかもしれないと急に不安になる。
緊張していた。
自分のスピーチの番が来て、ホールの舞台の上に立つ。
300人もの人の前にたった一人で立つなんて、その後の人生でも経験したことはない。
でも私はスピーチを無事にやり遂げた。
なぜかこのスピーチの場面はあまり覚えていない。緊張のせいだろうか。
ただ、自分のスピーチが終わったあとの盛大な拍手は今でもしっかり覚えている。
スピーチは成功した。
今でもすごく良い経験をしたと思う。私はどん兵衛の肉うどんに釣られて苦手な英語で300人の前でスピーチをした。こんな経験はこの先の人生でもなかなかあることではないだろう。
苦手な英語を人生の中で一番話した2週間でもある。
そして本番を終えた夜、父が私のスピーチの英語の原稿を玄関の一番目立つ場所に飾った。
とても嬉しかった。
きっと父も誇らしいと思ってくれたのだろう。
それだけで私はこのスピーチを受けて良かったと心の底から思えた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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